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2002年作『This
Is Me…Then』で「これが私よ!」と自らをさらけ出したと思えば、今回の新作『Rebirth』で再生したJ.Lo。この新作タイトル、前作の時点では元カレのベン・アフレックとまだ上手くいってたので「Dear
Ben」とかいうストレートなバカップル曲を後先考えずに収録しちゃったりしたけど、私は今作で生まれ変わったワケだから、もうあの当時の私ではないの。"ラテン歌手"マーク・アンソニーの妻として幸せに生きてるの。つうかベンって誰?和田?
…みたいな含みもあるのではと思われる。 新作からは、「Soul Power '74」におけるメイシオ・パーカーのサックスが豆腐屋のチャルメラ(こんな例えでゴメン)並みにやかましくループして、やたら耳に残るキラー・チューン「Get Right」がリード曲として切られた。こーいう騒がし系トラックの上で、一定のフレーズを繰り返すサビなどは、最近のリッチ・ハリソン作品の定型とも言える(ビヨンセ"Crazy In Love"とかエイメリー"1 Thing"とか)。女優魂を見せた七変化MVでは、これぞJ.Lo!と言わんばかりの輝きを放っているものの、やはり曲単体で見ると、彼女の存在感の半減は否めない。中毒性の高いトラックだけに、彼女くらいの歌唱ではちょいと弱いかな、と。 とはいえ、ファボラスをラップ客演に迎えたリミックスver(個人的にはこっちのがクールだと思う)でもMVを制作するなど、さらに大々的なプロモーションを図って順調にヒットを飛ばしていたこの曲だが、思わぬ人から批判の声が挙がった。天下のアッシャー様である。実はこの曲と同じトラックを使ってアッシャーが先に曲を録音しており、それ自体はアウトテイクとなったものの「Ride」というタイトルで12インチ発売されていたのだった。アッシャー自身も「Get Right」について「あの曲ムカつく」などと発言し、なんやら険悪なカンジとなってしまっている。もちろん、これに関してJ.Lo本人に非はないと思うので、制作側もっとちゃんとしとけ!といったトコロなのだが。 次のカットは同郷のファット・ジョー客演の「Hold You Down」ってことで、戦略は前作の時と全く変わってないようだ。はてさて女王の快進撃、いつまで続くか。 |
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(サカキ) |
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「アーティスト名がヘン。フィーチャリングされてるやつの名前もヘン。タイトルが意味不明。ゆえに絶対駄曲である。」という偏見を持っている人が世の中多すぎる気がする。ビルボード HOT100 はチャート改編したんだよ。ヘンな曲ならチャートを上昇できるわけがないじゃないか(笑)。今回ご紹介するのはトリルビル。リル・ジョン率いる BME レコーディングスからの新人。といっても既に昨年レーベルメイトのリル・スクラッピー(この前「No Problems」がヒットした人)との合同アルバム『The King Of Crunk & BME Recordings Present Lil Scrappy』をリリースしており、そこから「Neva Eva」という南部の特大ヒットを放っていたりする。いわば南部通の人たちの間では既に一目置かれた存在だったトリルビル。前シングル「Neva Eva」はこれぞクランクとでも言うべき恐ろしい楽曲で、MV を見てもらうとわかるがカメラに映る人という人がすべて恐ろしいほどのテンションの高さで飛び跳ねている。これは尋常ではない。カット割りから何からもう意味不明もいいとこで、そのバックで「ゲロマ!レバ!エバ!」「ネバ!エバエバエバ!」と有識者は全く理解できない言葉が連呼されている。すげえ、これが音楽か。誰かこの音楽をまともに評せる人がいたら私に紹介して欲しい。ささやかながら謝礼あげるよ。そんなちゃんちゃら楽しいクランク集団トリルビルはアトランタ出身の Don P、DirtyMouth、Lil LA aka Lil Atlanta の 3 人組。グループ結成は今を遡ること 8年前の1997年、彼らはまだ高校 1年生だったころ。リル ・ ジョンもまだ So So Def 役員の頃くらいだと思う。何年かの時を経てたまたまリル ・ ジョンが彼らのステージを目にして即契約したのがデビューのきっかけらしい。そんなトリルビルのアルバムからのセカンドシングルは「Some Cut」。これが前作とはうって変ってなんとも激メロウ。ネズミの鳴き声のような音(これ何の音?)が気になるもののバックトラックはいたってシック(ちょっぴりデュプリ・マナー)、サビで合いの手を入れている男性シンガー Cutty も楽曲に高級感と安心感を与えている。そろそろハイパワーなヤツはみんな付いていけなくなっているので、2005年はこういったお父さんのためのサザンラップが大流行することを祈りつつ。 | ||||||||||||
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(はまべ) |
