音楽以外の話題で永年その名を残すであろうミュージシャン。彼の音楽そのものは後世に残らなくても、その武勇談だけは語り継がれる。ルーク・スカイウォーカーことルーサー・キャンベルをその代表格に挙げることに異論はあるまい。マイアミでイベント屋として活動を始めたルーク。まだ全国規模では注目されていなかったラップのコンサートを地元で企画し、マイアミのラップシーンを育てたという意味では間違い無く彼の功績は大きい。85年にラジオでたまたま耳にし、気に入った西海岸のラップグループをマイアミに呼び寄せ、ルークがそこに加わって2ライヴ・クルーとなった。ギャラの低さに業を煮やして自らLuke Skyywalkerレーベルを立ち上げ86年にデビュー。ここでもう既にエロネタオンリーという確固たるポリシーが貫かれており、マイアミを中心とする南東部では大ヒットとなった。
3作目の「As Nasty As They Wanna Be」からは「Me So Horny」がシングルヒットして一躍全米のその名を轟かせ、ここから彼の波瀾の人生が始まる。有名になってしまったが故に彼らへの風当たりは強くなり、彼らが原因でフロリダ州知事が自らルークのレーベルの捜索を指示し、数限り無い逮捕と起訴が繰り返される。中には2ライヴ・クルーのアルバムを未成年に売ったという理由で逮捕されるレコード店主まで現れた。「言論の自由」を楯に取るルークの闘いは政治家やマスコミを巻き込む大論争となり、89〜91年に彼は時代の嬰児となった。この頃、ルーク・スカイウォーカーを名乗ることをスターウォーズ関係者から差し止められ、レーベル名も自分の名前も単に「ルーク」と改めた。
その後西海岸からギャングスタ・ラップが登場し、エロに加えて暴力ネタ満載のN.W.A.らに世間の攻撃の照準が移された(こっちはFBIまで関与してくる)。周りから気にされなくなると、ルークと2ライヴ・クルーの勢いもそのまま下り坂になる。相変わらずマイアミ近郊では根強い人気を誇り、アルバムを出せば確実にゴールドディスクになるが、やってることは10年以上変わらないので人気が落ちるのも当然ではある。
90年代半ばにベース物のラップが流行り、ルークが「マイアミベースの父」として崇められた時期もあったが、ルークはマイアミベースが育つ環境を整えた「影の功労者」であり、音楽家としては別に何も貢献していないと思う。しかし彼を語るにあたって、そんなことは問題ではない。際どい下ネタは言わば米黒人大衆文化の伝統のひとつである。ルークは突然変異ではなく、400年に渡って育まれてきた黒人大衆文化の歴史の中に、堂々とその名を刻まれるべき存在なのだ。(しんかい)