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日本では最新主演作『Hitch(最後の恋のはじめ方)』が封切られたばかりのウィル・スミス、この映画は彼にとって初めてのラブ・コメディなのだという。確かにこれまでの彼といえば大掛かりなアクション映画に立て続けに主演し、桁外れの興行収益を上げてきた役者というイメージが非常に強いが、しかし今から10年以上前、ヒップホップ界のアイドル、そしてTVのコメディ・ショーを成功させた"フレッシュ・プリンス"から、役者"ウィル・スミス"として最初に注目されたのが93年の『Six
Degrees of Separation(私に近い6人の他人)』という非常に渋い映画での好演だったことを思い返して欲しい。
この映画は「人間は誰とでも6代まで遡ると血縁が繋がる」という有名な学説を題材にした作品で、そこで彼はシドニー・ポワチエの息子であることを騙って、巧みに白人エグゼクティブたちに取り入っていくゲイの詐欺師という非常に難しい役どころを見事に演じていた。そう、彼は最初から"演技派"だったのだ。95年に大当たりした『バッド・ボーイズ』以降、長ぁ〜い回り道を経てようやくドラマに戻ってきた(とはいえラブコメだが)スミスの、今後の活躍を密かに期待したいところ。 映画『最後の恋のはじめ方』のサウンドトラックには、エイメリーの「1Thing」他最新のR&Bヒットと、デートのBGMには欠かせない70年代ソウルのスタンダードが混在して収録されており、様々なシチュエーションに使えそうな内容になっている。彼の新曲も当然そこに入っているものと思ったら、なんと彼は一曲も歌っていないんだとか。へぇ、大作アクション映画ならいざ知らず、この手の映画でも演技のみに専念できるなんて、ウィル・スミスって随分エラいんだね。そんな訳で彼にとって21世紀最初のTOP40ヒット「Switch」は、約3年ぶりの新作『Lost and Found』からのカット。「スパイダーマン」の替え歌からアルバムを始めるなんて相変わらずC調な芸風はそのままに、それでも前作の失敗の反省から旬の制作者の起用には怠りなし。「Switch」のプロデュースはロイド・バンクスのヒットで注目されるクワメ(彼は「Kwame and a New Beginning」名義で90年前後に何曲かヒットを放っているので、スミスとはヒップ・ホップ同世代)で、ハンド・クラップがベタな親しみやすさを漂わせるポップなナンバー。ここ数年音楽的にはイケてなさ感が気になった彼だが、今回のアルバムで一線に返り咲くことが出来るのか? |
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(八亀) |
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いろいろな意味で話題の1曲である。今年のグラミー賞でジャニス・ジョプリンが功労賞を受賞することになったのを記念して、その授賞式のステージで披露されたライブを録音したもの。オリジナルの前者はソロになってからのジャニスの名作と言われているアルバム『Pearl』に収録されている曲でシングルカットされて71年に最高位42位を記録している。後者はさらにさかのぼって彼女がまだビッグ ブラザー&ザ ホールディング カンパニーの一員だったころの作品で、これも名作と言われているアルバム『Cheap
Thrills』に収録されている曲、シングルとしての成績は68年に最高位12位を記録している。まあ功労賞とは言っても彼女は70年にヘロインのオーヴァードーズにより27歳という若さでこの世を去ってしまったので活動期間としてはそれほど長いものではなく、その意味ではこの賞はその後のロックシーンに彼女が与えた影響の大きさを称えたものといっていいだろう。(ベッド・ミドラーが主演した映画「The
Rose」はジャニスの生涯をモデルにした作品として有名で、タイトル曲も80年に最高位3位を記録している。)
さて実際のライブステージの方に目を向けてみよう。ジョス・ストーンは87年の生まれというから今年でまだ18歳という若さながら一部ではジャニスの再来とまで言われている。この日は赤と金というインパクトの強い色のドレスで登場、大舞台にも全 なおこの曲、今のところダウンロードのみで販売されている。つまり商品として考えた場合、物理的な形が存在しないのである。曲としての企画はジャニスに対してのメモリアルという性格を持っているのに、形が無いものゆえまるでそれは文字を持たない民族の文明のように、人々が強く記憶にとどめて後世に伝える努力をしていかないといつのまにか歴史の闇の中に消えていってしまうんじゃないかと心配する私はやっぱり前世紀の人間なのだろうか。 |
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(篠崎) |
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昭和50年代前半に存在した「Gal(ギャル)」というアイドルユニットをご存知だろうか?彼女たちは黒木真由美(マミ)、石江理世(ミチヨ)、目黒ひとみ(ヒー)からなる3人組で、全員人気オーディション番組「スター誕生」を勝ち抜き、過去にレコードデビューの経験を持っている。ソロとして成功を収めることが出来なかった3人はグループを結成し、当時解散が決まっていたキャンディーズ亡き後空位となる3人組ガールグループ王座を狙って「薔薇とピストル」で再デビュー。それまでの清純なイメージをかなぐり捨てたセクシーな衣装とダンスは、当時のアイドルファンに衝撃を与えた・・。
