(introduction)
 現在のラップシーンの総まとめです。
ラップなんか興味ないや、という人は読み飛ばしてしまいたいかもしれませんが、ちょっと、序文だけでもお付き合い下さい。

 「meantimeはビートルズに冷たい。」編集スタッフの集まりで八亀氏がぽつり。ビートルズに限らず、これまでmeantimeは「今」の音楽に話題が集中しがちだったことは私も認識しています。自分自身でも、もっと古い音楽を取り上げる機会が欲しいなあ、とは常々思っていました。ただ、いざ原稿を書くとなると、どうしても「今」のネタの方が優先されてしまうのです。それは、今の音楽は今取り上げることに意味があると思うからです。もちろん2000年になって「90年代を振り返る」みたいな感じで冷静に過去を分析するのも、それはそれで客観的な見方が出来ていいかもしれません。ただ、どうしても、それでは「時代の空気」が伝わらないんですよね。
ちょっと古い例ですが、何年か前にウッドストック2というイベントがありました。オリジナルのウッドストックはそれ自体がもはや「伝説」であり、あの時代を象徴するイベントになっていますが、2についてはオリジナルを表面上だけ真似た単なるお祭りに終わりました。結局2はGreen Dayなどいくつかの参加バンドをブレイクさせただけで、「90年代の音楽シーン」の潮流の中にあのイベントをうまく位置付けるのは無理があると思います。何が言いたいかというと、オリジナルのウッドストックは、あの時代の空気が自然に生み出したものであって、商業ベースで「企画」された2とは根本的に違うんですよね。だから60〜70年代の音楽シーンを語る上でウッドストックを引き合いに出すのは妥当なことでも、90年代のシーンを語るのにウッドストック2のこと何か書いても全然的外れになってしまうわけです。
でも、何も知らない数十年後のロックファンが「ロック歴史年表」(笑)みたいな資料的なものを見れば「おお、90年代にもウッドストック・フェスティバルで盛り上がってたのか!」と勝手な想像をしてしまうでしょう。ただ単に「いつ何があった」という記録だけではダメなんです。90年代のウッドストック・フェスティバルなんてみんな白けて誰も盛り上がってなかったんだよ、ということは、その時代を実体験した人じゃないとわからないわけです。

 そういう考えから、私は「今」の音楽は、自分の好みに限定されずに、可能な限り幅広く聴くようにしています(時間とお金に限りがあるからどうしても今の自分が事情を良く知っている英米モノだけになってしまいますが)。
だからと言ってmeantime読者の皆さんにもラップを聴けと強要するわけではありません。ただ、「興味はあるけどどこから手をつけたらいいのか分からない」という人のために、こうやって「きっかけ」は提供します。今回のこの記事に限らず、meantimeを各読者がそれぞれにもっている膨大な知識を共有できる場にできたらいいと思います。

 ラップの世界では一人のアーティストが人気を維持できるのはほんの数年、10年もメジャーであり続けているLL Cool Jなんてのは例外中の例外で、80年代のラッパーなんてもはやその大半が引退しているか、裏方での活動に比重を移しています。更に流行のスタイルも非常に移り変わりのサイクルが早いので、常にシーンに気を配ってないと、すぐに訳がわからなくなってしまいます。3年前まではラップを聴いてたけどしばらく遠ざかってた、なんて人が今のラップを突然聴いたら、あまりにも知らない人ばかりなので愕然とするでしょう。

 というわけで前置きが長くなりましたが、この記事はそういう考えのもとに書いています。もちろん、ブラック専門紙のように突っ走ってしまわず、チャートの記録だけを拾い出して「分析」するような無味乾燥なこともせず、ちゃんと、日頃ラップをまったく聞かない人が今のラップシーンを理解するための「入門編」として読んでもらえるように意識しています。
最初は私一人でやろうと思っていたんですが、ちょっとリストアップしてみたらそのボリュームに圧倒されてしまったので阿多さんにヘルプをお願いし、更に今号・次号に分けて掲載することにしました。なお、meantime 7号の「96年特集」と連動するように、96年に出た新作を起点に過去の作品に遡っていくという形にしています。
じゃあ、本編に入りましょう(と言ってもまた「イントロ」なんだけど)。



PART0
INTRODUCTION (K.Shinkai)

まず、ラップに接するにあたって、偏見を無くして欲しい。いわゆるギャングスタ・ラップというやつが、どれもこれも銃、女、ヤク、車、金、俺には誰もかなわない、俺以外の奴はクズ、俺が、俺が... という内容なのは、彼らの精神年齢が低いとか、彼らに教養がない(教育をろくに受けてない)とか、もっとストレートに言えばバカだとか、そういう理由によるものではない。これは、彼らの歴史から生まれた文化なのである。詳しく書き出すときりがないので今回は思いきって割愛して、彼らの文化的特徴を羅列するに止めよう。この辺に興味のある方は、この記事の最後に参考文献リストを載せておくので、参考にされたい。

(1) 「力」の誇示
ラップの作品のジャケで、ラッパー本人が笑顔を見せているようなものは皆無である。HammerやBiz Markieなど始めから別の路線を狙ってる奴は別として、大半の奴は凄みを効かせた顔をしている。また、銃をちらつかせたり、こっちに向かって構えたりしてるようなのも珍しくない。これはすべて「力の誇示」であり、自分は決して弱みを見せないという姿勢である。言ってしまえば、弱肉強食の世界で生きる彼らが自然に身につけた「生きる術」なのだ。これをうさん臭がっていては彼らを理解することはできない。

