八亀's Picks - May-June 2005

過去の八亀's Picks

6.25 The Complete Motown Singles, Volume 2
6.25 Sun Songs/Love's Philosophy - Tom Springfield
6.18 Two Yanks In England - The Everly Brothers
6.18 Too Good To Be True - The Everly Brothers
6.05 Cameo Parkway 1957-1967
6.05 The Holy Mackerel
5.29 Globetrottin' With Bones - Brother Bones & His Shadows
5.28 The Very Best of The Partridge Family
5.21 The Jack Nitzsche Story 1962-1979

The Complete Motown Singles, Volume 2

The Complete Motown Singles, Volume 2:1962
(Hip-O Select)



 この3月にCDコレクターたちの間でちょっとした話題になったのが、次々と大型の再発企画を送り出すインターネット通販レーベル「Hip-O Select」の“北米大陸以外への商品発送停止宣言”。どうやらユニバーサル・グループ内でそういった商品の輸出にクレームをつけた国があったようで、これまで新企画のニュースを心待ちにしていた音楽ファンは突然の知らせにビックリ。何とか今後も入手出来ないか新たなルートを探ったり、出荷停止前に駆け込みで大量注文したり。

 ところが蓋をあけてみると実際に出荷停止になった地域は結構限られているみたいで(具体的に何処だったのかは未だ不明)その後も日本からは問題なく注文可能。僕も停止騒ぎの時についスパンキーとアワ・ギャングのコンプリート録音集などを注文してしまったが、なんだ「Hip-O Select」に煽られただけじゃん!以前紹介したことのあるモータウンのシングル・ボックス第2集の発売が先日アナウンスされたがこちらも問題なく注文出来、暫くしたら何の問題もなく商品が到着。ということで例の騒動はなかったことにして、今後も引き続き同社のユニークな企画をこのコーナーで紹介することが出来そうだ。

Mary Wells 「The Complete Motown Singles」の第2集は1962年にリリースされたシングル作品に焦点が当てられた全4枚組。この年はまだモータウンが「ヒット・ファクトリー」と呼ばれる前で、収録されたヒット曲もそれほど多くないが、その後の「黄金期」を支える重要アーティストが初めてヒットを飛ばしたり(テンプテーションズ、シュープリームス、マーヴィン・ゲイなど)、初めてレコーディングを経験したり(スティービー・ワンダーやマーサとヴァンデラスなど)という時期で、興味深い作品は多い。まずこの年生まれたヒット曲を紹介すると、前集に引き続きミラクルズやマーヴェレッツなど、既にヒットメーカーの地位を確立していたグループは相変わらず好調、中でも当時の「モータウンの女王」メリー・ウェルズの活躍は目覚ましく、この年リリースしたシングルのR&Bチャートにおける成績は「The One Who Really Loves You」が2位、「You Beat Me To The Punch(今回のボックスにはこのシングルのレプリカがオマケについている)」と「Two Lovers」がナンバー1という活躍ぶり、このボックスのライナーノーツか何処かでこの時期のモータウンの社屋を“The House That Mary Built(メリー・ウェルズ御殿)”と表現した記述を見かけたような気がするが、本当にそんな感じ。他に有名な曲としてはコントゥアーズの「Do You Love Me(POP3位/R&B1位)」、あれが生まれたのもこの年。

Hitsville USA: The House That Mary Built 続いてその後メリー・ウェルズを凌ぐ存在に成長していくアーティストたちの初期録音も。テンプテーションズの「(You're My) Dream Come True(R&B22位)」はまだ彼らの芸風が確立されておらずはっきりしない感じ、シュープリームスの「Your Heart Belongs To Me(POP95位)」も後の作風とは随分違った感じだが、僕はこの曲大好き。デビュー当初気どったバラードばっかり歌っててまったく売れなかったマーヴィン・ゲイが、開き直ってダミ声を張り上げた「Stuborn Kind Of Fellow(R&B8位/POP46位)」は、音楽史上有数のセクシーなR&Bボーカリスト誕生の瞬間を記録している。ヒットチャート登場は叶わなかったものの、徐々に頭角を現しつつあったアーティストの中には“リトル”スティービー・ワンダーの名前もあり、ポップ・ミュージックでもソウル・ジャズ系のインストでも、彼には非常に自由にやらせている感じが好ましい。今回初めて知ったのだが、ヒットチャート・マニアには“史上最も奇妙なヒット曲”の一つとして知られているブレンデルズの「La La La La La('64POP62位)」、歌詞には殆ど♪ラ、ラ、ラ、ラ、ラ〜しか出てこないというシロモノなのだが、このオリジナルが実はリトル・スティービーだったとは!アンタたち自由過ぎっ!他の“明日のスター”組では、メインになったりバックに廻ったり、時には名前を変えて吹き込んだりとスタジオで八面六臂の活躍を見せているマーサとヴァンデラスの存在が頼もしい。

 その他無名のまま終わったアーティストにまで言及すると、文章が倍以上になってしまうので今回はこのくらいで。モータウンのオーナー、ベリー・ゴーディのジャズに対する並々ならぬ思い入れが伝わってくるような興味深い作品もあるのだが、それらはまたいずれ紹介する機会があるでしょう。このペースでいくと今年中にあと1つか2つくらいボックスが出そうな勢いで、となるといよいよシリーズは「黄金期」に突入!“バース・オブ・ノーザン・ビート”の瞬間への立ち会いに遅れぬよう、第1集、第2集をしっかり予習した上で次のリリース案内を待ちましょう。