TOP40初登場のシュガーランド、彼らのバイオを目にしたときまず脳裏に浮かんだのがこの「Gal」だった。アトランタで結成されたこの3人組はジェニファー・ネトルズ(女)、クリステン・ホール(女)、クリスチャン・ブッシュ(男)からなり、そのいずれもが過去にレコード・デビューの経験があるという。ジェニファーはゴスペル・グループのメンバーとしてCDをリリースしており、クリステンはソロで2枚のアルバムをウィンダム・ヒルからリリースし「リリス・フェア」にも参加、クリスチャンはコンテンポラリー・フォークデュオ「ビリー・ピルグリム」のメンバーとしてヒートシーカー・チャートに登場したこともある。この3人の運命が一つとなるきっかけは、クリステンが2002年にクリスチャンに架けた一本の電話から。ソングライターとして曲を共作するにとどまる予定だったその共同作業はグループ結成話に発展、ゴスペル畑のジェニファーの参加でそのハーモニーにユニークさを加えた彼らはデモテープを制作し、そのレパートリーを披露するライブは各地で評判に。その噂はメジャーのマーキュリー・レコードにも届き、彼らは晴れてメジャー・デビューを果たすこととなった。 「Baby Girl」は彼らが共作した初期の作品群の中の一つだそうだ。クリステンの自宅の地下室でグループのリハーサルを繰り返していた時期、この曲を初めて3人で歌った時に生まれた魔法のようなものに感動した彼女は、暫く涙が止まらなくなってしまったという。サウンド的には典型的なポップ・カントリーという感じで特に目新しさはないが、近頃珍しくポップのTOP40入りを果たすほどの人気は、ライブ・アクトとしての彼らの凄さ、そしてかの地での盛り上がりを我々に伝えているのかも知れない。 ・・で、話を「Gal」に戻すと(戻すなっ!)、結局グループが発表したシングルはことごとく売れず、メンバーチェンジを繰り返しながら4枚のシングルを残して消滅。ごく一部のアイドルマニアの記憶に残るのみで終わったが、メンバーの中で一番可愛いかった黒木真由美は現在も細々と芸能活動を継続、彼女の娘マリナ(当年16歳)は、ミュージカル版「美少女戦士セーラームーン」の主役を務めるなど、目覚しい活躍ぶりだという。「Gal」のセカンドシングル「マグネット・ジョーに気をつけろ」は近年伊集院光監修のコンピレーション「おバ歌謡」に収録され、新世代の歌謡マニアに衝撃を与え続けている・・って、シングルレビューと全然関係ないじゃん。では、メンバー目黒ひとみのソロデビュー曲が「いとしのシュガー・ボーイ」であるという事実は、シュガーランドと某かの因縁を感じさせる・・ってのも無理があるか。結成の経緯はともかく、ひとまずの成功を収めたシュガーランドは、後年「Gal」のように「ああ、あの寄せ集めユニットね。」と言われて終わる存在になるのか、それとも"プチ・スーパーグループ"としてカントリー界の人気者に伸し上がっていくのか?いずれにしても話は始まったばかりである。 |
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(八亀) |
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ニヴェアがデビューしたのは2003年のこと。両親が音楽家という家系に生まれたニヴェアは地元の教会で聖歌隊のメンバーとしても歌っていたが、ゴスペルよりもテレビの世界に興味を持つようになった。15歳の時に聖歌隊で歌っていた彼女が現マネージャーのコリン・ランプキンに見いだされ、地元のレコード会社で様々なアーティストのレコーディングに参加するなどの下積みを経た後、リリースされたのがアルバム『Nivea』。このアルバムからリリースされた「Don't
Mess With My Man」はジャギッド・エッジをフィーチャーし、トップ40ヒットとなったのは記憶に新しいところだろう。その後、地元アトランタの音楽プロデューサー、テリウス・ナッシュと結婚後、23歳になった今年5月10日にネイヴィーという名前の女の子が誕生するなど、プライベートでも充実している彼女が、約2年ぶりにリリースするセカンドアルバム『Complicated』のファーストシングルが、リル・ジョンとヤングブラッズをフィーチャーした「Okay」。 リル・ジョンとヤングブラッズという名前を聞けば、ここ1〜2年のヒット曲を聴いていた人であればだいたいどんなトラックになるかは予想がつくであろう。そう、この曲もお約束通りなのである。サウンドはG#mとBのコードをループしたものに、ミディアムテンポのリズムを乗せたもの。直接クレジットとしては書かれていないが、ショーン・ポールもこの曲に参加しており、ヤングブラッズとともにラップがフィーチャーされ、さらに曲全体にリル・ジョンお得意の雄叫びをまんべんなく散らしてできあがったのがこの曲。 この曲はクラブに遊びに行く同世代の女の子をターゲットにしているようで、女性ならではの歌詞が登場する。「髪型も爪をばっちり決めるのよ/手を挙げてOkayと言って/飲み物があっても、彼にお代わりをおねだりして/飲み物を掲げてOkayと言って」さすがに男性アーティストの歌詞でこういうのは出てこないよなぁ・・・。 仕事と育児の両立は難しいと言われるが、アルバムタイトルのように『Complicated(=複雑な)』人生を歩むことになるのか、今後の動向を見守っていこう。 |
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(かんざき) |
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ナイン・インチ・ネイルズ初のTOP40ヒットは99年の「The
Day The World Went Away」。初登場で17位となったこのシングルはどちらかというとファンのためのコレクターズ・アイテムで、実際にラジオなどで耳にした人は少ないはず(ラジオ用シングルは次にカットされた「We're
In This Together」)。収録アルバム『FRAGILE』も暗くて派手さを抑えた内容でしかも二枚組みだったため、初登場1位を記録したものの数値的には20万台前半の出荷枚数。NINはもう終わりじゃないかという声も聞こえていた。
99年といえばリンプ・ビズキットが70万枚近い初動で大ブレイク、パンクの新しい流れとしてブリンク182が登場、クリードがコンサバ系の市場を制圧するなど大きな流れが起きた年。内容としても結果としてもNINがその流れに乗れたとは思えなかった。そして翌年に大規模なツアーを行った後、NINは沈黙してしまう。 それから5年、リンプは失速、クリードは解散、ブリンクも活動停止。USロック界の顔ぶれも大きく変わり、00年代組の勢いに押されていく90年代後半組に対し90年代前半組の健闘が目立つ。グリーン・デイやウィーザーのように初期のイメージを取り戻したバンド、オーディオスレイヴ、フー・ファイターズ、APC、QOTSAのように新バンドで活躍するミュージシャンなど。モダン・ロック(オルタナティブ)のラジオ・リスナーが高年齢化した流れを受けてNINへの期待も高まる中、iTMSで先行リリースされたのが「The Hand That Feeds」。 初期の「Head Like A Hole」や「Wish」といったシーケンスとへヴィ・メタルのリフが合体した得意のパターンを踏襲したこの曲は、最近流行のディスコ・パンクにも通じる曲調でダウンロードだけでなくエアプレイも好調。モダン・ロック・トラックスでは初登場8位と、その時点で過去最高のヒットである「Hurt」と並ぶ最高位となった。当然、HOT100にも初登場でTOP40入り。