八亀's Picks - July 2005

過去の八亀's Picks

7.25 The Living Room Tour - Carole King
7.24 The Holland/Dozier/Holland Story
7.16 Life Is A Stream - Chuck & Mary Perrin
7.08 EMI's Digitally Re-Mastered Donovan Albums
7.03 Connie Francis Sings Burt Bacharach
7.03 Song Of The Islands - Marty Robbins
7.03 Hawaii's Calling Me - Marty Robbins
7.01 Live - Robin Gibb

The Living Room Tour - Carole King

The Living Room Tour - Carole King
(Rockingale/Concord/Hear)



Carole Kingさぁ、これから私の曲をご披露するわ
演りたい曲が色々ありすぎて
もしかしたら貴方が聴きたい曲が出来ずに終わるかもしれないけど、そこら辺はご勘弁を
私だってもう62歳、長い間色んなことをやってきたから
でも、時間の許す限り何でもやるからね

さぁ、イヤなことは取りあえず忘れて
私がこれまでに作ってきた曲で楽しんで欲しいわ
ご機嫌なナンバーをいっぱい用意しているからね
それでは「ようこそ、私のリビング・ルームへ」

「Welcome to My Living Room」

 キャロル・キングが昨年から展開しているライブツアー「The Living Room Tour」の実況盤が届いた。このツアーは彼女が実際に知人宅に(場合によっては営業で全くの他人宅に)招かれリビング・ルームのピアノで演奏する機会が多いことがきっかけで思いついた企画なのだそうで、ステージに絨毯を敷き、ルームスタンドとグランドピアノという“リビング・ルーム仕様”のセットで彼女新旧のレパートリーを次々と披露していくというもの。基本は彼女のピアノ弾き語り、曲によってギターが1〜2人サポートで加わるという非常にシンプルな編成のライブで、昨今のブライアン・ウィルソンに端を発する大掛かりなレトロ・ツアー(これはこれでいいのだが)とは対極を為しており、これは現役アーティストとしての“基礎体力”を試されることにもなるのでよほど自信がないと出来ない。気になる演奏曲を紹介すると、まず前半は

Welcome to My Living Room ('04)
Carole KingPeace in the Valley ('72)
Love Makes The World ('00)
Now and Forever ('92)
Where You Lead, I Will Follow ('71/'00)
Lay Down My Life ('92)
Jazzman ('74)
Smackwater Jack ('71)
Wishful Thinking ('91)
Medley: Take Good Care of My Baby ('61) / It Might As Well Rain Until September ('62) / Go Away Little Girl ('63) / I'm Into Something Good ('64) / Hey Girl ('63) / One Fine Day ('63) / Will You Love Me Tomorrow ('61)

 といった感じで若干地味(?)。冒頭に掲載した歌詞は「Welcome to My Living Room」のもので、このツアーの主旨を見事に表している。CDのブックレットには曲によって何故これを取り上げたか?というコメントが載っており、面白いものを紹介するとまず「Now and Forever」は90年代に制作された女性による野球リーグの物語「A League of Their Own(プリティ・リーグ)」に提供した佳曲で、彼女が映画に提供した数多い自作曲の中でもお気に入りの一つなのだとか。アルバム「つづれおり」に収録されていた「Where You Lead(地の果てまでも)」は男性が指し示す道を何処までもついていく・・という歌詞がその後の“ウーマン・リブ”な世相にそぐわず長いことライブで歌っていなかったそうだが、数年前若手のアーティストからこれを母娘の生活をテーマとしてカバーしたい旨の申し出を受けて詞を改作、娘のルイーズ・ゴフィンとデュエットで歌ったもの。

 ライブ前半を締め括る“オールディーズ・メドレー”は曲毎に彼女がちょっとしたコメントを付け加えながら歌う様子が楽しく、「Go Away Little Girl」では「この曲は60年代にスティーブ・ローレンスが、70年代にはダニー・オズモンドがヒットさせたわ。今年はJay-Zあたりがカバーするかも??」なんてことを言って笑わせる。「Will You Love Me Tomorrow」が始まると大喝采の後観客は大合唱で、これはちょっと感動的。キャリア40年を超える彼女だけにその歌声はハスキーさを増したものの、当時の面影は十分に残しており、衰えによる不安はまったく感じさせない。続くCD2枚目、ライブの後半は

The Living Room TourLoving You Forever ('05)
It's Too Late ('71)
So Far Away ('71)
Sweet Seasons ('71)
Chains ('62)
Pleasant Valley Sunday ('67)
Being at War With Each Other ('73)
I Feel the Earth Move ('71)
(You Make Me Feel Like A) Natural Woman ('67)
You've Got a Friend ('71)
The Loco-Motion ('62)

