Technotoronic
Biography

 ベルギー発のスタジオエンジニア中心のユニット。ブレーンとなっているのはアメリカ出身の元哲学教師ジョー・ボガードことトーマス・デ・クインシー。80年代末にレコードエンジニアになるためにベルギーに移住し、ハウスミュージックとヒップホップの融合を目指してラッパーをフィーチャーしたデモを制作する。そのメンバーはザイール出身のファッションモデルだったフェリー、同じくザイール出身でベルギーのフレッシュ・ビート・プロダクションというラップグループで活躍していたヤ・キッド・K、ウェールズ出身のMCエリックなど。ただしフェリーは後に口パクのみだということが判明した。89年春にベルギー、ドイツなどでデビューを飾り、89年夏には全米デビュー。ニューヨークのラジオ局HOT97がニューカマーとしてテクノトロニックを大プッシュしたのに加え、当時最もホットだったクラブ「トンネル」での初のショウが成功してまたたく間にチャートを駆け上がった。その後ジョー・ボガードとヤ・キッド・K中心に活動し、Kはソロ作もリリースする。しかしテクノトロニックは95年のアルバムを最後にシーンから消えた。(なかむら)


Hit List

'89 #2 Pump Up The Jam
 世界中を席巻したデビューヒットがこの曲。重く腰にくるビートと執拗なベースのグルーヴがクラバーたちの支持を集め、ヨーロッパでは「Make My Day」と誰もが歌詞を口ずさめるほどの大ブレイク。さらにデヴィッド・モラレスのリミックスヴァージョンが全米各地のクラブで一晩に20回以上という大量オンエア。ビルボードのディスコ/クラブチャートでも4週連続で首位を獲得した。ビデオでは22歳のモデル、フェリーがクールに歌詞を口ずさむ姿が話題となり、アルバムのジャケット写真に使われたりステージデザインも手がけているということで新ファッションリーダーの誕生?と思われた。しかし実は彼女はレコーディング時にスタジオにもいなければ英語も一言も話せないことが発覚、ジョー・ボガードいわく彼女は「テクノトロニックのイメージ」としての役割だったらしい。次のシングルからはきちんと歌っていたヤ・キッド・KとMCエリックがビデオに登場、しかし「ヤ・キッド・Kは男でしょうか女でしょうか」などと当時のティーン誌の悩み相談コーナーに質問がよせられたりしていた(正解は女)。



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