この勢いに乗ってアルバム『WITH TEETH』も初登場1位。ちなみに同日発売されたリンプの新作は24位と、今や立場は完全に逆転した。 トレント・レズナー40歳。ニューオーリンズで隠居生活を送っていたせいか妙に貫禄がついた体型になり、PVの最後にはぐったりとして動かなくなった姿をさらす。かつて退廃と自虐の世界を切れ味鋭く表現したトレントを知っている人たちは、今の姿に何を思うだろう。しかしバンドがデビューして10年以上経てばスタイルなんて変わってしまうもの。たとえば...。 クイーン:73年『QUEEN』→84年『THE WORKS』 デビュー13年。スケール感を増してより幅広いリスナーに訴求力を持った今のNINを誰が非難できるだろうか。 先日のMTVムーヴィー・アワードに出演するはずが、米大統領の写真をバックにしたセットにMTVからクレームがつき出演をドタキャン。「The Hand That Feeds」とは餌を与えるために差し出された手。大人しく飼われることに甘んじるか、それとも差し出された手を噛み切る勇気があるか。サウンドが大衆性を得たとしても、トレント・レズナーの切れ味は決して衰えてはいない。 |
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(松本) |
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「リル・ジョンの成功が無かったとしても俺達は成功していたと思うよ、、、今回、俺達はアトランタはクランクばっかじゃないってことを見せたかったんだ。」いよいよ6月28日に発売となるイン・ヤン・トゥインズのニューアルバム『USA(United States
Of Atlanta)』。彼らは昨年Source誌でベストグループ賞を受賞したことに決して安住せず、今回のアルバムでは自分達自身更にアトランタの音楽の幅の広さを全米、ひいては世界に見せつけようという腹積もりがあるらしい。「そりゃあ、ニューアルバムにはリル・ジョンも参加しているけど、アンソニー・ハミルトン、Bun
B、アヴァント、Jackie-O、ティードラ・モーゼス、何故かマルーン5なんかも参加しているんだ。」「ブランド服に例えるならショーン・ジョンみたいなアルバムだし、車ならベントレーってところ」もうイン・ヤン・トゥインズのD-Rocかケインか、どちらが言った言葉か分からなくなってしまったが(もうどっちでもいいでしょ)、彼らは今回のアルバムに相当の気持ちを込めているのは確かなようである。
で、そのアルバムからの先行カット「ウェイト」なのだが彼らはバウンス&クランク・バカと即断されることを避けるためなのか、早速ガナリ散らすのは止めてスネアとベースのみで構成されたBEAT-IN-AZZのトラックに載って終始ずーっとささやきっぱなしという変化球に打って出てきたのである。「クラブにいるとき彼女の耳元に話しかけるだろ、この曲はあのスタイルから来ているんだ。他の誰にも聞かれたくないことを喋るときなんか特にそうだろ。ついでに彼女の耳をくすぐったりなんかして、そしたら彼女も濡れ濡れだろ」、、、リリックは相変わらずである。そもそもこの「ウェイト」当初はそんなに早くシングルカットするつもりは無かったのだが、何者かが曲が出来たのとほぼ同時にMP3化、ひたすらエロい事をつぶやいている彼らの新しいスタイルが大うけ、瞬く間にネットを通じて世界中に広まってしまったのだという。そんな訳で、あるシカゴの高校では早速察知、50セント(50 Cent)の「Candy Shop」と並んでこの曲が性的表現が含まれることを理由に卒業パーティ、いわゆるプロムなどの学校行事でかけることが禁止されているという。あけっぴろげにエロ&暴力を唄う南部アトランタからの使者に対しなんとか理性を保とうという北部シカゴの高校、今、別次元の南北戦争が始まっているのだ。果てさてイン・ヤンの汎アトランタ主義は一体どこまで膨張するのだろうか。 |
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(田鍋) |
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Coming Soon | ||||||||||||
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今年に入ってから、あのジョン・レジェンドといい、このボビー・ヴァレンティノといい、久々にR&Bの意匠を前面に掲げてど真ん中直球の歌を届けてくれる若手のソウル・シンガーが相次いで登場、チャートを賑わしているのって、僕のようなオジさんR&B好きとしては嬉しい限り。で、このボビー君はあのリュダクリスが主宰するDisturbing
Tha Peaceから登場した初のR&Bシンガー!という触れ込みなんだけど、どうもジョン・レジェンドのような「今まで頑張っていろいろ曲作って来ました」
という感じのこの曲でデビュー!という雰囲気がなく、何やら手慣れた感じの歌声(どんな歌声だ)なんで何かなーと思ってたら、実は彼が以前ミスタ
(Mista)に在籍していたというのを今回発見。ミスタと言えば、ボーイズIIメンをちょっと硬派にしたようなスタイルで、1996年にオーガナイド・ノイズのプロデュースによる「Blackberry
Molasses」(Hot 100 最高位53位)という曲を小ヒットさせ、当時R&B好きの間では結構評判になったグループだ。そのミスタにいた16歳のボビー君(当時は本名のボビー・
ウィルソン名義で参加していた)がどう紆余曲折を経て、今回リュダクリスのレーベルからデビューすることになったのか?実はミスタのファーストアルバムと「Blackberry
Molasses」のまずまずの成功をきっかけにして、2作目をあのティンバランドのプロデュースのもと製作も完了していたらしいのだが、当時のレーベル、イーストウェストがワーナー再編の中でロスター(レーベル所属のアーティスト達)契約を残したまま消滅するという事態が発生し、セカンドはお蔵入りに。グループも解散して梯子がはずれた格好になったボビー君は今後音楽の道を続けて行くにしても学歴は必要だ!と思ったかどうかは知らないが(笑)大学への進学を選択、2003年には無事学位をもらって卒業している。つまり1996年以降の空白期間は、学業に費やされていたという、何となくR&Bシンガーっぽくない履歴である。