 お馴染みのヒット曲、というか「つづれおり」ナンバーがズラリ。ちょっと意外だったのはモンキーズの「Pleasant Valley Sunday」を取り上げたところで、ライナーノーツにはこの曲にキャロル・キングとジェリー・ゴフィン夫妻(当時)が住んでいたニュー・ジャージーの通りをタイトルにしたかったが、あまり響きがよくないので近くの通りの名前にした(本来なら『ワディングトン・アヴェニュー・サンデー』になるはずだったという)なんてトリビアも披露されている。この中では異色な「Being at War With Each Other(愛)」はベトナム戦争末期に書かれたものだが「現在もこのテーマがタイムリーなものであることが残念だ」とのコメントも。

 しかしライブ後半の基調はあくまでも「つづれおり」。彼女にとっても、そして聴衆にとってもこのアルバムが如何に大事なものであるかという雰囲気がビシビシと伝わってくる。最後の数曲は完全に会場全体が大合唱大会で、大盛り上がりのうちに幕。サービスのアンコール曲「ロコ・モーション」まで名曲ビッシリの90分弱、何曲か摘めればCD1枚で収録出来たところを、敢えて2枚組で出したことも納得の、充実した内容のライブ盤である。この内容で来日公演の実現も是非ともお願いしたいところだが、東京国際フォーラムあたりでひとつ如何でしょう(誰に言ってるんだ)!?

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/7/25)

The Holland/Dozier/Holland Story

Heaven Must Have Sent You: The Holland/Dozier/Holland Story
(Hip-O)



 モータウンの歴史上最も重要なソングライター・チーム、そして60年代のポップス界全体で考えても最も重要なチームの一つであるブライアン・ホランド、ラモント・ドジャー、エディ・ホランドの3人が世に送り出した傑作選、という3枚組のCDボックスが発売された。今後出るモータウンのコンプリート・シングルスを買い進めていけば殆ど全部聴けるんじゃないのか?という話もあるが、これまでありそうでなかったボックスの意義を評価し、注文することとした。

 ホランド=ドジャー=ホランド(以下HDH)の3人がモータウンとかかわりを持つようになるのは、各々別のタイミングだったという。まず最初は歌手志望のエディで、当時ジャッキー・ウィルソンのソングライターとして成功を収めていたベリー・ゴーディは自己のレーベルをスタートするにあたって“モータウンのジャッキー・ウィルソン”を必要としており、ジャッキーとタイプのよく似たエディは恰好の契約対象。彼のファースト・シングル「Merry-Go-Round(59年)」はマーヴ・ジョンソンの「Come To Me」に次ぐモータウン通算2枚目のリリースとなった(ここら辺は「The Complete Motown Singles, Volume 1」を聴き直していただきたい)。

Holland/Dozier/Holland in Studio 続いて「ヒッツヴィルU.S.A.」を出入りするようになるのがエディの弟ブライアン。彼も歌手志望だったがソングライター/プロデューサーとしての才能も早くから発揮し、レーベルにとって最初の全米ナンバー1ヒット、マ−ヴェレッツの「Please Mr. Postman(62年)」を手がけたのはブライアンとロバート・ベイトマンの2人だった。一瞬にしてトップ・プロデューサーに祭り上げられた2人には他のレーベルからのオファーが殺到、その仕事を引き受けてしまったことにゴーディは激怒して彼らを一旦解雇したが、これを機に本拠をニューヨークに移してしまったベイトマン(彼はそこでディー・ディー・シャープのナンバー1ヒット「Mashed Potato Time」や、ウィルソン・ピケットやソロモン・バークが歌ったアーリー・ソウルの重要曲「If You Need Me」等をものにする)に対し、ブライアンはデトロイトに留まることを決心。目出たく再雇用され新たな制作パートナーとして推薦されたのがラモント・ドジャーだった。

 と、ここまでがこのボックスに至るまでの前史。収録曲の紹介に入るとまず最初は歌手エディ・ホランドの代表作「Jamie('62米30位)」、これはHDHの作品ではなくバレット・ストロングとミッキー・スティーヴンソンの2人が書いた古典的なR&Bソング。続くマーヴェレッツの素頓狂な「Looking Up My Heart('63米44位)」以降は説明するまでもないヒット曲のオンパレード。CD2枚分全48曲の殆どすべてがチャートを賑わせた大ヒット曲だから、この3人が如何に優れたヒットメーカーであったかが判ろうというもの。珍しいものがあれば特記しておきたいのだが、なにしろヒット曲ばかりなので書きようがない(収録曲リストを見て唸って下さい)、しいて挙げればダスティ・スプリングフィールドが歌ったシュ−プリ−ムスのカバー「When The Lovelight Starts Shining Through His Eyes(恋のキラキラ星)」くらいだろうか。一方サウンドのリマスターは随分進んでいるようで、特に1966年に制作された録音群、これが「えっ!これってこんな曲だったっけ!?」というくらい物凄いサウンドになっており、これまで何百回も聴いているはずのそれらの曲に新鮮味すら覚えた。この年の「コンプリート・シングルス」を購入した日は、半日以上部屋の中で身悶えしながらCDを聴き通すことになりそうだ。。