(2) 成金願望
日本では成金趣味という言葉は否定的な意味で使われる。金持ちであることを自慢し、ひけらかすのは「みっともない」ことである、とするのが日本文化である。だから我々の常識で見れば、アルバムジャケ用写真の小道具に札束の山を使いたがるラッパー連中なんてのは子供じみた、がめつく、はしたない奴に見えてしまう。しかし彼らの文化では、金を手にいれる=成功する=自分には実力があることの証明、となり、(1)の力の誇示につながるのである。自分には力=金があることを証明するためには、常に値段の高いものを身にまとうことになる。それが高級車であり、ブランドスーツであり、もうちょっと庶民レベルなら最新型のスニーカーであり、ゴールドのネックレスである。また、その金を作るために一番手っ取り早いのが麻薬取引なので、必然的にここに当然のように麻薬の話が絡んでくる。
そもそも彼らの生活水準は驚くほど低い。我々がハリウッドのプール付豪邸に憧れ、何かの間違いで何億円という金を手にしてしまったら、きっと庭にプールを造ってしまうのと同じように、彼等にとってブランド物の高級スーツや、高級車や、ジャラジャラのアクセサリーは「夢」だったのだ。何度か引き合いに出しているエピソードだけど、子供の頃シカゴのゲットーで銃撃されたR.Kellyは今でもその弾丸が肩に残っているらしいが、撃たれた理由というのが、「新品の自転車に乗っているのを妬まれた」からなのだ。

(3) 仲間と敵
ジャケやインナーの写真などで、実際のメンバー以外にも何やらぞろぞろと正体不明の連中が一緒に写っていることがよくある。これも(1)に基づくもので、当然一人よりも集団の方が強い、という「力」の理論だ。これは日本人でもヤクザや右翼なんかを考えれば理解し易い。また、日本の「人情」にも通じるものがあって、自分たちが売れたらHomie=マブダチも一緒に表舞台に出してやる、という意図もある。成功したラッパーがあっさり引退して裏方に回り、自分のレーベルを興して新人を紹介していくことが多いのは、この思想によるものだろう。
当然「力の世界」ならば衝突も起きやすい。仲間とつるむ場合、たいていその仲間ってのは地元の連中だから、必然的に地元に対する愛着心が生まれる。これがやっかいで、自分の街が一番、と言っているうちはいいんだが、よその街の悪口を言い出したりすると、これが争いになる。ラップの世界で決してなくならないのはニューヨーク対LAの東西ディス(中傷)合戦。2Pacもこの犠牲になったのだという説もある。 悪いことに黒人文化というのは、ラップなんかが誕生するはるか以前から、相手の仲間や身内の悪口を言い合うような言葉遊びの文化がある(「おまえの母ちゃんでべそ」の類)。しかしどうもこれが最近はマジに受け取られてしまい、そこからとんでもない争いに発展してしまうこともある。

(4) 家族、宗教
超コワモテのラッパーでも、お母ちゃんには頭が上がらない。なんかジャイアンみたいだが、別にジャイアンみたいに「力」でお母ちゃんにかなわないというわけではない。これは一種「親や年寄りは大切にしなくてはいけない」という宗教的なものだと思う。理屈ではなく、絶対的なもの。無宗教が多い日本人にはここが一番理解しづらいと思う。私も無宗教だし、何があっても絶対に曲げられない信念みたいなものを明確に持っているわけではない。しかし例えば文化の欧米/日本化が著しく、若者が着飾って夜遊びするようになっている儒教の国・韓国では、それでも結婚前に処女でなくなる女性は極めて少ないらしい。なぜ婚前交渉がいけないのか、彼らに理論的に説明できるだろうか。おそらく、彼らにとっては、それは理屈じゃないんだと思う。そうやって色んな例を考えてみれば理解できるだろう。
ではなぜ父親ではなく母親なのかというと、これは単純、彼らの多くには父親がいないからだ。正確に言えば父親はさっさとヤリ逃げしてしまったか、早いうちに離婚してしまって、父親というものを知らずに育ったから。黒人家族が母子家庭である率は極めて高く、社会学の論題にもなっているが、誰も明確な解答は出せていない。
また、これは何もラッパーに限らないが、やはり彼らは敬虔なクリスチャンである。R&Bシンガーがほとんどすべて教会の聖歌隊出身であることからも、彼らの生活に教会が密着していることがわかるし、アルバムのSpecial Thanks欄には必ずGodの記述があるはずだ。一部には熱心なイスラム教徒もいるが、これはMalcolm XおよびNation Of Islamが遺したものだろう(NOIは現在も活発に布教活動を続けている)。

父親違いの弟と同居していて、母親は弟ばかりをかわいがって兄には当たってばかりいる。どんなに罵倒され、優秀な弟と比較してボンクラだと蔑まれても兄は決して母親に手を上げたりしない。一方で彼は表に出れば、敵対するグループを撃ち殺すことに戸惑いを感じない。こんな悲しすぎる「現実」をIce Cubeが好演している映画「Boyz 'N The Hood」あたりを見ると、ここに書いたようなことが自然に理解できると思う。

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