ミシシッピ生まれのアトランタ育ちというボビー君は、大学卒業後、今やR&B/ヒップホップのメッカであるそのアトランタでデモワークを再開、デモ録音を精力的に行っていたらしいが、そのうちの一つが地元の今や業界の大立者にのし上がったリュダクリスの手に渡り、彼がこれをすっかり気に入って、契約の運びになったというわけ。で、肝心の曲の方はというと、今回はティム&ボブのプロデュースの下、出てきたばっかりの頃のディアンジェロを思わせるようなドヨーンとしたグルーヴ充満のトラックに乗ったボビー君のボーカルがなかなか聴かせる完成度の高い楽曲に仕上がっており、再デビューアルバム『Bobby Valentino』の方の出来も期待させるクオリティだ。曲の内容もタイトルからも察せられるとおり、美しい女の子に対し「君のことをもっとよく知りたい」だの「向こうを向かないで。君の美しさで僕をもっと祝福してくれ」だの随分と甘ーく迫る直球派のラブ・バラードなんである。再デビューにあたってあえて名前を「ヴァレンティノ」という色男風の名前に変え正当派エッチ系のR&Bクルーナーを本気で目指している気合いがビンビンのボビー君の活躍、結構期待できそうな気がするのだ。 |
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(阿多) |
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Coming Soon | ||||||||||||
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グウェンの勢いが凄い! 最新曲「Hollaback Girl」、あっという間にNo.1をgetしたかと思ったら、4週間キープ!その後、復活のdivaマライアに首位の座は明け渡したものの、しぶとく2位の座を3週間も守っている。流石に、今週赤丸を消してしまったので、期待していた再浮上は難しいだろうが・・・。この曲、人気バンド ノー・ダウトの紅一点、グウェン・ステファニの初のソロalbum『Love. Angel. Music. Baby』からの早くも3曲目のカット。個人的には大好きな、デビューシングル「What You Waiting For?」こそ、40を逃してしまい・・・やっぱり、バンドを離れると、こんなもんなのかなとちょっと落胆していたんだが。次の、イヴをフィーチャーした「Rich Girl」では、最高7位まで上昇。その勢いのまま、今回は冒頭通りの大ブレイク!グウェンの人気はやはりホンモノだ。 ソロアルバムでは今までとは違う自分を表現したかったというグウェン。バンドでは普段関わることのできなかったアーティストとの「コラボレート」というのがこのアルバムの製作に至ったアイデアだそうだ。そんな事から、様々な共演がみれるわけだが、このシングルではネプチューンズがプロデュースにあたっている。相変わらず音数が少ないながら、中盤盛り上げて行くバックトラックに、グウェンのライミングが絶妙に絡まる。まさに、これからの夏シーズンのアンセムに成り得る曲である。PVも相変わらず楽しい。しかし、ホントにこのヒトは日本の女子が好きなんだな。 さて、既にソロ第2弾製作も計画中とのこと。本作に収録し切れなかったトラックもたくさん有るらしい。それに、ファレルと再びスタジオに入って新たに作った曲を加えて、「パート2」的なものになりそうだとか。是非そちらも早く聞いてみたいものだ。 |
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(ohsaki) |
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ああーっ、いやだいやだ。先公はひとかどの人物になって世の役に立てっていうし、彼女は一流のキャリアウーマンになって男と対等に渡り合うって言い張るし、マブダチまでIT企業興して大金持ちになると息巻いてやがる。ふんっ、それがなんなんだい。どいつもこいつも上昇志向強迫症に取り憑かれやがってよぉ。だいたい夢だの希望だの輝く人生だの、メディアは抽象的な言葉をふりかざして善良な市民を煽りすぎなんじゃねぇの?そんなもんなくたって、人間幸せに暮らしていけるじゃねぇか。
東大出たってトラックの運ちゃんやって、休日には犬の散歩や土いじりをゆったり味わうスローライフもアリじゃんよ。大蔵官僚になって目の回るような忙しさの中、家庭も健康も犠牲にして心臓麻痺でぽっくり。果たしてそんな人生が素晴しき"夢"なのかと問いたい。俺はまっぴらごめんだね。自分が満足して他人に迷惑さえかけなければ、上昇しなくても横へぬめ〜っとカニ歩きしたり、上へ下へとクネクネ蛇行したり、いっそ右肩下がりで下降し続けたって構わないと思うから。] とどのつまり、夢をもて希望をもてなんつぅが、人間が実り多き人生を送る上で必要なのはたったひとつの指標だけでいいんだよ。そう、「BE YOURSELF」。自分自身であれ。これだけ頭にたたき込んどきゃ万事オッケー。自分自身でさえないのに理想の自分になろうとしたってぜってー無理だかんな。すべては嘘偽りなき正直な自分を発見し、それを大事に抱えて日々を一歩一歩生きていくことから始まるのさ。 だからよ、元サウンドガーデンのクリス・コーネルも元レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの楽器隊の連中も、危険を顧みないで90年代を代表する伝説的バンドを解散させ、オーディオスレイヴを結成したんだ。それだけには飽きたらず、ミッドテンポでファンキーな曲ばっかだったデビュー作とうって変わって、今回の2ndアルバムではいきなり王道の美メロバラードをきってきた。トム・モレロのジミヘン・ライクなワウ・ギターが間奏で泣き叫んだあと、クリスが核心に触れてるゼ。 「どんな困難な状況下でも心配はいらない。自分自身に忠実でさえあれば最後にはお前も愛を勝ち得るだろう」 だから俺は夢や希望について語る前に、自分自身である努力をしたいと思う。そうさ、俺は何よりもまず俺自身になりたい。だからみんなも「BE YOURSELF」。 |
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(魂先生) |
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魂先生 appears courtesy of "オルタナソウルエイリアン" |
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経歴だけ追ったらヤバいことやってたラッパーなんて山ほどいるわけだが。50