The Complete Motown Chartgraphy 1959-72 (Part 2)

(2005/6/25)

Sun Songs & Love's Philosophy

Sun Songs/Love's Philosophy - Tom Springfield
(Vocalion)



 1年ほど前にトム・スプリングフィールドが68年に遺した“ブリット・ボサ”の好盤「Sun Songs」を紹介した時、ライナーノーツを読んでもネットで調べても詳しいことが判らなかったものだから、あのアルバムをまるで彼の唯一の作品のように書いてしまったが、実はその翌年にもう一枚「Love's Philosophy」というアルバムを出しているんだって。で、先日このアルバムと「Sun Songs」のカップリングCDというのがイギリスで発売されてしまった。また買い直しかよっ!

 トム・スプリングフィールドがどのような経歴の持ち主なのかとか、「Sun Songs」がどんなアルバムだったのかという話は、去年書いたものを読んでいただくとして、ここでは「Love's Philosophy」の方に焦点を絞って言及しよう。ラテン・ビートに溢れ有名曲のカバーも多いのでネタ的に“使える”アルバムだった「Sun Songs」に対し、こちらはすべて彼自身のオリジナル曲。ビート感は後退し穏やかなシンガーソングライター作品となっている。

Tom & Dusty Springfield アルバム冒頭に入っているのは彼の妹ダスティ・スプリングフィールドとの共演「Morning Please Don't Come」。さすが兄妹だけあってハーモニーが美しいこの曲は、ダスティのファンにも見逃せない1曲だろう。続く彼のオリジナル作品群は「愛の哲学」という仰々しいアルバムタイトルだけにラブソングがズラリ。作風的にいえば時にジョビン風、またある時はジム・クローチをもっと素朴にした感じ、といったところか(?)。このアルバムにはもう一曲グッドタイミーなデュエット「Sing Me Sunshine」が収録されていて、こちらの相手を務めているのはアメリカの女性フォークシンガー、ノーマン・タネガ。66年のヒット「Walkin' My Cat Named Dog(米22位/英22位)」で知られる彼女はある時期から活動の拠点をイギリスに移し、その後ダスティに幾つかの作品を提供しているのだが、トムとの共演も残されていたとは。これもアルバムの聴きどころの一つとなっている。

 ネタとしての使い勝手はあまりよくないので「Sun Songs」の世界を期待して聴くと相当物足りなく感じるかもしれないが、彼の拙いながらも個性的なボーカルにハマれば、これは非常に“愛で愛でしい(そんな日本語ないよ!)”アルバムだと思う。「Sun Songs」の部分も含め、音のシャリシャリ感が強かった日本盤と比べサウンドのミックスがマイルド(ところによってははっきり違う部分もある)になっており、彼のボーカルを楽しむには非常にいいので、既に日本盤を持っている方もこのCDを入手して聴き比べてみていただきたい。多分彼に対する愛情が増すはず。勿論日本盤を買いそびれた方であれば、文句なくこちらをお薦め。60年代の“ブリット・ポップ”を支えたトム・スプリングフィールドの、味わい深い才能を存分に楽しめる1枚になっているので。

(2005/6/25)

Two Yanks In England

Two Yanks In England - The Everly Brothers
(Collector's Choice Music)



 いろんなアーティストを紹介している時にこう書いているので「一体何人いるんだ!?」と言われるかも知れないけれども、僕はエヴァリー・ブラザーズも大好きなんです。しかもこの“大好き”のレベルが他のアーティストとは全然違って、80年代の一時期にはオランダにある彼らのファンクラブに入会していたことがあるほど。だからCD化されている音源は出来るだけ完全に揃えようと思っているし、サイモンとガーファンクルの再結成ツアー(アメリカではエヴァリーズが同行している)の日本公演が実現する際は、彼らもくっついて来てくれないだろうか?(勿論目当てはエヴァリーの方)なんてことも密かに祈っていたりする。

 彼らが60年代に在籍したワーナー・ブラザーズ時代のオリジナル・アルバムは、何年か前からヨーロッパで作業が遅れに遅れながらも2イン1の形で地道にCD化が進められている。その最新版は現状の予定では7月には届くはず(届き次第紹介します)で、それらによって60年代半ばまでの彼らの音源はほぼ完璧に聴けることになっているのだが、そちらがモタモタしている間に「Collector's Choice」が5月にアメリカで未CD化だったアルバムすべて(全15枚)をバラでCD化してしまった。僕としてはずっと予約を入れてるし、値段やボーナス・トラックを考えるとずっとお得なヨーロッパ盤で音源を揃えようと思っているが、その中で1枚だけ、誘惑に負けてバラで買ってしまったものがある。彼らが1966年に発表した「Two Yanks In England」、それがこのアルバム。