Invictus Chartbusters 絶頂期を迎えたHDHとモータウン。しかし、永遠に続くかに思われた膨大なヒット・リストは1967年に突然途絶えることとなる。HDHの3人は自らのレーベルの立ち上げを目指して他社と交渉を始めた上に、印税の追加支払いを求めてモータウンを告訴。これは4年に亘る泥沼の係争となり、同社との専属契約も残っていた彼らは暫く思うように活動が行えず、ようやく新レーベル、インヴィクタス/ホット・ワックスを立ち上げヒットチャートに復帰を果たしたのが1970年のこと。チェアメン・オブ・ザ・ボードやフリーダ・ペインなど人気アーティストを輩出したが、ここら辺はこのボックスでは非常にサラッと触れられているだけなので、別にコンピレーションを購入して聴いてみることをお薦めしたい。と、これで最初の2枚分が終了。

 CD3枚目には1972年以降の彼らの活躍がまとめられている。この時期で重要なのがHDHが活動10年にしてようやくアーティストとしてもブレイクを果たした点で、CD前半部分には彼ら自身のヒット曲が誇らしげに並べられている。流石制作に対する気合いの入り方が違うのかどれも素晴らしい雰囲気で、ここら辺は別に出ているCDでもうちょっと詳細に聴き進めてみたいところ。続いて70年代半ば、裁判が終わってモータウンとヨリを戻した時期のヒットも何曲か。ジャクソン5やエディ・ケンドリックスらのサウンドは既にディスコに移行しており、かつての名曲たちとは随分雰囲気を異にしているが、この時代を締め括る選曲として「80年代のモータウン」と呼ばれたソーラー・レコードが送り出したシャラマーによるモータウン・トリビュート曲「Uptown Festival('77米25位)」が収録されているのは心憎い。その後このボックスはシンプリー・レッド1989年のヒット「You've Got It(ラモント・ドジャーとミック・ハックネルの共作)」で幕。お疲れさまでした。

 ポップ史研究家は勿論のこと、ソウル・ミュージック入門編としてオールディーズ初心者にとっても最適な、非常に内容の濃いボックスだと思う。値段も結構安いし、音もビックリするくらいいいし。基本に立ち返ってここら辺のヒット曲を聴き返してみるのもいいのでは。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/7/24)

Life Is A Stream - Chuck & Mary Perrin

Life Is A Stream - Chuck & Mary Perrin
(Rev-Ola)



Chuck & Mary Perrin この手のCD紹介をやっているサイトであれば、大体年末恒例になっているのがその年に購入したCDベスト10の発表。ここでもそれをやってもいいのだが、結構選定に悩んで時間がかかるのと、選んだとしてもそれは一時の判断によるものに過ぎない(翌日に選べば多分変わってしまう)ので、僕は敢えてやっていない。でももし選ぶとしたら確実に入るだろうな、というCDはあって、去年でいえば60年代の兄妹フォーク・デュオ、チャック&メリー・ペリンの発掘盤などは本当に「こんなレアで素晴らしいアルバムを再発してくれてありがとう!」とRev-Olaに感謝したい気持ちでいっぱい。昨年発売されたファーストとセカンドのカップリングに続き、先日71年にリリースされたサードアルバム「Life Is A Stream」がCD化されたので、早速ご紹介しよう。

 ファースト・アルバム「Brother and Sister」を発表した時まだ16歳だった妹のメリーは、69年にはイリノイ大学に進学。当地で友人になったのが地元のアーティストのマネージメントや興行で頭角を現しつつあったアーヴィン・エイゾフ(70年代にイーグルスなど多くのメジャー・アーティストのマネージャーを務め、その後80年代にはMCAレコードの社長となる)で、彼の主催するロック・フェスなどに頻繁に出演したペリン兄妹はその縁で地元のインディ・レーベル「Sunlight」と契約、71年1月にアルバムの制作に入った。

Attacking A Atraw Man (1969) - The New Colony Six 録音にあたってシカゴのRCAスタジオに集められたミュージシャンの中核をなしたのは、当時同じく「Sunlight」に籍を置いていたシカゴ・ソフトロック・シーンの雄「ニュー・コロニー・シックス」のメンバーたち。ソフトロック・ファンにとっては夢のような顔合わせである上、曲によっては地元の交響楽団までが起用され、それまでのアルバムの非常にシンプルな編成と比べれば格段にゴージャスになったサウンドは、一部オーバー・プロデュースぎみなところもあり彼らの美しいハーモニーが十分に活かされてないのではないか?と思われる場面もあるが、全体を通じて見れば概ね一級のソフトロックに仕上げられている。