セント(以下 50)の場合それがビジュアルからもビシビシ伝わってくるところが他のラッパーと違うところだろう。顔もそうだし、めちゃめちゃ鍛えられた体見てもラッパーじゃなくて実はボクサーなんじゃないか、という錯覚すら起きる。闘争心剥き出しで売られたケンカを買って見せたジャ・ルールとの一悶着でも、ケンカにならないくらいに圧勝。同時に現状どれだけの味方が
50
側に付いているかを見せるいい機会となった。そういや
50 の親方にあたるエミネムも一時期 Source
誌のオーナー(の一人)でありラッパーであるベンジーノからわけのわからん口撃を受け色々いざこざに巻き込まれたが(この辺の話はエミネムが「Like
Toy Soldiers」で語っている)、どうしてこうつまらんヤツは大物をネタに付け上がるのかね。自分のみすぼらしさを助長するだけなのが目に見えてるのに。エミネムもそうだし
50 もそうだが、実に冗談のよく判る人である。50
がまだトラックマスターズの下で仕事していた頃出した「How
To Rob」だってそうだ。あれは有名ラッパーのフロウ、リリックを盗んで「俺もあんたらのような金持ちになりたいぜ」って冗談でやったんだし。まあたぶんそれが原因で
1〜 2 発くらい撃たれてたりするんだが.。
そんなこんなでデビューアルバム『Get Rich Or Die Tryin'』は全米で 2003年実売ベースで最も売れたレコードとなった。その2年後。否が応でも期待が高まる 2 作目。フタを開けてみると初動なんと 114 万枚。しかもこれは 4日間だけのセールスだ。50 にリアルを求めるヒップホップファンだけしか本作を買っていないのだとしたらこんな数字は叩き出せないだろう。それは彼がエミネム同様ポップアイコンになった一つの証である。ザ ・ ゲームという秘蔵っ子を世に送り出し、こちらも順調にヒット連発中。ゲームとのひと悶着もヤラセなのかセメントなのか今となってはよくわからないが、まあ彼の周りは至って順風満帆だ。本シングル「Just A Lil Bit」はアルバム『The Massacre』からの「Disco Inferno」 (3 位)、「Candy Shop」(9 週 1 位)に続く3rdカット。前作に引き続きスコット・ストーチによるプロデュースで、「Candy Shop」にも増して中近東色が強くなった。前回が「Magic Stick」なら今回は「Oochie Wally」かい。お前はラップ界のジェニロペか?もっと頭を使いなさい(笑)。 |
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(はまべ) |
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3人娘の長女として86年南部テキサス州ヒューストンに生まれたブルック・ヴァレンタイン。彼女は小学校5年生のとき学校の休み時間中に校庭で一人で歌っていたのを友達に聞かれたことがキッカケとなり、校内アカペラグループに加わることになったのだという。そしてグループとして学校内でキャリア(笑)を積んでゆくうちに段々と彼女の才能がクラスメートや教師達の間にも広まっていき、そのうち彼女の祖母も彼女の才能に気が付いて、気が付くと彼女は即興でソロとして教会のステージに立たっていたりもしていた。やがて地元のインディレーベル"サブリミナル・エンターテイメント"のCEO、デジャと出会い即興オーディションの後、14歳になると彼女は他に2人の女の子と一緒にBKS(Best
Kept Secret)というポップ・テイストのあるR&Bグループを結成。アメリカ各地のショーでパフォーマンスをするようになる。そして学校卒業という段階になってメンバー3人それぞれ別々の道を歩むことになりブルックはデジャの薦めもありソロシンガーとして一本立ちすることにした。
2002年にはデジャとともに西海岸ロサンジェルスへと移り、アーティストとしての活動を本格的にスタート。曲を書き、ローカルでパフォーマンスしながら地道に活動を続けていた。やがて同年ヴァージン・レコーズの重役に彼女のデモが渡り、すぐさまレーベル契約を結ぶに至ったのである。途中ゲリラ・ブラックと共演したりしながら、約3年の準備期間を経て、19歳になった彼女はリル・ジョン監修の元、この度メジャーデビューアルバム『チェイン・レター』を4ヶ月という短期間で仕上げリリースした。「リル・ジョンとはA&Rを通じて出会ったわ。「Girlfight」はマイアミで彼といっしょにパーティーしたり、彼の家でチルしたりして生まれてきた曲ね、、、。彼はとってもプロフェッショナルで、仕事をちゃんと終わらせてから遊ぶ人なの。いつもクランクしてるわけじゃないのよ(笑)」。リル・ジョンが編み出した、アッシャー、シアラに代表されるご存知cRunk & Bというトレンドに乗って恵まれた形で全米デビューとなった彼女、しかし何もかもリル・ジョンに頼りっぱなしということではなく、アルバムにはcRunk & Bには収まらない楽曲ももちろんあるし、実はアルバムに収録されている曲は全て彼女自身の言葉で綴られているのだそうだ。「自分が言いたいことを言わせてもらってるわ。リリックのインスピレーションは普段の生活から得ているの」マイアミ、カルフォルニア、NYで録音、ミックスされた「Girlfight」、リル・ジョンのガナリと共にアウトキャストのビッグ・ボイも参加した本曲も例外ではないのだ。しかし先日プロモーションで来日した彼女が答えたインタビューでは「Girlfight」は実はどちらかというと好んで書いたものではなく、本当のところリル・ジョンの一押しがあってのリリースだったようだ。「男の子は自分の彼女に、髪の毛も爪もきれいにして可愛くしていてもらいたいんであって、喧嘩して折れた爪とか引っ掻き傷だらけの顔をしててほしくはないの。私はいいことだとは思わない。悲しいことに、そうなってしまうことはあるけれど、もし自分から身を退くことができるなら、それに越したことはないわよ。」 |
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(田鍋) |
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考えてみると90年代のR&B/Hip
Hop系のアーティストってしぶといよね。勿論もう名前も聞かなくなっちゃったり、ひどい場合はもうこの世にすらいない奴もいるけど、結構地味目なアーティストが地道に活躍を続けていたりする。「112」もうグループ名の読み方を忘れちゃった人もいるかも知れないバッドボーイ・ファミリーで最も地味な人々。意地の悪い言い方をすると"パフィの「I'll
Be Missing You」の後ろの方で歌ってた人たち"がバッドボーイを離れてなおヒットを放つことが出来ると誰が考えただろうか?
