デトロイト郊外の中学校の体育のクラスで知り合ったデヴィッド・ウォズことデヴィッド・ウェイスとドン・ウォズことドナルド・ファゲンソンが結成したバンド、Was (Not Was)。80年に“Ze”というインディ系レーベルと契約し、ヴォーカルのサー・ハリー・ボーウェンズとスウィート・ピー・アトキンソンが加わる。このバンド名は当時2歳だったドンの息子が「青じゃなくて青ーっ!」「熱くなくて熱いーっ!」みたいな妙な口癖があって「ウォズじゃなくてウォズーっ!」という言葉をそのまま拝借したらしい(この息子、現在は98年に「Inside Out」のヒットを放ったバンド、イヴ6に在籍中)。さてWas (Not Was) は81年にセルフタイトルのデビューアルバムを発表、「Out Come the Freaks」や「Tell Me That I'm Dreamin'」がディスコチャートでヒットを記録。83年にゲフィンに移籍し、メル・トーメやオジー・オズボーンをゲストに迎えたアルバム「Born To Laugh at Tornadoes」を発表するもののヒットが生まれずに5年の歳月が流れる。しかし88年に発表した通算3枚目のアルバム「What Up, Doc?」で見事にブレイク。商業的な成功に加え、伝統的なR&Bに根ざしたダンスサウンドが高い評価を得た。この頃ドン・ウォズはボニー・レイットやB-52'sのアルバム制作を担当し、一躍トッププロデューサーとしての名声を獲得。彼のプロデュース業が多忙となっていく中で Was (Not Was) は90年に「Are You Okay?」をリリースするが、93年に解散。ドン・ウォズはその後もウィリー・ネルソンやローリング・ストーンズ、クリス・ゲインズなどの大物アーティストの作品を次々と手がけ、94年にはグラミーでベストプロデューサー賞を獲得している。(なかむら)
Hit List
'89 #7 Walk The Dinosaur
彼らの最大のヒットにして代表曲となるこの曲は、恐竜の足音のようなイントロのリフが面白いリズミカルなダンスナンバー。Was (Not Was) は当時から12インチシングルを中心に発表しており、リミックス盤も登場した。丁度この頃、日本では東京国際音楽祭が開催されており、Was (Not Was) もこの曲をひっさげて初来日。当初はこの曲がグランプリを穫るのではないか有力視されていたが惜しくも金賞に終わる(グランプリはイスラエルの歌手オフラ・ハザ)。とはいえ、ムサいおやじたちが繰り広げるファンキーで力強いステージは一際印象に残り、ここ日本でもJ-WaveチャートでTOP10入りするヒットを記録した。
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