 セカンドアルバムでも聴かれた「Bye Bye Billy」「Dealer」「Dedication」といった曲の再演(どれも数段磨きがかけられている)を含むこのアルバムは、ペリン兄妹の生み出す穏やかな音楽世界を見事に表現した佳作。特に兄チャックのソングライターとしての成長は著しく、当時の活躍が非常に狭い分野に限られてしまったのは残念でならない。特にシカゴ周辺ではヒットを記録したという「Dealer」はポール・ウィリアムスを思わせる作風の佳曲で、その手のポップスが好きな方であれば間違いなく気に入るだろう。妹メリーが書き、ソロで歌った「Dedication」もまるで映画のサウンドトラックのような豪華なオーケストラが非常にいい雰囲気を醸し出していて(メリーがそれほど上手いシンガーではない点が残念だが)、これはいずれ誰か女性シンガーにリメイクをお願いしたいところ。アルバム全編殆ど捨て曲のない、彼らの最高傑作である。

Chuck & Mary on Stage 彼らはこのアルバムを引っさげてエイゾフが企画するパッケージ・ツアーの一員として旅に出たが、当時のシカゴはブラス・ロックの全盛期。共演するアーティストは「黒い炎」のチェイスとかその手のバンドばかりで、アコースティックな2人には相当分が悪かったらしい。結局アルバムは殆ど売れずじまいでこれが彼らのラスト作となってしまった。今回のCDにはアルバム全曲に加えて同時期に録音されながら未採用になった4曲、更に翌72年に録音されたデモ5曲とライブ2曲(以前と比較し格段に高度な演奏内容になっている)が追加収録された彼らの活動後期の集大成版となっており、昨年のCDと併せて60年代〜70年代に優れた作品を残しながら、人知れず消えていった2人の活動の全貌を知ることができる。現在はサン・ディエゴのジャズ・シーンで活躍中だというチャックが、若い女性ボーカリストをフィーチャーした形での再現ライブ(メリーは2003年に亡くなっている)なんてものがもし実現したら、是非とも足を運んで聴いてみたいな、と思わせる作品群である。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/7/16)

Sunshine Superman

Mellow Yellow

The Hurdy Gurdy Man

Barabajagal


EMI's Digitally Re-mastered Donovan Albums: Sunshine Superman/Mellow Yellow/The Hurdy Gurdy Man/Barabajagal (EMI)


Bob Dylan: Don't Look Back (1967) ボブ・ディランのドキュメンタリー・フィルム「Don't Look Back」をご覧になったことがあるだろうか?1965年、才気に溢れ、そして生意気盛りのディランがイギリス・ツアーを敢行した模様を生々しく記録した素晴らしい一作だが、この作品には【ボブ・ディラン“イギリスのディラン”と出逢う】というエピソードがまるで裏テーマの様に終始登場する。“イギリスのディラン”ことドノヴァンはこの時期イギリスでデビューしたばかりで、彼とディランをまるでライヴァルかの様に書きたてている現地の音楽紙を目にしたディランは不快感を露わにし、その“イギリスのディラン”なるものが一体どんな奴か実際に彼の宿泊するホテルまで呼び付け、目の前で一曲歌わせてみることにする。なんと“いじめっ子キャラ”な・・。

 確かにデビュー当初のドノヴァンは相当ディランに傾倒した作風ではあったものの、だからといってまさか本人に呼び出しをくらうことになるとは思いもしなかっただろう。そんな局面に立たされたら、僕だったら逃げ出してしまうかもしれない・・。ディランの部屋でカメラの前に座らされ、彼がガチガチに緊張しながら「To Sing For You」を披露する様子が「Don't Look Back」には残されているが、多分イギリスで評判の“ニセモノ野郎”を曝し者にしてやろう、くらいのつもりだったドノヴァンを、意外にもディランは大変気に入ってしまう。以降日常の何気ない会話の中でも彼に関するジョークが飛ぶし、ロイヤル・アルバート・ホールでの公演前、楽屋でナーバスになっている時も「ドノヴァンは客席に来てるのか?」なんてことをしきりに気にしてたり。・・と、前フリにしてはずいぶん長くなってしまったが、そのドノヴァンが60年代に残した4枚のアルバムが「デビュー40周年」を記念し、ボーナス・トラックを大量に追加したリマスター版として再発売された。各CDを説明するには「Don't Look Back」騒動があったちょっと後、彼が「For John And Paul(ジョンとポールに捧げる歌)」という曲を作った65年11月まで時間を進めなければならない。

 1965年、デビュー後間もなく“イギリスのディラン”と評判になったドノヴァンのニュースは大西洋を渡り、作品は全米チャートにも登場。その成績は地味なものだったが、業界の大物たちの注目を集めるには十分で、すぐさまアメリカにおけるドノヴァンの活躍を手助けしようという面子が続々と名乗りを上げた。まずは当地での彼のビジネス・マネージャーとしてアラン・クレイン(出た!)が、続いて作品の配給元としてコロンビア・レコード社長のクライヴ・デイヴィス(コイツも出た!)が、更にイギリスの独立プロデューサー、モッキー・モストもこのプロジェクトに加わることとなった。

