Neneh Cherry
Biography

 ネナ・チェリーは64年スウェーデンのストックホルムに生まれる。義父がドン・チェリー、妹がティティヨ、弟がイーグル・アイとそれぞれ別ジャンルで活躍する音楽一家。幼い頃から両親とともにニューヨークとスカンディナビアを行き来し各国での暮らしを経験してきたネナ。14歳で学校に通うのをやめ、80年代初頭にイギリスに渡ってリップ・リグ&パニックのメンバーとしてデビュー。多彩な活動を通してロンドンのヒップホップ/ダンスシーンの仕掛人たちと交流。そして89年にソロデビューアルバム「Raw Like Sushi」をリリースする。今回紹介する2曲のほかにも「Manchild」「Heart」「Inna City Mama」などのヒット曲を含むこの作品を通して彼女の持つ雑多でパワフルな音楽性?注目が集まり、ローリングストーン誌批評家賞最優秀女性新人賞などに選出された。89年のネナは本作に伴うツアーを精力的に行う一方で、3月にはデビューから今日ま?公私にわたるパートナーであるキャメロン・マクヴィーとの間に2人めの娘を出産。お腹が大きい時も仕事のペースを落とさなかったネナだが、9月に過労とライム病を併発して倒れ、ファイン・ヤング・カニバルズとのUSツアーは中断、回復には年末までかかった。90年代に入ってよりフォーキーな味わいを増したアルバムを2枚発表する一方で、ユッスー・ンドゥール(「7 Seconds(94年98位)」は彼にとって唯一の全米ヒットとなった)やシェール&クリッシー・ハインド、バーナード・バトラーにマッシブ・アタックなど様々な方面のアーティストと共演している。フランスをはじめヨーロッパでは根強い人気を保ち、今日でもアーティスト内でのリスペクトを一身に受けているネナにとって、89年のヒット量産期はほんの序章にすぎない。(なかむら)


Hit List

'89 #3 Buffalo Stance
 ソロデビューシングルで同年1月にUKでも最高位3位。ネナがDJにリズミカルに指示を出して盛り上げていくイントロからは、クラブシーンから勢いよく飛び出してきた彼女?雰囲気がよく伝わってくる。ラップがはじまり「Gigolo...Huh, sucker?」というフレーズを挟んでグルーヴィーなブリッジ〜サビへとスリリングな展開の個性的なナンバー。ナンセンスに思える歌詞もネナ曰く「ありきたりに過ぎる男女に対するもので、90年代へのアドバイス」らしい。とはいえビデオでサイケな色彩をバックに踊るグッド・ルッキンなネナを見てるだけでも十分楽しめる。元々2年ほど前にBFのキャメロン・モブーガ、ベアモ・マクヴィーのデュオグループ、モーガン・マクヴィーがシングルのB面に収録していたこの曲をボム・ザ・ベースのティム・シムノンがネナらとともに斬新なトラックに生まれ変わらせた。ネナ自身も「かわいらしくて攻撃的な仕上がり」とその出来映えにご満悦。この曲は映画「ニューヨークの奴隷たち」のサントラにも収録されている。

'89 #8 Kisses On The Wind
 セカンドシングルとなるこの曲も軽快なダンスナンバーで、UKではヒップホップバラード「Manchild」に続くサードシングルとして20位を記録。プロデュースにはニック・プリタスが名を連ねている。今回はスペイン語のフレーズを取り入れたり、ラテン風のピアノビートがアクセント。この曲で語られるのはプエルトリカン・ゲットーに住む早熟な世の中を悟ったような1人の女の子と彼女をとりまく少年たちのストーリー。男の子たちはみんな彼女から初体験の味を覚え、彼女の母親もそれを黙認。大人びた言葉遣いをし、大人の女性のようにドレスを装い、しなをつくって歩く彼女。自由に男たちを操り、彼らが去っていくと風にのせてキスを送るという伝説まで囁かれた・・・。自分の実体験そのままではなく、より多くの人々の共感を得られる設定をつくってストーリーを創作するというネナ。彼女の綴る詞はダウン・トゥ・アースでシリアス。時に母として時に女性として現実世界を見つめていく姿勢、エイズチャリティ等への積極的参加など、実は社会派アーティストな一面にも注目。



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