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カニエ・ウエストの秘蔵っ子、ジョン ・ レジェンドはカニエ・ウエスト設立の KonMan Entertainment からの第1弾アーティスト。既に ジェイ Z、ブラック・アイド・ピーズ、アリシア・キーズ、ツイスタなどカニエ作品中心に多くのセッションワークをこなしている彼だが、なんとあのローリン・ヒルの「Everything Is Everything」にもピアノで参加していたらしい(『Miseducation Of Lauryn Hill』を持ってる人は早速クレジットチェックだ!)。カニエ人脈と聞いてしまうと、どうも歌というよりもプロダクションばっかりに注目してしまいがちになるが、わりとアルバム『Get Lifted』ではオーソドックスな R&B をやっている模様。そうこのデジャ・ヴな感じ、前にもなかったか?思い出した。バッド ・ ボーイ秘蔵っ子として 2000年にデビューしたカール・トーマスだ。あれだけ"派手なサンプリング"、"ゲスト大挙参加"でレーベルからの新人のデビュー盤に手厚いサポートをしていた P.ディディが、彼のデビュー時だけは彼のパーソナリティが良く出るようにと敢えて自粛したというカール ・ トーマス。何か良く似ている。そもそもカニエのとこの新人さんのヒット曲と聴いただけで世の中の 100 人中 99 人は「70年代ソウル早回し」を想像したはず。それがどうだ。「Ordinary People」はピアノ 1本だ。サンプリングどころかリズムすら入らない。あとは声、声、声。まさにシンガー・ソングラーティング・ピアノマンの真骨頂と言える楽曲である。ちなみに本作をジョンと共にプロデュースしているのはブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アム。曲調を考えると、これはちょっと意外な取り合わせかも。ただしここまで書いといて悪いのだが、すべてが想定の範囲内。 |
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(はまべ) |
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レニークラビッツに100の質問
Chapter1 生活やプロフィールについて 1.生年月日を教えてください? Chapter2 音楽性について 21.ロックは死にましたか? Chapter3 音楽以外の嗜好について 39.プロ野球はどのチームを応援していますか? Chapter4 新作について 45.新作の売れ行きは調子いいですか? Chapter5 Ladyについて 55.やはりあなたくらいの年齢になるとGirlよりLadyですよね? Chapter6 曲について 61.実は歌詞をちゃんと読んでないんですが、ラブコールを送ってる曲ですよね? Chapter5 雑談 |
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(mz) |
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Hip-Hop系アーティストが新曲を出す場合、ストリート用とラジオ用でシングル曲を使い分けることが多い。ストリート用の曲はクラブではかかってもラジオではかからないのでチャートも上昇しない。PVもつくらないことがあるのでMTVでも見かけない。大物の新曲なのにあんまり売れないなあと思ってたら突然次の曲が大ヒットすることがあるが、プロモーションがラジオ用シングルに切り替わった瞬間がそういう現象をみせる。
と、いうのは普通の大物の話。これが「超大物」ともなるとストリート・シングルも大ヒットしてしまう。50セントの「Disco Inferno」。通常なら後に控えるラジオ・シングルの前座扱いで良いはずが、50の新曲ならとにかくかけろとラジオ局が飛びついてTOP5ヒット。おかげで本命のラジオ・シングルがリリースされる頃には50新作のプロモーションは十分以上にされてしまい、アルバム『THE MASSACRE』は発売週で114万枚(歴代6位)も売れてしまった。 じゃあラジオ・シングルは無駄だったかというとこれが更なる大ヒットに。かつてJから「Bizonce」のヒットを放ったR&Bガールのオリヴィアはそのガラの悪さを見込まれてGユニットに移籍し、さっそく50と組んだ「Candy Shop」はアルバムとの相乗効果でHOT100の頂点まで登りつめている。これで50にとっては3曲目のNo.1で、シングル・チャート上ではすでに親分エミネムを超える成績。さらに新入りザ・ゲームとの共演曲もことごとくヒットしているので「TOP5内に3曲エントリー」「TOP10内に4曲エントリー」と、ポップ・レジェンドが成し遂げたチャート記録を次々と塗り替えている。 この曲はリル・キムと共演した「Magic Stick」の焼き直しじゃないかとか、トラックが(ザ・ゲームのも含めて)どれも同じで退屈だとか、メジャーデビュー二作目ですでに飽きられている気もする。ザ・ゲームとのビーフ(&銃撃戦)もやらせの可能性が高く、そろそろヒットの量ではなく質を求められる頃だけど、このアルバムがヒットしている限りそんな忠告は耳に入らないだろう。たぶん。 |
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(松本) |
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98週め(4/9付)にしていまだに20位台にとどまるロングセラー『Songs
About Jane』から実に4曲目のTOP40ヒット。1アルバムから4曲TOP40って、R&B/Hip-Hop系や女性ボーカルなら昨今も時々あるが、ロック・バンドだと4年前のLonestar以来か?