 ビートルズがアメリカの音楽シーンに登場して以降、エヴァリー兄弟は“前時代のアーティスト”と見なされ全米チャートに登場することが稀になったが、それに反して“敵のお膝元”イギリスでは相変わらず好調にヒットを飛ばし続けており、また彼らが生み出した音楽のイギリスのビート・バンドへの影響力は大変なものがあって(なにしろビートルズが登場した時、あるメディアでは「4人組のエヴァリー・ブラザーズ」という形容がされたほどなのだ)その根強い人気に応えるということなのか、企画されたのが彼らがイギリスに乗り込んでかの地のビート・ナンバーを歌うというアルバム。当時の最新ヒット、マンフレッド・マンの「Pretty Flamingo」とスペンサー・デイヴィス・グループの「Somebody Help Me」の2曲(どちらも全英ナンバー1)が取り上げられているのも注目に値するが、それ以上に興味をそそられるのがアルバム全12曲中実に8曲もの作品クレジットで見られる「L. Ransford」の名前。

 L.ランスフォードとは、ホリーズのグラハム・ナッシュとアラン・クラーク、トニー・ヒックスの3人が曲を共作する際のペンネーム。というでこのアルバムは実質「The Everly Brothers Sing The Hollies」なのだ。彼らはレコーディングにも参加しているそうで、3人にしてみればエルヴィス以上のアイドルであるエヴァリー兄弟に突然「ロンドンに来ているからレコーディングを手伝ってくれ。」と言われてさぞかし驚いたことだろう。数曲の書き下ろしを除くホリーズの既発表曲は何故かシングルB面曲を中心に地味なものばかりで、そこら辺の事情はよく判らないが(レコード会社が違うので、何処かから横やりが入ったとか?)結果的にそれがこのアルバムを味わい深いものにしている。中でも聴きどころを幾つか挙げると、まずホリーズ自身も後に録音する「Signs That Will Never Change」、サーチャーズがヒットさせた「Have You Ever Loved Somebody(大好き!)」、非常に不思議な雰囲気の「Fifi The Flea(この名前、何処かで聞いたことがある・・)」、インディ時代のエタニティーズ・チルドレンが吹込んだバージョンを聴いたことがある人もいるかも知れない「Hard, Hard Year」を、3拍子で非常に美しく歌ったものなど。

 このアルバムの難点を挙げるとすれば、レコーディングの殆どにセッション・ミュージシャン時代のジミー・ペイジまでもが参加しているにも関わらず、いま一つイギリスらしいビート感が感じられないところだろうか(アメリカから同行したディック・グラッサーのプロデュース・センスのせい?)。非常に興味深い内容であるにもかかわらず、結局このアルバムは大したセールスを上げることが出来ず、その後エヴァリー兄弟が再びロンドンでアルバムを制作することはなかった(ソロとしてはあるが)。彼らのキャリアの中では異色作だが、この前後の時期に彼らが発表したアルバムと比べれば出色の出来だと思うし、あとホリーズのファンであればこれを聴かない訳にはいかないだろう。彼らのワーナー時代の他のアルバムは、ヨーロッパの2イン1が届いた時に改めて。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/6/18)

Too Good To Be True

Too Good To Be True - The Everly Brothers
(Varese Sarabande)



The Complete Cadence Recordings 1957-1960 - The Everly Brothers もう一枚エヴァリーものを。彼らのキャリアでベストの時期は??と考えると、やはり録音された作品の質や密度で判断すれば50年代のケイデンス時代ということになると思う。この時代の彼らの未発表テイクも含めたコンプリート録音集は、CD時代になってから随分早い時期に発売されており、それ以降毎年のようにパッケージが替えられて世界の何処かの国で発売が続けられているような気がする。すっかり出尽くし感のある50年代の彼らの録音だが、ここに来てなんと、これまでまったく未商品化の音源が発見され、発売された。それもレコード会社の倉庫からではなく、今まであまり思いつかなかった場所から。

 全18曲からなる今回のCDの収録音源が発見されたのは、音楽出版会社の倉庫。ソングライターが作品を著作登録する際は、登録申請書類に曲のさわりを歌った審査用のテープを添付するそうで、まぁ考えてみたら当たり前なんだけれどもこれを探し出してCD化という話はこれまであまり聞いたことがないような気がする。でもあくまでも“さわり”だけなのでどの音源も1分半〜2分程度と短く、また彼らのようにソングライター兼アーティストが吹込んだものでなければこんな“仮縫状態”の録音に商品価値はない訳で、そういった意味でこの音源は本当に希少な価値あるもの。録音された時期は幾つかに分かれており、まず一番古いのは1956年後半から57年の初頭にかけて。これが非常に重要で、彼らがケイデンスで最初のヒット「Bye Bye Love(米2位)」を放ったのが57年の5月のことだから、それ以前、成功直前の録音がこれだけ新たに見つかったという話。エヴァリー・マニアは興奮せずにはいられないでしょう。

 収録曲を見てみよう。この“最初期”に録音された音源は11曲入っており、結局公式曲として陽の目を見なかったものもあるが、現在まで音楽ファンに親しまれているものとしては「I Wonder If I Care As Much」「Maybe Tomorrow」「Should We Tell Him」などのタイトルが確認できる。中でも面白いのが「I Wonder 〜」で、正式に発表されたバージョンとは曲の構成がまったく逆(♪I Wonder 〜の部分がコーラスの最後に登場する)。その後スタジオで如何に曲が磨きあげられてあの形になったのかという「原石」としての楽しみ方ができる。