 ドノヴァンとモストの顔合わせは、クレインがお膳立てしたものなのだという。最初のミーティングでデモが録音された「For John And Paul」はその後タイトルを「Sunshine Superman」と改め、大胆なロック・サウンドの味つけが施されてコロンビアの子会社エピックからシングル発売。66年の夏に全米ナンバー1に輝き“サイケデリック・サウンド”時代の到来を高らかに宣言した。同名アルバムはシングルヒットをこれ1曲しか収録していなかったが、既にアルバム・ロックの時代に突入していたということなのだろう、アルバムチャートで最高11位を記録する。「〜 Superman(ここに収録されているのはシングル・バージョン)」以外は地味目な曲ばかりが収録されている(アナログでいうところの)A面は、インド楽器等の多用が当時のアメリカ人には結構ショッキングだったのではないだろうか?B面は一転して刺激的なナンバーが並んでおり、中でも冒頭に収録されているロック・ナンバー「Season Of The Witch(魔女の季節)」、ニューロックの時代に多くのカバーが生まれるこの曲はあくまでも私見だが“ドノヴァンのロック”の完成品ではないかと思っている。その後生まれる「Hurdy Gurdy Man」も「Barabajagal」も、この曲のバリエーションのようなものだから。この再発シリーズの呼び物であるボーナス・トラック(全7曲)では「Museum」と「Superlungs」の初期バージョンが印象に残る。

 明けて67年初頭に発表されたのが「Mellow Yellow」、同名のヒット曲('66米2位/'67英8位)をフィーチャーしたこのアルバムでは彼特有の“不思議な浮遊感”が前面に押し出されており「サマー・オブ・ラヴ」なこの年のジェントルな雰囲気を象徴する一枚となっている。聴きどころとしてはハーマンズ・ハーミッツが見事なサイケ調ポップに仕上げた「Museum('67米39位;考えてみたらこれもミッキー・モストのプロデュースだ)」のオリジナル・バージョンと、「Sunshine Superman」系のロックナンバー「Sunny South Kensington」あたりか。ボーナス・トラック(全10曲)の方では「Epistle To Dippy('67米19位)」と「There Is A Mountain(同米11位/英8位)」のヒット2曲を別とすれば、前作のセッションでも試行錯誤を繰り返していた「Superlungs」の別バージョン(今度はジャズ・アレンジ!)が非常に面白い。その他有名曲のデモもあり。

The Gift From A Flower To A Garden 1967年はビートルズの「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」をはじめ様々なアーティストによる意欲作が次々と生まれた年。ドノヴァンもその盛り上がりに呼応してこの年の暮に2枚組の大作「A Gift From A Flower To A Garden」を発表。これは彼の最高傑作の一つとされているが、元々2枚組でボーナスの追加が出来ないからか今回のリマスターの対象からははずされている(既に英米でCD化済なので併せての入手をお薦め)。続く68年はまずライブ盤「In Concert」を発表し、その年の後半にリリースされたのが「The Hurdy Gurdy Man」。タイトル曲('68米5位/英4位)と「Jennifer Juniper(同米26位/英5位)」の2曲のヒットがフィーチャーされていたが、力作「A Gift From 〜」で一旦燃え尽きてしまったのか、いま一つはっきりしない曲が多い。反面CDに収録されているボーナス・トラックは面白くヒット曲「Lalena('68米33位)」に加えてケネス・ローチ監督の映画「夜空に星のあるように」主題歌「Poor Cow」、そして未発表曲として当時同じくミッキー・モストの下でレコード制作を行っていたルルとのユーモラスなデュエット「What A Beautiful Creature You Are」と聴きどころは多い。この翌年にリリースされた彼のベスト盤「Greatest Hits」に収録されていた初期のヒット曲「Clours」と「Catch The Wind」の再録バージョンは、現在出ているベストCDではオリジナル録音に差し替えられているそうなので、聴きたいならこちらを入手しなければならないことになる。

 そして69年にはアルバム「Barabajagal」をリリース、ここでの話題はジェフ・ベック・グループとの共演で、CDにはタイトル曲('69米36位/英12位)と「Trudi」、そしてボーナスとして未発表曲「Stromberg Twins」の計3曲を収録。ヒット曲では「Atlantis('69米7位/英23位)」と「To Susan On The West Coast Waiting (From Andy In Vietnam Fighting)(同35位)」、その他には過去に何度もチャレンジしてきた「Superlungs」をようやく完成させた「Superlungs My Supergirl」や、「Happiness Runs」「I Love My Shirt」といった小品など、個人的にも好きな曲の多いアルバムである。ボーナスには前述の「Stromberg Twins」をはじめ全13曲(!)の未発表録音を収録、これをもって彼にとって実り多い60年代は幕を閉じることとなる。

 未発表録音も含めかなり徹底的に音源が集められているので、この4枚と「A Gift From A Flower To A Garden」、そしてイギリスのパイ・レコードから発表した初期録音を集大成した「Summer Day Reflection Songs」を揃えれば、全盛期のドノヴァンは殆ど完璧に聴ける。その後は70年代に発表された諸作(ものによって内容は悪くない)を何処までフォローするのか?という点に課題は移されるが、僕自身も「ドノヴァンの深い森」にこの先何処まで立ち入っていくことにするか、現在思案中である。