いや、あれはカントリー・バンドだからと割愛すると、さらにその前年のGoo
Goo Dollsまでさかのぼる。ここ10年でも、あとはスマパンとHootie
and the Blowfishくらいしかない偉業であることをまず称えたい。心配なのは、前例のそれら4アーティストがその後パッとしないことだが…。
この曲、16ビートのシャッフルというリズムで筆者はわりと好きなタイプだが(詳細後述)、「This Love」などと比べると地味な感は否めず、いいタイミングでグラミー最優秀新人賞受賞が発表されたわりには、その特需効果も殆どなく、地味に31位止まりで落ちていった(もっともこの曲、50位台で一度下降しかけたので、そこから反転・TOP40入りしただけで恩の字だったか)。このグラミー最優秀新人も、その後は大成せずに終わった前例が多く、要注意だ。しかも、04年に大ブレークしたとはいえ、02年にデビューし03年にTOP40ヒットも出したバンドを、04年の新人扱いにするのも失礼な話だ。まあ箔がつくのは結構だし、当人らに罪はないが、グラミーの定義の曖昧さや評価するじいちゃん・ばあちゃんたちのセンス(というか事実を知らなさすぎ)は問題。最優秀新人といえば、日本歌謡界最高権威を誇る?レコ大でも、03年9月のデビュー(ルール上、明らかに対象外だった様子)の大塚愛が、平原綾香をおさえて受賞し、物議を醸したらしい。こちらの原因は、avexの金と力の横車との説を耳にするが、未だにそこまでする価値があるとは、さすが最高権威である(視聴率は10%前後だった筈だが…) 閑話休題、16ビートのシャッフル、即ち、16ビートをシャッフル、所謂3連ノリにしたものだが、あまり詳しくない方のため、1小節分聴いた感じを詳述すると以下aのようになる。他のリズムも参考までに(b〜d)。 当然、16ビートのシャッフルの音の刻みが一番細かく(6連符、即ち4分音符の6分の1
が基準)、演奏の難易度も高い。このリズムの大ヒットといえば、TOTOの「Rosanna」、そしてTOTOのドラマーの故Jeff
Porcaroは、16ビートのシャッフルの名手として名高い。日本だと、MISIA「つつみこむように」あたりが代表曲か。その他、一時期、渋谷系(死語?)として名を成したオリラブやオザケンにこのリズムの曲が多かったように思う(「痛快ウキウキ通り」等)。てな話で、このリズム特有のちょっとこじゃれた感じが、少しはご理解いただけるのでは。(意外にも、GLAY「However」もこのリズム。彼らだと、演歌ロックのパワーバラードという趣きで、こじゃれた感じが全然しないが。) |
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(窪田) |
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シルヴァー・ステイトことネヴァダ州ラス・ヴェガス。世界一の観光都市の中、音楽で生活する人々は何もエルヴィスの物マネばかりじゃない。ブランドン・フラワーズはきらびやかなヴェガスにウンザリしつつも80年代から00年代までのシンプルなロックに魅せられてザ・キラーズを結成。2003年にはシングル「Mr.
