Johnny Hates Jazz
Biography

 ロンドンのレコーディング・スタジオで86年に結成。デュラン・デュラン、トンプソン・ツインズ、ポリス、ピンク・フロイドなど一流アーティストを手掛けてきたアメリカ人エンジニアのマイク・ノシート(バス)、父親がRAKレーベルの設立者で、キム・ワイルドのアルバムでドラムも叩いたことがあるカルヴィン・ヘイズ(キーボード)の2人に、二枚目シンガーのクラーク・ダッチェラーが加わったトリオバンド。

 RAKレーベルから「Me and My Foolish Heart」でデビューし、同年の暮れにヴァージンと契約。翌年リリースの「Shattered Dreams」はUKチャートを上昇、最高位5位を記録する。その勢いはヨーロッパやオーストリアにも飛び火し、各国のヒットチャートに名を連ね、本国イギリスでは「I Don't Want To Be A Hero(邦題:反逆のヒーロー)」「Turn Back The Clock」もそれぞれ最高11位、12位を記録した。

 88年1月にはそれまでのヒット曲+8曲を加え満を持してリリースしたアルバム「Turn Back The Clock」が、見事UKアルバムチャートでナンバー1を獲得し、1年遅れでアメリカでリリースされた「Shattered Dreams」は全米チャートで大ヒット。しかしグループの活躍もここまで。音楽性についてメンバーは対立し、88年夏にクラークはソロ活動に移るためグループを脱退。クラークはソロで「Raindance」('90)、「Fishing For Souls」('92)を発表し、代わりのヴォーカリストとして元キュアのフィル・ソーナリ―を加えた新生JHJも「Tall Stories」('91)をリリースする。しかし、いずれも大したヒットとはならず、そのままグループは一線から消えてしまった。(どらきち)


Hit List

'88 #2 Shattered Dreams
 クラークの澄み切った歌声、ポップのツボをしっかり抑えた心地よいまでの音使い、そして、何よりもメロディ。メロディが流麗である。曲全体でマンネリになりそうな音の連続を避け、クールなヴォーカルについていくようにしっかりと計算されて作られたメロディは「ホンとに手堅い!」の一言に尽きてしまう。メンバー全員が裏方で十分な音楽経験を培ってきた分、それまで溜めてきたものを一気に昇華させたといってもおかしくないように聞こえる。ジャンルとして80'sは、一聴して「なつかしい〜」とか「ださい〜」とかいった印象を持ちがちなサウンドが多い。しかしこの曲の場合「イイ曲はイイ。それのどこが悪いっ!」と開き直れてしまうほどの“メロディがサウンドを超えた一曲”なのだ。グロリア・エステファンの「Anything for You」とジョージ・マイケルの「One More Try」に1位を阻まれ、3週間の2位というあと一歩の成績に終わっているが“最高位2位に佳曲多し”の言葉を裏付けるには十分すぎるほどの名曲だ。

'88 #31 I Don't Want To Be A Hero
 「Shattered Dreams」と同様、粗さのないものとしてまとまっている。しかし、ブラスとベースが一応のアクセントになっているものの、曲の個性があまり感じられない。そもそも「闘いに行く僕を見守ってくれ/銃をこの手に握り/それでも引き金を引くつもりはない/これが僕たちの宿命/赤、白、青に彩られた旗が/僕を虐殺へと導いていく(※後略)」と、きな臭い歌詞がのっけから始まるが、それなのに、曲調が「Shattered Dreams」よりも明るくなっていることに、同曲の説得力があまり感じられないのだ。ヒット曲のあととして、かなり分が悪いこともあったが、「実際にいたジャズ嫌いのジョニーって友達からグループ名を決めたけど、本当はみんなジャズ好きだよ〜」というくらいの3人組なのだから、曲の手堅さだけでなく人の心を震わすメロディをより追求して欲しかった。ちなみに、彼らのシングルのチャート成績は、アメリカでは上述のように[2位→31位]、イギリスでは[5位→11位→12位→19位→48位]と、リリースを重ねる毎にまさに「竜頭蛇尾」な結果となっている。鮮烈なデビューがアーティスト寿命を縮めてしまった典型的な場合と言えるだろう。



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