収録曲等詳細(All Music Guide):
Sunshine Superman / Mellow Yellow / The Hurdy Gurdy Man / Barabajagal

(2005/7/9)

Connie Francis Sings Burt Bacharach

What The World Needs Now: Connie Francis Sings Burt Bacharach
(Universal)



 一昨年に「The Rare Bacharach 1」を紹介した時につい書きそびれてしまったけれども、あのCDに収録されていた曲で一番印象に残ったのがコニー・フランシスの歌う「Wanting Things」。ミュージカル「Promises, Promises」用に作られた曲で当時ヒットは記録していないが、ドラマチックな曲調とコニーの“泣き節”が非常にマッチした名唱になっていた。そのCDのライナーノーツで存在を知ったのだが、彼女は68年にバート・バカラックとハル・デヴィッドのペンによる作品ばかりを歌ったアルバム「Sings Bacharach & David」を発表しており、以降機会がある度そのアルバムを探すようにしていた。先日アメリカに行った時もレコード屋に入る度彼女のコーナーを覗いてみたのだが、やはりあちらでも結構レアなアルバムのようで結局見かけることはなし。ところが日本に帰ったら当のアルバムが紙ジャケ仕様でCD化されるというニュースが(何故か海外のサイトでそれを知った)。まさに「灯台元暗し」で早速注文し、そのCDが先日届いた。

1982年ゴールデン・グローブ賞授賞式にて “オールディーズの女王”の異名をとる彼女は1950年代後半〜60年代半ばにかけて物凄い数のヒットを残しているが(なお膨大な彼女のヒット曲リストの中に、バカラック作品は存在しない)、それ以降はヒットチャートと疎遠に。しかしアルバム・アーティストとしては依然順調に作品を発表し続けており、イージー・リスニングものやカントリー路線など、バラエティに富んだ内容のアルバムを年に数枚ペースで録音している。そんな中で企画されたのがこの「バカラック=デヴィッド作品集」。この時代アーティストの有名無名を問わず無数に作られたソングブックものの一つと、簡単に片付けようと思えば出来るかもしれないが、ひとたび音を聴いてみれば、このアルバムがそう簡単に聞き流せるようなものではないことがわかる。

 1968年は彼女が30歳になった年。ヒットこそ途絶えたがボーカリストとしてはむしろ脂ののった時期で、アルバム冒頭の「世界は愛を求めている」からいきなり名唱が続く。オーケストラのアレンジはクラウス・オガーマンが担当しており、この時期彼はヴァーヴ・レコードで数多くのラテン・ジャズものを手がけていることから(コニーともこの前年にラテン・アルバムを制作している)アルバムの其処彼処にラテン・フレイバーを感じることが出来る。サウンド自体はバカラック本人がディオンヌ・ワーウィック等をプロデュースした時のような冒険は余り見られないがそれなりに工夫はされており、「This Girl's In Love With You」と「I Say A Little Prayer」を、「Magic Moments」と「Blue On Blue」をそれぞれメドレーに仕立ててみたり、「Do You Know The Way To San Jose」が「I'll Never Fall In Love Again」のようなサウンドで料理されていたりと、色々とマニアックな楽しみ方が出来るようになっている。

 とはいえ作品の主役はあくまでもコニーのボーカル。ベスト・トラックを挙げるとすれば、好みもあってどうしても「Wanting Things」ということになるが、他にも難しい曲ばかりを見事に歌いこなしていて、どれも素晴らしい。結果的にこのアルバムも、ここからカットされたシングルも当時ヒットを記録することはなかったが、これは彼女の「泣き節」が堪能できる名盤と評価できるし、バカラック・マニアにとっても一つ宝物が増えた気分になれると思う。彼女の全盛期がいつであるとかそんなことに関係なく、優秀なボーカリストが残した佳作として、このレアなアルバムが多くの音楽ファンに聴かれることになるといいと思う。

(2005/7/3)

Song Of The Islands - Marty Robbins

Hawaii's Calling Me - Marty Robbins


Song Of The Islands - Marty Robbins
Hawaii's Calling Me - Marty Robbins
(Sony Music)



 メルマガの「Flashback」コーナーで僕は我が国の洋楽チャートの歴史を延々と紹介していて、現在は昭和30年代のヒット曲について色々調べながら書いている。その取材という訳ではないけれども、当時の洋楽の雰囲気を窺い知ることが出来る場所には出来るだけ足を運ぶようにしていて、年に何度かはオールド・スタイルなカントリーが聴けるお店にも出かけたりする。そこでいつも感じるのは当時の洋楽ジャンルの認識のおおらかさで、演奏される曲はカントリーであろうが、ポップスでもハワイアンでもお構いなし。特にカントリーとハワイアンは「スティール・ギター」という共通項があるせいか同じ場所で演奏される機会が結構多く、僕もカントリーのライブを観に行ったら、いきなりムームー姿のおばさんたちが舞台の袖から登場してフラを披露・・という光景に何度も出っくわしたことがある。