Brightside」をリリースするが全くの不発に終わっている。
アメリカのラジオ局は当時脳天気なポップ・パンクを集中的にオンエアしており、その亜流とみられたキラーズにはほとんど関心を示さなかった。そこでバンドは活動の場をイギリスに移し、ギターポップ/ニューウェイブ系のバンドと活動を共にする。そんな中2004年春にイギリスで「Mr. Brightside」を発売すると初登場でTOP10に入る大ヒットに。 次は母国に凱旋したいところだが、彼らがとった戦略は「Brightside」の再リリースではなく、全く異なる曲調を持つ「Somebody Told Me」をモダン・ロック局に仕掛けたこと。当時注目されていたフランツ・フェルディナンドやモデスト・マウスと共にモダン・ロック新フォーマットの担い手として売り込むには絶好の機会であった。 「Brightside」はシンプルなギターと淡々としたメロディながらベースラインがぐいぐい引っ張っていく、昔のキュアーやニュー・オーダーに通じる上品なギター・ロック。対する「Somebody」はモジュレーションのかかったシンセにシンコペーションのリズムを持つイントロから強烈なインパクトを持つナンバー。こうしてイギリスとアメリカで全く違う曲をプロモーションした結果、その2曲が収録されたアルバム『HOT FUSS』は英米ほぼ同時にヒットという、新人バンドでは例のない成功を収めることになる。 しかしキラーズ快進撃はまだまだ止まらない。2004年末にはイギリスで「Somebody」を発売すると今度は初登場3位と過去最大のヒットに。その勢いでアルバムはキーンやシザー・シスターズと競り合うようにチャートを上昇し、ついにNo.1になってしまう。2005年に入ると逆にアメリカで「Brightside」が今度こその大ヒット。ビルボードのチャートにダウンロード・ポイントが加わったためにいきなりTOP40内に初登場し、アルバムもTOP10入りを果たしている。 昨年のフジロック・フェスティバルに続きこの3月には単独でも来日。ウドー扱いの高額なチケットにも関わらず無事ソールドアウトとなり、赤いスーツで決めたブランドンには黄色い声援が飛んでいたそう。もちろん英米ではツアーのトリとしてひっぱりだこ。彼らの成功にあやかろうと、今や世界中でスーツを着てシンセサイザーを弾くバンドが急増中。 |
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(松本) |
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シングル「Don't
Wanna Try」がリリースされた2003年、フランキー・Jの登場に「また新人のR&Bアーティストが誕生か?」と思われた方もいたようだが、実は彼はメキシコ系アメリカ人。メキシコのティフアナで生まれ、2歳の時に家族とともにサンディエゴに移ってきた彼は、父親がバンドのリーダー、祖父が教会でバイオリンを弾くという音楽一家に育った。またマイケル・ジャクソンの影響を受け、すでに6歳の時には、マイケル・ジャクソンが「Billie
Jean」でムーンウォークをして会場に帽子を投げるパフォーマンスをテレビで見ると、家族の前でムーンウォークをしソンブレロ・ハットを投げていたそうだ。
その後、リサ・リサやブレンダ・K・スターなどフリースタイルの音楽を聴くようになり、特にジョージ・ラモンドの独特な歌い回しに影響を受けた彼は、15歳の時に、カナダのインディー・レコード会社からフランキー・ボーイという名前でソロデビューを果たすが全く売れなかった。その後、セレーナの兄弟のA.B.キンタニア率いるクンバ・キングズのメンバーとなり4年間活動する。それでもソロになることをあきらめきれなかった彼はクンバ・キングズを脱退し、2003年にソロアルバム『What's A Man To Do?』とシングル「Don't Wanna Try」をリリース。「Don't Wanna Try」はトップ20ヒットになった。 その後、ベイビー・バッシュの「Suga Suga」にフィーチャリング・アーティストとして登場し、こちらはトップ10ヒットとなった。 そして、2005年になり、ニューアルバム『The One』からリリースされたのが「Obsession (No Es Amor)」。この曲もベイビー・バッシュのラップがフィーチャーされているが、曲自体はオリジナルではなく、もともとアヴェントゥーラというグループの曲の英語カバー。 「朝早い時間なのに、 正しいのかどうかはわからないけど もしこれが恋でなかったら このようにもの悲しい歌詞にマッチしたミディアムテンポの曲にフランキー・Jの高音のボーカルが加わり、さらにベイビー・バッシュのラップでパンチを効かせたこの曲は、すでにトップ3にランクインした。 今後、フランキー・Jがどのような活動をしていくのか要注目だ。 |
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(かんざき) |
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85年のデビューからいつのまにか今年でバンド結成20年周年を迎えるグー・グー・ドールズ。それを記念して昨年7月4日アメリカ独立記念日に彼らの地元NY州バッファローで行われた野外コンサートの模様を収録したCD+DVDディスクが作年11月にリリースされた。そしてその盤の冒頭を飾る「Give