 CD後半には彼らが人気アーティストとしてすっかり地位を確立した59年〜60年の録音が。ここでまず注目はフィル・エヴァリーが作曲した「Made To Love」で、この曲は62年になってエディ・ホッジスがヒットさせており(米12位)、エヴァリー兄弟の方はケイデンスからワーナーへ移籍後の60年に、一足早くアルバム「A Date with The Everly Brothers」でかなりアップテンポなバージョンとして発表しているが、デモを聴くと実はエディ・ホッジス版(最初ヴァースのような形で歌が始まる)の方がオリジナルに非常に近い感じであることが判ってビックリ。ホッジスはケイデンス所属だから、おそらく同社内にデモが残っていて、それを参考に録音したということなのでしょう。もう1曲は60年にワーナー移籍後第一弾としてリリースされ、華々しい大ヒットとなった「Cathy's Crown(米1位)」に対抗するように古巣ケイデンスが発売し、見事こちらも大ヒットとなった「When Will I Be Loved(米8位)」。♪あの娘にまた騙された/あの娘にまた酷い目に遭わされた/いつになったらあの娘は僕を愛してくれるんだろう・・という内容をレコードでは2人でかなり甲高く歌い上げていたが、デモでは歌詞の内容どおりフィルが本当にショボクレた感じで歌ってて、当初の“作曲意図”がはっきり出ており非常に面白い。

 あと最後に余談、というか今となっては笑い話のようになってしまったが、発売前にこのCDの収録曲リストが発表された時、おそらく世界中のエヴァリー・マニアがその名前を見つけて色めきたった(僕だけ?)のが「It's All Over」という曲。これは彼らが1966年のアルバムで発表したドンのペンによるオリジナル曲で、彼らの曲の中でも最も内省的な(故に最も美しい)作風とされる隠れた名曲。クリフ・リチャードがカバーヒット('67英9位)させたことでも知られるこの曲が50年代に既に書かれていたとすると、これまでなんとなく理解されていた彼らの作風の変遷が根底から覆るほどの新事実ということになるのだが、実際にCDを聴いてみたらそうではなく、何故かこれだけ70年代に録音されたものだった。思わせぶりなことするなー!

 こういった音楽出版用のデモ録音、彼らのように商品価値のあるもの、そして商品価値があるとしてもそんなものでも買いたいという熱心なファンが大勢いるアーティストでないと公式販売は難しい訳で、今後どれだけ商品として流通するのかはわからないが、確かに興味はそそられる。例えばディランが著作登録用に録音したデモ集とか、出てきたら是非とも聴いてみたいし。あとエヴァリー兄弟に関しては前述ヨーロッパの2イン1の発売が控えている上に、噂では「Hip-O Select」から80年代に彼らが再結成した後のコンプリート録音集なんてボックスの発売も予定されているとか。一体今年、僕は何枚彼らのCDを買うことになるんだろう?

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/6/18)

Cameo Parkway 1957-1967

Cameo Parkway 1957-1967 - VA
(Abkco)



 多分今年の再発大賞になるであろう、というボックス・セットが到着した。「カメオ/パークウェイ」、60年代に物凄い数のヒット曲を送り出したレーベルのアンソロジーだが、これのどこが大賞ものなのかというと・・。

Charlie Gracie まずはレーベルの歴史を少々。エルヴィスのナンバー1ヒット「(Let Me Be Your) Teddy Bear」を作曲したことで知られるソングライター・コンビ、カル・マンとバーニー・ロウの2人が57年にフィラデルフィアで設立した「カメオ(兄弟レーベルのパークウェイは59年設立)」は、アンディ・ウィリアムスと競作でナンバー1を争ったチャーリー・グレイシーのR&Rナンバー「Butterfly」の大ヒットを手始めに数々の流行歌、とりわけダンス・ステップを題材にしたヒット曲を次々と生み出した。

Chubby Checker & Bobby Rydell 当時フィラデルフィアには「アメリカン・バンド・スタンド」という人気TV番組があり、そこに出演し全国に紹介されたアーティスト及びダンス・ナンバーは必ずヒットするというくらいの影響力を誇っていたのだが、その番組のホストであるディック・クラークと懇意にしていた彼らは番組の出演スケジュールに穴が空くと自動的に同社所属のアーティストを“代演”に送り込めるという特権を得、そこから労せずしてヒットが生まれる“成功の拡大再生産”のサイクルを手にした。特に59年にボビー・ライデルとチャビー・チェッカーという2大スターが登場してからはその“ヒット・ファクトリー”状態に拍車がかかり、少々誇張ぎみに書けば、1961〜63年に生まれたTOP40ヒットの一割近くはカメオ/パークウェイ関連ではないか?というくらいのヒット量産ぶり。オールディーズにそれほど詳しくない方でもチャビー・チェッカーの「The Twist」は聴いたことがあるだろうし、60年代屈指の人気曲であるタイムスの「So Much In Love(渚の誓い)」もこのレーベルから出されている。他にも数年前突然TVCMに使用されてオールディーズ・ファンを驚かせたオーロンズの「The Wah-Watusi」とか、やはりチャビー・チェッカーの「Let's Twist Again」とか。挙げだしたらきりがない。