2004年、112の面々はバッドボーイ(以下B社)から親会社であるDef Jam(同D社)への移籍を決意した。彼らがインタビューで語るところによれば「B社が嫌だった訳じゃないんだ、ただ、それまでの契約が最悪だった。」とのこと。この問題は裁判ざたに発展しP.ディディは彼らのグループ名の使用も、過去のカタログ音源の提供も拒否。絶体絶命の立場に追い込まれた112だったが、そこは大人同士、B社とD社は和解し、D社は同社所属のフォクシー・ブラウンをB社に自由に貸し出すことで話をつけたらしい。 と、いうことで目出たく発売された完全移籍第一弾アルバム『Pleasure & Pain』(まるでここ何年かの彼らの心情のようだ)」はアルバムチャートで初登場4位の好成績。余談になるがこの翌週には元レーベルメイトであるフェイス・エヴァンスのB社を離れて最初のアルバム「The First Lady」が初登場2位を記録しており、オールドファンにはなんとも感慨深い春のひとときであった。。 そんなこんなで「U Already Know」。112らしいスロージャム系の佳曲で、シングル・バージョンのゲストにはフォクシー・ブラウンが登場。と、ここまでこのレビューを読んで下さった方にはこの事情が解ってるよね。"ファミリー・リユニオン"を祝しての彼女の登場だが、今後B社ものといえば当然のように毎回フォクシー嬢が引っぱり出されたり、112がノン・クレジットでコーラスを歌わされたり、なんてことの前触でなければいいのだが、などとと老婆心ながら思ってしまった。今回のアルバムでは"バッドボーイのグッドボーイ"たちが頑張って際どい内容にも挑戦したりと、結構頑張っている様子が窺える。90年代に数多く登場した同世代のボーカルグループの中でもその実力が高く評価されていた彼ら、あまり頑張り過ぎず、良質な作品を生み続けることで「ニュー・クラシック・ソウル」世代のリスナーの心の拠りどころで在り続けて欲しい。 |
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(八亀) |
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80年代後半にニューキッズ・オン・ザ・ブロックを中心としたアイドル・ブームはあっという間に終息した。そして業界もアイドル・ポップに対し否定的なスタンスとなっていった。ロックはグランジ以降のサウンドが主流になり、R&Bがメインストリームへ。音楽シーンがシフトした90年代半ばに登場したバックストリート・ボーイズ(BSB)は、華やかなイメージとは裏腹に茨の道を歩んできた。
アメリカ国内ではどんなにドサ廻りを続けても契約さえ取れない。仕方なくアイドルに理解を示すドイツやイギリスで地道に実績を積み上げてきた。アイドル=使い捨てポップスという偏見を取り去るために楽曲の質には徹底的にこだわり、3rdアルバム(アメリカでは2nd)『MILLENIUM』は当時としては驚異的なセールスを記録する。BSBがアイドル・ポップを復権させ、アイドル・ポップのビジネスモデルを完成させた。誰もがそう思っていた。 しかしジャイヴのレーベルメイトであるブリトニー・スピアーズがデビューし、後発のイン・シンクがBMGから移籍してくると雲行きが怪しくなる。イン・シンクとキャラがかぶるのを警戒したBSB側は複数契約という予防線を張るものの、レーベルがイン・シンクにかける投資は半端ではなく彼らのアルバムはBSBを上回るセールスを上げていく。 ブリトニーにしてもイン・シンクにしても音楽性を次々と進化させ、加えてセレブリティなイメージを強調していくことで世間からの注目を持続させている。音楽活動をしていなくても、曲がヒットしなくても、常に目立っている=落ち目ではないと思わせる。そして注目され続けることでヒットが途切れないというサイクルが回るというわけ。 ここにBSBのとった楽曲最優先の戦略は崩壊した。ジャスティン・ティンバーレイクがブリトニーと付き合って別れ、キャメロン・ディアスと付き合い出し、ステージママと練り歩く。音楽面でもネプチューンズとがっぷり組み、スヌープ・ドッグのビデオでは完全にこっち側の目線で勝ち組のスタンスをアピールしている。それに対しBSBはセレブねたも少なく、あってもニック・カーターが当時の恋人パリス・ヒルトンを殴ったとかロクな話題がない(この反省か弟のアーロン・カーターはうまくやってるよう)。 もはやシーンにBSBの居場所はないのか。しかし昨年突然の来日。新作との関連がないにも関わらず代々木体育館は5日間ソールド・アウトとなる大盛況。そう、市場はアメリカだけじゃない。確かに日本を含むアジアでもR&Bの流れは止められない。でも、いるでしょ。アッシャーやオマリオンのどこがカッコ良いの?なんて思っていても言えない人たち。ネプチューンズのリズムにノれない人たち。外人アイドルのルックスには心惹かれても、肝心の楽曲にはついていけない人たち。そんなコンサバなファンは今やアジアのアイドルに夢中。彼らの方が今や若くてカッコいいし来日してくれるし日本語も上手。アメリカやイギリスの音楽だったらロックかR&Bで十分。こうして英米アイドルはいつの間にかマイナーな存在になっていった。 「I Want It That Way」のレビュウに「BSBのターゲットはいつの間にか洋楽アイドル不毛の地となったここ日本だ」と書いた。そして彼らは日本でのミリオンセラーという形で目標を達成した。つまり、逆境に強いのがBSB。4年ぶりのアルバム『NEVER GONE』はダンス・ナンバーを廃し、ハーモニーとヴォーカルリレーを生かした『MILLENIUM』に通じる路線。ファーストシングルに選ばれた「Incomplete」はピアノとストリングスが印象的なドラマチックなバラードで、メンバーが最初のシングルはこれしかないと確信したという自信作。アルバムのオープニング・ナンバーにも決定した。 もう若くはないし、派手なダンスも似合わない。華やかなゴシップネタも持っていない。決して流行に乗ったスタイルじゃないけど、楽曲に魅力があればきっとリスナーは振り返ってくれるはず。セレブの称号と引き換えに音楽を売り渡してしまうアイドルが横行する最近の音楽シーン、BSBは再び茨の道を歩む。 |