A Little Bit」がこの度ジワジワと半年をかけて年を越え、彼らにとって久々のTop40ヒット入りを果たしたのである。
80年代には何かとリプレイスメンツと比較され、いつも彼らに対し、いくらか分の悪い評価を得ていたグーグー・ドールズなのではあるが、ポール・ウェストバーグがより全面に出て最期はソロ活動が主流となりリプレイスメンツが空中分解に至る90年代初頭になると入れ替わるようにシーンの全面に躍り出るようになる。最近はライアン・キャブレラなどのプロデュースにも忙しいバンドのフロントマンであるジョン・レゼニックはソロでも充分やっていけると思うのだが、そこはあくまでもプロデューサーとして裏方に徹している。どこかリプレイスメンツのことがいつも頭にあり反面教師にしているのか、あくまでもバンドの一人として今後も音楽活動を続けていくつもりなのだろう。20年間バンドメンバーを変えず、ひたすら自分達の音楽を続けてきたグー・グー・ドールズ。デビュー当初、彼らはThe Sex Maggotsというバンド名でクラッシックロックのカバー曲を歌っていた。その時良く演奏していたのがまさに77年15位まで上昇したスーパートランプの曲である今回の「Give A Little Bit」なのである。 そのバンドの原点に立ち返った「Give A Little Bit」。そのプロモーションVTRは地元コンサートの模様をダイジェスト的に編集したものなのだが、これがいい。これだけでも十分に地元コンサートの雰囲気が伝わってくる。終盤に近くなると突然の雨に見舞われるのであるが、雨中でも力をこめて演奏するバンドの面々と盛り上がる地元の聴衆に、編集の妙もあると思うが「もうちょっとだけ愛を!!」という叫びは説得力あるものになっているのだ。変わらず続けてきた強さが確かにそこにはある。 |
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(田鍋) |
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2000年にデビューを飾った4人組R&BグループB2K。Boys
of 2000 [2K]の頭文字を取ってつけられたこのグループは、「Un
Huh」「Gots Ta Be」「Bump, Bump, Bump」「Girlfriend」と4枚のシングルをTop40に送り込んだ。特にP・ディディをフィーチャーした「Bump,
Bump, Bump」は全米No.1に輝き、B2Kの今後の活躍が期待されていた。リードボーカルだったオマリオンは「ファンのためにもぜひサードアルバムを作りたい」と言っていたが、結局B2Kは人気絶頂の中解散する道を選んだ。
その後、リードボーカルだったオマリオンが2005年になってソロデビューアルバム『O(おー)』をリリースし、このアルバムからのシングルカットされたのがアルバムタイトル曲「O(おー)」。タイトルが一文字のTop40ヒットは、プリンス&ニュー・パワー・ジェネレーションの「7」以来2曲目の快挙だそうだ。 ところでこのタイトルになっている「O(おー)」は何を意味しているのだろうか?本人によると、彼の名前のオマリオン(Omarion)の頭文字であることに加え、女性が満足するまで時間をかけると言う意味でOvertimeの頭文字でもあるとのこと。 すでに曲調でも明らかだと思うが、この曲では伏せ字を使いながらメイク・ラブの内容を歌っている。「僕が仕事(?)を始めたら、君の体から聞こえて来る音はO(おー)僕の名前は言わなくてもいいよ。来てくれただけでうれしいんだから。朝も夜も好きなだけO(おー)と言っていいんだよ。もしいいところに当たっていたら、O(おー)と言っていいんだよ。僕に腹を立てないでくれよ。君に悦んでほしいんだから。O(おー)と叫ぶ声を聴かせてくれよ。」 オマリオンはこの曲について、次のように言っている。「O(おー)はアルバムの中でも気に入っている曲なんだ。この曲で僕が大人になったことがわかるだろ?」うーん、B2K時代に「人生でほしいものはすべて手に入れた。ガールフレンド以外はね」と言っていたオマリオンも20歳になって大人になったのかどうか・・・。 父親の影響でマーヴィン・ゲイやアース・ウィンド&ファイヤーを聴いていたためか、従来のB2Kのイメージとは違いスローバラードで勝負を挑んできたオマリオン。この曲を含め、アルバムに収録されている曲はミディアムテンポからスローテンポの曲が多く収録されている。 さて、オマリオンのもくろみ通り、またB2K時代のファンをさらに引き留める一方で、大人の男としての魅力を見せることができるのか?今後の活躍に周りが「O(おー)」と言って歓声をあげるか、それともうまくいかずにオマリオン自身が「O(おー)」と嘆く結果になるのか。どちらに軍配があがるのか、今後の様子を見てみよう。 |
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(かんざき) |
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