The Orlons 現在我々が思い浮かべる「オールディーズ」というイメージに最もフィットするサウンドを作り出していた同社だが、「アメリカン・バンド・スタンド」がロサンゼルスで制作されるようになり、加えてビートルズの登場で音楽シーンが一変して以降は、チャート成績は次第に下火に。イメージ・チェンジを図ってクエスチョン・マークとミステリアンズのガレージ・クラシック「96 Tears」をナンバー1に送り込んだりもしたが、時代の流れには逆らえず60年代末に敢え無く倒産。で、この会社の整理を引き受けたのが60年代ロック史きっての“悪徳弁護士”アラン・クレイン。彼はこのカメオ/パークウェイを元に新会社「アブコ(そう、このCDの発売元)」を設立。彼が60年代を通じていろんな手を使って手に入れた権利を行使し、様々な編集盤を発売した。その中にはカメオ/パークウェイの音源を集めたものもあったが、70年代のある時期を最後にそれらも市場から姿を消し、その状態はこのBOXが発売される2005年まで30年近くも(!)続いた。長いねっ!!僕がオールディーズを聴き始めた時期には当然これらの音源は入手出来ない状態になっていて、インターネットを通じて海外のCDを個人的に取り寄せられるようになった90年代後半にようやく海賊盤のCDを入手し、この「音楽史の巨大な空白」の補完作業に取り組めるようになった。

Dee Dee Sharp この長期間の空白を今回の再発プロデューサーであるジョディ・クレイン(アランの嫁?それとも娘?)は「元々このボックスは80年代末に企画されていたが、権利が散り散りになっていたためすべての音源を揃えるのにこれだけの時間がかかってしまった。」と説明しているが、同社がフィル・スペクターやサム・クックのCDを発売する際に犯した“前科”を考えれば、それだけが理由でないことは明らかだろう。それはともかく、ようやく届いたCDを聴き進めてみることにしよう。コンパクトなBOXに入ったCD4枚はシングル盤を模してドーナツ型のデザイン(なんと裏面も真っ黒)。ほぼ時代順に曲が収録されており、当然のことながらチャーリー・グレイシーの「Butterfly」でスタート。当初はスタイルの確立に試行錯誤を繰り返している様子が面白く、代表的なヒットでいえばレイズのドゥ・ワップ・クラシック「Silhouettes」や「アホの坂田のテーマ」の元曲であるアップルジャックスの「Mexican Hat Rock」あたりが個人的なお気に入り。CD1枚目後半になるといよいよチャビー・チェッカーとボビー・ライデルが登場、僕はライデルの明るい声質や作風が大好きなので、彼のヒット曲が良好な音質で聴くことが出来るのは本当に嬉しい。

The Tymes 2枚目になると後続のアーティストたち、ディ・ディ・シャープ、オーロンズ、ダヴェルスといった人々のヒット曲がずらり。殆どの曲のタイトルにダンス・ステップの名が冠されており、ここまで徹底するのはちょっと凄い。珍しいところでは当時TVドラマ「ロウハイド」にレギュラー出演していたクリント・イーストウッドが歌う「Rowdy」も収録、ちょっとノヴェルティっぽい曲で本人は忘れたい過去だろうが、マニアには嬉しい珍品。3枚目ではタイムスの「渚の誓い」が登場、脳天気なダンス・ヒットはいい加減影を潜め始める。64年になると同社はイギリスのアーティストの録音もライセンス契約でアメリカ発売するようになり、中でも有名なのがキンクス初期のシングル「Long Tall Sally」。現在は数百ドルで取り引きされているという現物は、見つかれば大変貴重だろうが、CDで聴く分には別に有り難みがある訳ではない(笑)。そして65年にはバーニー・ロウが経営権を手放し、レーベル・カラーは様変わり。数々のマイナー・レーベルと配給契約を結んでおり、特にこの時期あたりから後の“フィリー・ソウル”へと発展していく音楽が独自のシステムを築き始めるので、1〜2年で作風は随分と変化が出てくる。

? & The Mysterians CD4枚目はまず以前メリリー・ラッシュのCDを紹介した時に経緯を説明したイーヴィ・サンズ版「Angel Of The Morning」で始まり、その後暫く“スイート・ソウル”ものが続く。エディ・ホルマン、カーティス・メイフィールドがシカゴでプロデュースしたファイブ・ステアステップス、ごく初期のデルフォニックス・・過去に何度も書いているが“アーリー・フィラデルフィア”好きな僕には本当に堪らない曲並び。そして終盤には70年代ロックの胎動を感じさせる作品群、前述のクエスチョン・マークとミステリアンズや、まだガレージ・バンドだったオハイオ・エクスプレス、後にグランド・ファンク・レイルロードに発展するテリー・ナイト&ザ・パックスや駆け出しのボブ・シーガーなど、レーベル運営の最期まで時代の流れにキャッチ・アップしていこうという姿勢が窺える。

 ・・まだまだ色々と書きたいことはあるのだが、長くなり過ぎたのでこれくらいで。全115曲、色々不満もあるかも知れないがカメオ/パークウェイ再発シリーズの第一弾としては最高の内容ではないかと思う。同社からリリースされた数多いヒット曲を以前リスト化したことがあって、そのうち何がこのボックスに収録されているのかを付き合わせてみたので、ご参考までにデータを掲載しておこう。