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(松本) |
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一時の低迷が嘘のように好調なマライア。アルバム『THE
IMANCIPATION OF MIMI』に続いてシングル「We Belong Together」も1位。No.1獲得は99年の「Thanks
God I Found You」(単独名義では「My All」)以来で通算16曲目。ビートルズ(20曲)、エルヴィス(18曲)に並ぶ記録も視野に入ってきた。特にこの曲の場合シングルを安価で大量に流通させるという今までのような販促、いや反則技を使わず、エアプレイ・ポイントを地道に積み上げてきた結果なので、復活劇にも好意的な見方が多い。
今回のアルバムからマライアは早口で歌うことが多くなった。この曲もスロウ・ナンバーにもかかわらず譜割が細かい。例えば同じジャーメイン・デュプリ制作の「Always Be My Baby」あたりと比べても芸風の違いは明らか。これが時代の差ということで、R&Bのリズムは90年代後半から急速にせっかちになっている。 まずHip-Hopがネタ使い主体から打ち込み主導になり、ティンバランドのように人力では再現不可能なリズムパターンが登場した。トラックが進化するとそれに合わせてラッパーの特性も変わる。バスタ・ライムスやDMXのような早口ラッパーが登場したのはトラックの進化を考えると必然的。そしてその流れはラッパーからシンガーまで広がっていく。 ロドニー・ジャーキンスやシェイクスピアは複雑なリズムを継承したまま歌ものに展開し、そんなトラックに乗ってブランディーやデスティニーズ・チャイルドが成功を収める。ネプチューンズの登場でこの流れは決定的になり、今、サンプリングが復活しても早くなったリズムが遅くなることは決してない。サンプリング+早回しを得意技とするカニエ・ウェストがそのことを証明した。そしてマライアはそんな流れからずっと取り残されていた。 歌かトラックか、卵か鶏かみたいな問題だがまずどちらかをアップデートしない限り流れには乗れない。前作『CHARMBLESSLET』の失敗がマライアに腹を括らせたか今回は大胆に歌い方を変えてきた。もちろんその実現のためには今までのように超音波とささやき声の二種類だけではダメで、早くてメリハリのあるフレーズのためにパワーのあるミドル・トーンがきちんと歌えることが必要。トレーニングを重ねた結果、デビュー当時に匹敵する歌唱力が蘇った。 実力が出せればキャラが立ってるというのは強い。PVは前のシングル「It's Like That」の続編になっていて歌詞とほとんど関係ない。「It's..」の最後に舞踏会に登場した青年(ロブ・トーマス似)が今回はストーカーのようにマライアにつきまとい、最後は結婚式で花婿(リチャード・ギアをつぶしたような顔、もしくはキラーズのPVに出ていた援交オヤジ風)からマライアを略奪する。ちなみにウェディングドレスは自前だそう。こんな無茶苦茶な演出も、ほとんど露出狂じゃないかと思えるグラビアも目立てば勝ち。売れてないころは「落ち目なのに何やってんだ」という非難が相次いだが、今となっては落ち目のときこそ目立つチャンスと計算ずくだったのかもしれない。恐るべしマライア。しかしこないだ来日したときはPVと全然見た目違ってたけど大丈夫か? |
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(松本) |
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2003年にリリースされたアルバム『Elephunk』で新しい支持層を広げたブラック・アイド・ピーズ(以下BEP)。当初ウィル・アイ・アム、アプル・デ・アプ、タブーの3人組だったBEPに女性ボーカルのファージーが加わり、このアルバムからはジャスティン・ティンバーレイクをフィーチャーした「Where
Is The Love」をはじめとして、iPodのCMソングに使われ、日本でも「そこのばばぁ立つな邪魔!」の空耳で一部の人に話題(?)になった「Hey
Mama」、「Let’s Get It Retarded」の歌詞とタイトルを変更してシングルシングルリリースされた「Let's
Get It Started」、そしてヨーロッパでロングランヒットとなった「Shut
Up」がシングルリリースされ、アルバムのセールスはアメリカで400万枚、イギリスでも150万枚を記録した。『Elephunk』で商業的な成功を収めたBEPが今度どのような活動を続けるのかが注目されていたが、2年ぶりにアルバム『Monkey
Business』をリリースし、このアルバムの先行シングルとしてリリースされたのが「Don't
Phunk With My Heart」。 『Elephunk』からシングルカットされた曲と比較すると、曲の早さが象の歩く速度から都会人が歩く速度になり、インド歌謡を彷彿させるようなサウンドが加わっている。最初にこの曲を聴くと、出だしのエスニック系の音と「No, no, no, no / Don’t phunk with my heart」という部分が頭の中をぐるぐる回りそうなのだが、Fmのコードをベースに躍動感あふれるアコースティックドラムのお陰で、何度か聴くうちにBEPならではのノリの良さとすがすがしさを感じることができる。またこの曲のビデオクリップはザ・マッロイズが監督し、「Don’t Phunk With My Heart(=私の心におびえないで)」というTV番組に出演したウィルとアプルのうち、どちらがファージーの恋人になれるかを競い合うという内容になっている。ファージーを巡る恋人争いがどのような結果になるのかが気になった方はぜひビデオクリップを確認してみよう。 この曲をはじめとして、アルバム『Monkey Business』の曲を耳にすると、BEPの音楽の幅がマニアックにならない程度に広がったことが理解できると思う。アルバムタイトルは『Monkey Business』だが、内容は決して「Monkey Business(=いんちき、ごまかし)」でない。BEP旋風再来となるか、今後の活動に注目してみよう。 |