Rock'n Roll'n Robbins (1956) 当時のポップスのおおらかさをよく表したアルバムが最近日本盤で発売されたので、普段の「Editor's Pick」とは毛色が違うが紹介しておこう。マーティ・ロビンスはカントリー史上に残るヒットメーカーで、カントリー・チャートには100曲近いヒットが残されている。そこら辺のことはもっと詳しいサイトがあるので割愛するとして、今回は彼のデビュー当時の話を。彼がコロンビア・レコードから「Love Me Or Leave Me Alone」でデビューしたのは1952年のこと。この年の暮には早くも「I'll Go On Alone」で最初のカントリー・ナンバー1を獲得しているが、コロンビアの方針なのかカントリー以外にも様々なジャンルの曲を吹き込んでおり、54年には最初のハワイアン曲「My Isle Of Golden Dreams」と「Aloha Oe」のカップリング・シングルをリリース。翌55年にはエルヴィスがサン・レコードから発表した「That's All Right」を早くもカバーしヒットを記録(カントリー7位)、続いてチャック・ベリーの「Maybelline(同9位)」をヒットさせる等暫くロカビリー路線を邁進し、それらカバーを集めたロカビリー・アルバム(にして彼のファーストアルバム)「Rock'n Roll'n Robbins('56)」はコレクターズ・アイテムとなっている。で、更にその翌年に出したのが今回CD化されたハワイアン集「Song Of The Islands」、お気楽なジャケットが当時の雰囲気をよく表していて非常にいいでしょ。前述ハワイアン・シングル2曲の再録を含む全12曲入りで、如何にも“カントリー・バンドがハワイアンに挑戦してみました”という雰囲気が微笑ましい。他にも「Now Is The Hour」や「Sweet Leilani」などハワイを題材にしたスタンダードを数多く収録、中でも「Beyond The Reef(珊瑚礁の彼方)」は当時大変な好評を博し、我が国のヒットパレードにも登場している。

 その後彼はポップ・チャートでもブレイク、57年にはごく初期のバカラック=デヴィッド作品「The Story Of My Love(POP15位/カントリー1位)」をヒットさせ、更に59年にはカントリーとポップ・チャート両方でナンバー1を獲得した「El Paso」をリリース。すっかり人気アーティストの地位を確立し、自信たっぷりにハワイアンの世界に戻ってきたのが63年リリースの「Hawaii's Calling Me(ハワイは呼ぶ)」。バックのサウンドの充実もロビンスのボーカルの成長も著しく、裏声を駆使した彼の歌は、呆れるほどに上手い。両作を比較すれば、アルバムの内容としてはエコーたっぷりでムード満点なこちらの方が上だとは思うが、現在も我が国のライブハウス等で細々と展開されている“フラビリー”な世界を味わうには「Song Of The Islands」が最適かな、という感じ。

 カントリーもハワイアンも、ラテンでも何でも、洋楽は「ジャズ」の一言で括られていた時代の、非常にいい雰囲気を今に伝える好盤。当時を知る方には非常に懐かしいだろうし、夏のBGMとして余り本格的なハワイアンだとクセがあるけど、かといって露骨にイージー・リスニングなアルバムもちょっと・・という方にも親しみ易いアルバムだと思う。この手のちょっとした「歴史の証人」的アルバムが日本盤で出てくれるのは非常に嬉しいので、今後も見つかり次第このコーナーで紹介していきたいと思っている。

(2005/7/3)

Robin Gibb Live

Live with the Frankfurt Neue Philharmonic Orchestra
- Robin Gibb (eagle)



 もう10数年も前のことになるけれども、ビー・ジーズの来日公演を横浜アリーナで観たことがある。ちょうど「One('89米7位/英71位)」が彼らにとって久々のTOP40ヒットを記録した時期だったが客席の過半数は30代、コンサートの最初から最後まで観客は座りっぱなし(アンコールのディスコ・メドレーの時は流石に総立ちになったが)で、当時学生だった僕には結構新鮮な光景だった。今となってはもうギブ3兄弟が揃うステージを観ることは出来ない訳で、そういう意味では本当に観ておいてよかったライヴの一つだが、そこで印象的だったのが3人の中で一番下のロビン(実際はモーリスと双児だが)の人気の高さ。

 ビー・ジーズの日本における人気のピークは2度あり、後の方は勿論「サタデイ・ナイト・フィーバー」の頃。この時代以降をよく知る人は、80年代のプロデューサーとしての大活躍もあって“ビー・ジーズ≒バリー・ギブ”というイメージが強いのではないかと思う。確かに“社長キャラ”バリーに比べるとロビンはちょっと頼りない“若旦那”風で、この世代のファンにはちょっと弱い印象がある。一方最初の方は1968年〜70年頃、この時期の代表的なヒット「マサチューセッツ(オリコン1位!)」や「ホリデイ」でリードをとっていたのは他でもないロビンで、これらがコンサートで披露される度に客席は拍手喝采。その声援の大きさはバリーが歌った時を大きく上回るほど。髭面のバリーに対してロビンは日本人好みのサッパリしたルックスということもあるし、60年代リアルタイムのファンは本当にロビン好きなんだな〜、というのがその時の感想だった。