The Cameo/Parkway Chartgraphy 1957-1968

 かなりマイナーなところまで気を配った選曲になっていることが判る反面、メジャー・アーティスト(特にチェッカーとライデル)のヒットは「えっ!これしか入ってないの!?」という感じ。前述のクレイン女史によれば、今年の後半にはボビー・ライデルやオーロンズなどの単独CDも発売される予定だそうなので、それらが揃えば長いこと見落とされていた重要レーベルの全貌が明らかになるということに。やっぱり2005年の再発大賞はカメオ/パークウェイ関連で決まりでしょう。

発売元のサイト

(2004/6/5)

The Holy Mackerel

The Holy Mackerel
(Collector's Choice Music)



 メルマガの「Flashback」で半年以上に亘って1970年代の日本の洋楽チャートを紹介しているが、年毎のチャートを見て驚いたのが、70年代前半におけるポール・ウィリアムス作品の人気の高さ。スリー・ドッグ・ナイトの「オールド・ファッションド・ラヴ・ソング」やカーペンターズの「愛のプレリュード」などが有名だが、他にも「ファミリー・オブ・マン」や「愛は夢の中に」、アメリカではまったくヒットしなかったアート・ガーファンクルの「青春の旅路」などが年間チャートのTOP20にランクインしている。当時の曲の多くはロジャー・ニコルスとの共作で、90年代以降の我が国ではニコルスの再評価が著しいため、ところによっては“ロジャー・ニコルスの元相方”くらいの認識しかされていない傾向もあるようだが、ニコルスと袂を分って以降も彼が生み出したヒットはバーブラ・ストライザンドの「スター誕生の愛のテーマ」をはじめ数多く、また「オペラ座の怪人」のロック版リメイク「ファントム・オブ・パラダイス('74)」での怪演などもあり、本国における成功の大きさからすれば、はっきりいってロジャー・ニコルスなど足下にも及ばない。

The Holy Mackerel その人気ぶりを反映してか、ウィリアムスが70年代に発表したソロ作の多くは90年代早々に日本でCD化済で、その繊細でありつつもアクの強い彼の歌声を堪能できたのだが、一枚だけCD化の叶わないものがあった。ソングライターとしてブレイクする以前、68年に弟のメンター・ウィリアムスとともに結成したバンド「ホリー・マッケラル」名義で残したアルバムがそれで、日本のレコード会社がさっさとやればいいものを2005年になってようやくアメリカのコレクターズ・チョイスが実現してくれた。

 ポール・ウィリアムスは元々ソングライター志望(というかそもそも音楽志望)ではなかったらしい。役者としてのキャリア・アップを目指して「モンキーズ」のオーディションも受けたそうで、それに落選しちょっと音楽の道もかじってみようと3ヶ月間ロサンゼルスへ。現地のインディ・レーベル「ホワイト・ホエール」で録音の機会を得た(この音源は昨年末に英Rev-Olaから発売された「The White WhaleStory Vol.2」でCD化されている)彼だったが、同社の社長は「君には音楽の道は向いてないから。」と厳しい評価。これに奮起したウィリアムスは本格的にソングライターを目指すようになり、カルト的な評価の高いシンガーソングライター、ビフ・ローズと「Fill Your Heart」という曲を共作。これがウクレレ漫談芸人タイニー・ティムのシングル「Tip-Toe Thru' The Tulips With Me('68米17位)」のB面に採用され、彼の存在はこの作品をプロデュースしたリチャード・ペリーの知るところとなる。ウィリアムスの才能に注目したペリーは彼自身のレコード制作を企画、バンドの体裁を整えるため弟のメンターをはじめロサンゼルス界隈で活動していたミュージシャンを掻き集めて「ホリー・マッケラル」は結成された。因みにこの“ホリー・マッケラル(聖なる鯖)”という言い回しは慣用句で「おや、まあ」とか「なんてこった」みたいな意味で使うらしく、“ホリー”に語呂のいい言葉をくっつければ何でもいいみたい。過去のヒット曲にもリー・ドーシーの「Holy Cow('66米23位)」とかアレサ・フランクリンの「Border Song (Holy Moses)('70米37位)」なんてのがあるし、アンチョビ好きであれば「ホリー・サーディン(聖なる鰯)」でもいいだろうし、巨人ファンだったら「ホリー・ウチツネオッ!」なんて使い方もあるかも。。

 くだらないことばかり書いてないで、いい加減アルバムの内容へ。クレジットがちゃんと入っていないので全12曲中どれほどがウィリアムスの作品かが判らないのだが、聴きどころを幾つか挙げてみよう。このアルバム制作時はロジャー・ニコルスとの共同作業は始められたばかりだったようで、ここにはシャッフル・ビートの「Bitter Honey」1曲のみが収録されている。他では後に彼のソロアルバムに再録される「Wildflowers(ソロアルバムでは「The Lady Is Waiting」と改題)」が飛び抜けて出来がよく、メンターのボーカルで録音されている意味でも貴重。アルバムの前半は“ソフト・サイケ”の雰囲気が濃厚で、その手のコンピレーションでは人気の「Scorpio Red」やアルバム冒頭の「The Secret Of Pleasure」、「The Somewhere In Arizona At 4:30 A.M.」あたりが合格点か。中盤から後半になると突然朗読が始まったりカントリーやブルース色の強い曲が並んでいたりと、ソフトロック好きにはちょっとキツい展開になるが、そこら辺はラストの大作「1984」で勘弁していただくということで。