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(かんざき) |
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何となく最近デスチャの存在感って薄くない?昨年末、4作目『Destiny
Fulfilled』を発表し、第一弾シングル「Lose My Breath」もそこそこ話題になって日本国内でもよくリピートされていたけど、それも何だか遠い昔。第二弾シングルの「Soldier」もチャート上でこそそれなりのポジションまで上ったものの、大きなインパクトは残せぬまま終わった感がある。どうもビヨンセがソロで成功してから、そっちに美味しいところを全部持って行かれ、相対的にグループとしてのデスチャの存在意義が弱まっているような気がして仕方がない。
しかし、そんなありがちな展開は許さないと言わんばかりに、彼女達が送り出してきた第三弾シングルがこちら「Girl」。これまで二曲のシングルとはやや趣を変え、ミディアムテンポのソウルフルなナンバーである。「Soldier」もそうだったが、メンバー3人がそれぞれ交代でリード・ヴォーカルを担当。しかも今回はより一層、「うた」に重点を置き、彼女達の生の声が織り成すヴォーカル・ワークを堪能できる。特にサビ部分の重厚なコーラスは絶品である。 何かと勢いのいいアップテンポのナンバーばかり目立ちがちなデスチャだが、それは確かな歌唱力に基づくものであることを、こういう曲を聴くと痛感させられる。そして、それはまた、デスチャはビヨンセばかりが際立つグループというわけではなく、ケリーとミシェルを加えた3人の力の絶妙なバランスによって成り立っているものであることの何よりの証でもある。一般的には刺激的な曲の方が受け易いかもしれないが、たまにはこういう大人のナンバーでリスナーを魅了してもらいたいものだ。 |
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(bo) |
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アメリカ北東のメイン州出身のハウイー・デイ。81年生まれの彼が、バーで歌いだしたのは14歳のとき。ビートルズなどのカバーを交えながら、オリジナル曲を歌っていたらしい。高校を卒業すると、3ヶ月はライブでお金を稼ぎ5日間だけスタジオにもぐる、を繰り返して、1年をかけてファーストアルバム『Australia』を完成させる。自分の車でキャンパスやクラブなどで歌いながら、手売りと口コミとTaping/Tradingで地道にファンを増やしていったらしい。余談だが、一時期ライアン・カブレラと一緒に周っていたこともあったとか。
『Australia』は3万枚を売り、その後Epicから再リリースされ10万枚売り上げ、Boston Music Awardsも2001年には受賞するが、知名度は決して高くなかった。しかし、ループペダルを使い、あたかもギターとベース、パーカッションがいるかのようなステージを一人で作り上げる彼のパフォーマンスは、初めて見るオーディエンスを驚かし、彼のソロステージの評判は高かった。また、バックストリートボーイズやブリトニー、セリーヌディオンをトークの合間に歌う彼のライブにオーディエンスも嬉しそうに野次を飛ばしている。興味がある方は、Internet Archive、通称リャマでのダウンロードをお奨めします。 さて、そんな彼が大きなチャンスをつかんだのは映画『I am Sam」のサウンドトラック。レコード会社の社長からビートルズのカバーアルバムを作ると聞いたビートルズ好きな彼が冗談で「誘ってくれればよかったのに」と言った一言がはじまりだった。無名の彼が、そうそうたるアーティストの中で「Help!」を歌っているのはそんな事による。 2003年にはセカンドアルバム『Stop All The World Now』をイギリスでレコーディングし発売。ファーストシングルは「Perfect Time Of Day」はトリプルAのラジオステーションでこそ好調だったがCHRやHotACではほとんど鳴かず飛ばず。同じような下積みを持ち、ブレイクしたギャビン・デグロウやジェイソン・ムラーツに比べると、やはり老成した感や、イギリスのアーティストが好きな影響からか湿り気のあるサウンドがPOP性から引き離すのかと内心思っていたが、この「Collide」がビルボードTOP40へと駆け上ってしまった。もともとアルバム発売直後のファン投票で8割のファンがこの曲が一番好きと答え、アメリカ人にとって深いところでロマンを感じさせる良い曲と聞いた。一部のファンはフルバンドでのレコーディングに良さが失われるのではないかと危惧していたが(私もその一人)、ストリングスこそ入ってはいるものの、極々シンプルなバラードは定評のある表現力にも磨きがかかっている。感情の限りに歌うという若者らしい歌い方は、抑えた中の感情の激しさの表現に変化はしたが、存在感は強くなったのは事実。シンガーソングライターは地味ではあるが、優れたシンガーソングライターはエンターテイナーと私は思っているが、ライブでのエンターテイナーぶりは先述のようになかなかのものである。ビッグになる事によって、t.A.T.u(懐かしいな)やアシュリーシンプソンを歌うなどは制約が出てくるとは思うが、「Collide」の成功と再び戻った地道なライブ活動が彼にどう影響するか楽しみである。既に「Collide」にしろ「Perfect Time Of Day」もライブではメロディの高低や微妙なリズムを変えて歌っていて、アコギ一本の「Collide」はアルバムに比べさらに美しい。…ライブを見れない日本人としてはスタジオにこもって欲しいという思いもないと言ったら嘘になりますが。 |
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(華月) |
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華月 appears courtesy of "空楼月華" |
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