 2003年にモーリスを亡くして以降意気消沈し、活動休止(もしかして解散!?)状態という印象のあるギブ兄弟だが、実際にはロビンは現在も精力的に活動を展開中、2003年に発表したアルバム「Magnet」のイギリスやヨーロッパ各国における好評を受けて、そして恐らく昨年リリースしたベスト盤「Number Ones」のプロモーションも兼ねてビー・ジーズのキャリアを総括するグレイテスト・ヒッツ・ツアーを昨年から今年にかけてヨーロッパやアジア各国で敢行している。今回CD化されたのは2004年9月にドイツのボンで行われたライブで、収録されている曲目を書き出すと

Night Fever ('78)
リージョン・フリーのDVDプレーヤーをお持ちの方は、内容的にこちらの方がお得ですI've Gotta Get A Message To You ('68)
How Deep Is Your Love ('77)
Nights on Broadway ('75)
Love Hurts
(The Lights Went Out In) Massachusetts ('67)
My Lover's Prayer ('97/'04)
New York Mining Disaster 1941 (Have You Seen My Wife, Mr. Jones) ('67)
Please ('03)
Saved By The Bell ('69)
To Love Somebody ('67)
Words ('68)
You Win Again ('87)
Juliet ('83)
Tragedy ('79)
Jive Talkin ('75)
Stayin' Alive ('78)

 60年代とディスコ時代のヒット曲を程よく混ぜ合わせた感じ。念のため人気の“ピーク期”以外の曲を説明しておくと、まず「Love Hurts」はロイ・オービソン作でエヴァリー・ブラザーズの名唱で知られる(勿論ナザレスのヒットでも知られている)ロッカバラードのスタンダード、「My Lover's Prayer」は兄弟3人で制作した最後のアルバム「Still Waters」に収録されていた曲だが、2004年に再録音されドイツでヒットを記録したという。「Please」は前述のアルバム「Magnet」収録で、UKチャートでも最高23位を記録、「You Win Again('87英1位/米75位)」の説明はいらないでしょう。「Juliet」は彼のソロ2作目「How Old Are You?」に収録されていたものでヨーロッパでは当時大ヒットを記録したそうだ

 で、肝心の内容の方。“ビー・ジーズ≒バリー・ギブ”の世代であれば、まず気になるのが「あのファルセットの部分は誰が歌うの!?」という点になると思うが、CDを聴くとロビンは終始地声(それでもかなりハイトーンではあるが)で歌っており、バリーの代わりを務める気はないらしい。でも近年のこの手のライブはよく出来ていて、ブライアン・ウィルソンの来日公演に足を運んだ方であればよくご存じだと思うけれども、本人で足りない部分はすべて“廻りの若い衆が寄って集ってこさえて”くれる。ファルセットを含めた分厚いコーラス隊がバックについているので、彼は舞台の真ん中で気楽に自分のパートを歌うだけ、まさに“若旦那”状態。一方60年代後半に生まれたヒット曲では彼は本当にのびのびと歌っており、それは“独壇場”と言っていいくらい(考えてみたら当たり前だ、彼の“ソロライブ”なのだから)。「マサチューセッツ」は当然のこと、ソロで発表しイギリスで大ヒットした「Saved By The Bell(救いの鐘)」なんてビー・ジーズのコンサートでは絶対聴けないし、そこから「ラヴ・サムバディ」「ワーズ」と続くあたりは、涙なしには聴けない(大袈裟な)。

Robin's Reign (1969) 乞CD化! 先日このツアーの香港公演があり、日本の熱心なファンが現地まで出かけていってその模様をブログなどで報告している。それらを見るとライブで披露される曲目は国によって若干違うみたいで、ということは9月に実現する来日公演ではここには収録されていない「ホリデイ」とか「メロディ・フェア」なんかもやってくれるのかも!?というか、そうでないと日本でやる意味がないでしょう。貴重なロビンのソロコンサート、「サタデイ・ナイト・フィーバー」世代も勿論楽しめるだろうけれども、むしろ60年代リアルタイムの世代の方に大挙して押しかけてもらって、彼の“若旦那芸”を存分に堪能していただきたいと、そんな雰囲気のライブになりそう。・・なんて話を先日“リアルタイム世代”の方と飲みながらしてたら、その方「だったら『アイ・オー・アイ・オー』もやるかな??」だって。残念でした、あの曲はロビンがビー・ジーズにいなかった時期のヒットなので・・。

発売元のサイト(収録曲間違ってる・・)

(2005/7/1)