Someday Man (1970) - Paul Williams このアルバムが制作されてすぐにホリー・マッケラルは分裂し、メンバーは各々の道へ。メンター・ウィリアムスはドビー・グレイの「Drift Away('73米5位、数年前にもアンクル・クラッカーがリバイバル・ヒットさせている)」の作者としてポップ史に永遠に名を残すことになったし、ポールの活躍は言うまでもなし。活動を本格化させたロジャー・ニコルスとの共作は、数年前CD化され大変な話題となったデモ・アルバムや渾身の力作「Someday Man」でたっぷりと楽しむことができるので、そちらも併せて聴かれてみては。ホリー・マッケラルの全作品中シングル発売された2曲がアルバム未収録で、それくらい今回のCDにボーナス収録してくれてもいいのに、と思うのだが、そのうち1曲「To Put Up With You(ニコルスとの共作)」は過去に日本で発売されたコンピレーションに収録されているので、そちらを探してみて下さい。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/6/5)

Globetrottin' With Bones - Brother Bones & His Shadows

Globetrottin' With Bones
- Brother Bones & His Shadows (Acrobat)



 今回はちょっと珍しめのCDを紹介。数年前、20世紀が終わろうとしている時期に「20世紀のベスト〜」という企画がやたらとメディアを賑わせたが、その中にアメリカの著作権管理団体「ASCAP」が発表した「20世紀もっとも著作権料を稼いだ25曲」というものがあった。その1位がなんと「Happy Birthday To You」で、あんなに短く単純な曲でも演奏される度にしっかり著作権料が発生しているのだ、ということを知ってちょっと驚いたのだが、それは別として様々な超有名曲に混じってリストに登場していたのが「Sweet Georgia Brown」。1920年代に作られた古いナンバーで、当時の有名な“スイート・バンド”の殆どが録音。30年代初頭にはポール・ホワイトマン楽団から独立し、当時売り出し中だったビング・クロスビーによるヒットの記録も残されている。

 ところがもう少し詳しく調べてみると、アメリカにおけるこの曲の最も有名なバージョンはそれらメジャー・アーティストによるものではなく「ブラザー・ボーンズ」という黒人芸人が戦後になって録音したものである、ということが判ってきた。誰この人?と何年か疑問を抱き続けていたのだが、つい最近彼の単独CDが初めてリリースされたので(こんなものに興味のある人はいないと思うが)一応ご報告しておきたい。20世紀初頭にアラバマ州モンゴメリーに生まれた(ニューヨーク説もあり)彼はバーバー・ショップの靴磨きで生計を立てていたが、店でかけられるレコードに合わせて口笛を吹きながら布やブラシでリズミカルに仕事をこなしていくスタイルが評判となり“ホイッスリング(口笛)サム”なるニックネームを与えられて芸人に。タップ・ダンス等も器用にこなした彼はそのパフォーマンスに色々とユニークな楽器を取り入れ、中でも彼の芸名になってしまうほどのインパクトがあったのが「ボーンズ」。その名のとおり動物の骨をカチカチ鳴らすという、恐らく人類最古の打楽器で、通常は両手に2本ずつ持って鳴らす(沖縄に「四ツ竹」というカスタネットに似た楽器があるが、あれに近い感じだと思う)ところを彼は4本ずつ握ってガシャガシャやったそうで、ロサンゼルスのチャイナタウンでの人気者ぶりを聞きつけたレコード会社から録音契約のオファーが舞い込み、結果リリースされた「Sweet Georgia Brown」は“口笛と骨”というユニークなスタイルがうけて1949年の初頭にTOP10ヒットを記録した。

Sweet Georgia Brown 彼はそれに続くヒットを放つことはなく、ユニークなノベルティ作品をただ1曲ポップ史に残してそのままチャイナタウンに帰っていくのか、と思われたが、ことは思わぬ方向に発展。ニューヨークの黒人バスケット・ボールチーム「ハーレム・グローブトロッターズ」がこの曲を試合前のウォーム・アップ時に必ずかけるようになり、その後チームの公式テーマ曲に採用。1951年には実際の彼らが主演する映画まで制作されるほどの人気チームだったことから「Sweet Georgia Brown」は当地で大いに親しまれてボーンズは映画にも出演、「エド・サリヴァン・ショー」にもお呼びがかかるほどだったそうだ。今回のCDに収録されているのはそんな彼がテンポ・レコード他に残した「Sweet Georgia Brown」のオリジナル・バージョンを含む全17曲。ジャズ・バンドがバックについているが、その演奏はこの当時(40年代後半)既に相当ノスタルジックな感じで、音楽そのものとしての評価は難しい。殆どの曲でボーンズの口笛と“骨音”がフィーチャーされているので、これは純粋に珍品好き向けのCDと考えた方がいいと思う。結局ボーンズは70年代に亡くなるまで安定した生活を送り、「ハーレム・グローブトロッターズ」は通算2万ゲームを超えるという試合の前に現在もこの曲を(多分)使用、21世紀に入っても著作権料は絶えず発生しているはず。

