Warrant
Biography

 アメリカはロサンゼルスで85年頃結成され、89年にメジャーデビューを果たし一時期一世を風靡したLAメタルの流れをくむHM/HRバンドで、メタルの世界での評価は勿論、ポップなレパートリーも多かった為、一般的なポップ・リスナーにも幅広く受け入れられることになった存在だった。デビュー時にボー・ヒル(ラットやウインガーなどコマーシャル色を深く染み込ませた音作りで才能を発揮するプロデューサー)を起用し、コマーシャル色の強いアメリカンロックのスタイルを前面に出した彼らはマスコミに「アンプの後ろには誰が居るんだ?」とか、「クレジットされている他には誰も演奏していないのか?」などと言い寄られたりもして随分苦しめられたそうだが、これから述べていくヒットシングルなどにより、徐々に本当の実力者ということが証明されていく。(奥村)


Hit List

'89 #27 Down Boys
 デビューアルバムが発売され、それが既にチャートにエントリーしてからのファーストカットとなるこの曲は、先ほど述べたボー・ヒルの“良い仕事”振りが炸裂している超アメリカン・ハードロックナンバーで、89年という時代背景からはやや遅れているサウンドの印象を持ったが、シーンは彼らのようなメロディーのある上手いハードロック・バンドを見捨ててはいなかった。この曲の聴きどころは、全体を通してのコマーシャル性も当然であるが、決して一流のヴォーカリストとは言われないジェイニー・レインのコンポーザーとしての能力と、これまた決して一流のギタリストとは言われないジョーイ・アレンのバンドの和を考えたような、ありがちな自己主張に走らない曲を生かすプレイをする能力。こういったものが重なり合って、誰一人特別目立たないも、そのチームワークが感じられるというところだ。この時代以降、この手のバンドによる、メロディアスなアメリカンロックが売れ線から外れていくので、ここはひとつ「資料」としてでも、この曲の再聴を薦める。

'89 #2 Heaven
 ブライアン・アダムスも同名異曲があるが、これもまたバラードである。当時、彼らのよう?長髪HM/HRバンドの殆どが、この曲のようなパワー・バラードか、アコースティックな曲で大ヒットを出したものだが、その典型的なものであろう。この曲も「Down Boys」同様、特別一人のプレイヤーが目立つという曲ではなく、プロデューサーとコンポーザーとプレイヤーという正三角形が出来てこその偉業である。当時似たような曲が多く(俺はどどれも好きだぜ!)、俺はこの曲だけを特別贔屓したりはしなかったが、その飽和状態の中で特にチャート的にも善戦したのは、彼ら持つチームワークに知らず知らずに皆惹かれていたのではないか?今聴くと、個人的には思い出があり、かなり感傷的な気持ちになるが、この曲を知らない世代に対し何かを訴える力を持っているかは疑わしい(本当は、これ聴いて泣いて欲しいが・・)。でも、俺にとっては良い曲。

その後彼らは、上記2曲が含まれるデビューアルバム「Dirty Rotten Filthy Stinking Rich」から、コマーシャルではないもののかなり本領発揮の「Big Talk(93位)」、パワーAORと説明したい「Sometimes She Cries(20位)」をヒットさせ人気を定着させる。そしてブランクを置かずセカンドアルバム「Cherry Pie(90年7位)」を発表。そこからは力強いメタルナンバー「Cherry Pie(10位)」、涙を誘う珠玉のバラード「I Saw Red(10位)」、異色のブルース・HR・ナンバー「Uncle Tom's Cabin(78位)」、メロディーが心に染みるパワー・バラード「Blind Faith(88位)」のヒットを生んだ。そのこるには、徐々にオルタナ・ムーブメントが始まり、「もう、次は売れないなー」というムードになってきた。そしてその予想どおり、92年「Gladiator」というサントラに参加したクイーンのカヴァー「We Will Rock You(83位)」をヒットさせるも勢い無く、その後発売されるサードアルバム「Dog Eat Dog(25位)」を最後にヒットチャートからは姿を消す。普通はここでおしまいなのだが、彼らは卑しくもそのオルタナに手を伸ばして数作新譜を出すも、過去のファンを捨てた上、若いリスナーにも受け入れられず、誰にも聴かれないバンドになってしまった。勿論現在も精力的に活動(売れないが)している。俺がここ数年の彼らの動きで嬉しかったのは、「Greatest Hits」の発売だけであった。



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