The Harlem Globetrotters (Cartoon) まったく話は変わるが、この「ハーレム・グローブトロッターズ」の人気は根強く、1970年には彼らをアニメ化した番組まで作られたそうで、それに合わせて彼らのレコードも制作(プロデュースは当時人気だった「アーチーズ」同様ドン・カーシュナーが手がけた)。「グローブトロッターズ」名義で発表されたレコードに実際の「ハーレム〜」のメンバーは一人しか参加しておらず、周りはドリフターズ、コースターズ、プラターズといった錚々たるグループの元メンバーで固められていたそうだが、シングル発売されたニール・セダカ作の「Rainy Day Bells」他、残された作品は古手のドゥ・ワップファンの間でも非常に評価が高い。シングル盤は現在滅茶苦茶高値でオークションにかけられているし、アルバムに至っては出品されているのを見たこともない。こういう作品がCD化されると、マニアにとっては非常に嬉しいのだが・・。

Brother Bones Biography & Discography

(2005/5/29)

The Very Best of The Partridge Family

Come On Get Happy!: The Very Best of The Partridge Family
(Arista/Legacy)



 連休中に観に行ったニューオリンズのジャズフェスで、元カウシルズのメンバー、スーザン・カウシルのバンドがトーク&ライブ・イベントをやっていた。その様子は別のレポートで紹介するとして、ステージの最後に観客との質疑応答コーナーというのがあって、そこで出た質問が「初めて『パートリッジ・ファミリー』を観た時の感想を聞かせて下さい。」というものだった。

The Definitive Collection - David Cassidy & The Partridge Family 60年代後半に活躍したカウシルズは、母親と息子たち、そして末娘からなるファミリー・グループで、そのスタイルはそのまま「パートリッジ・ファミリー」制作のヒントになったといわれている。で、そのあたりを当事者のスーザンに訊いてみようというのが質問者の意図だったと思うのだが、対する彼女の回答は予想以上に新発見を含むものだった。曰く「パートリッジ・ファミリー」は当初は実際にカウシルズが主演するドラマとしてパイロット版の制作が持ちかけられたものだそうで(彼らが「Hair」の大ヒットを飛ばしていた時期なので、そんなことを考える人がいたとしても不思議はない)、彼らは「自分たちは役者ではないから。」と出演を謝絶。替りに役者を集めて家族バンドの体裁を整えたのが、我々の知る「パートリッジ・ファミリー」なのだとか。完成した番組のプレミア上映の際彼女たちは招待を受けて会場に出かけ、スザンヌ・クロー演じる末娘の演奏シーンを観たら、これが音とタンバリンを叩く画のタイミングが全く合っていなくて「これが私なの・・!?」とショックを受けたことなどをペラペラと喋ってくれた。

 余談から入ってしまったが、今回届いたのはそのパートリッジ・ファミリーの最新ベスト盤。番組を通して次々とヒットを放った彼らの作品集としては、2000年に出たデヴィッド・キャシディのソロ・ヒットも完全収録した「The Definitive Collection」というのが出ていて、ヒットチャートマニアであればそれさえ持っていれば彼らに関しては全然OKということになるのだが、今回のCDのセールス・ポイントは、まず件の「Definitive 〜」からははずされていた有名な番組テーマ曲「Come On Get Happy」と、5曲の未発表ナンバーの収録。

Love and Sunshine: The Best of the Love Generation パートリッジ一家の面々は、演技は出来ても音楽的には全くの素人。当然音楽制作用のチームが別に編成されており、そこでガイドボーカルを担当したのがトム&ジョン・バーラー兄弟を中心としたスタジオ・シンガーたち。バーラー兄弟は「Groovy Summertime('67米74位)」のヒットを持ち、近年とみにソフト・ロックファンの間で人気の高いポップグループ「ラヴ・ジェネレーション」の元メンバーで、グループ解散後は各方面のセッションで大活躍。パートリッジのセッションも御本人登場前にかなり作業が進められていたようで、彼らのファースト・アルバムでもバーラー兄弟がリードをとっている曲が幾つか収録されているほど。パートリッジ・ファミリーの1枚目って、かなり純度の高い“ソフト・ロック”ということになるんだね。その後主役に抜擢されたデヴィッド・キャシディが音楽的才能を充分に持ち合わせたタレントであることが判ってからはメインを完全に譲り、兄弟はバックアップに専念することになるのだが。

 CD収録曲(全17曲)はグループ名義で発表されたものに絞られており「パートリッジの曲は好きだけど、デヴィッドの甘ったるいソロは苦手。」というファンがいれば(いるのか?)このCDはお誂え向き。過去にCD化されているお馴染みのヒット曲を今更紹介する必要もないだろうから、いきなり未発表曲の話をすると、一番の聴きどころはTVドラマの第1回でオンエアされた「Let The Good Times In」と「Together (Havin' A Ball)」。番組制作の都合上バーラー兄弟がリードをとったこの2曲のうち「Let The 〜」はラヴ・ジェネレーションのレパートリーの中でも特に人気の高いナンバー(作曲はニール・セダカ)の再演で、完全なる“ラヴジェネ・サウンド”。ソフト・ロックマニアはこの1曲の存在だけでこのCDを入手する意味があるだろう。「Together」もラヴジェネ色の強いナンバーで、こちらも大満足。別の観点から注目したいのが「Stephanie」という曲、これが番組で披露された時はデヴィッドとゲスト出演したボビー・シャーマンのデュエットという“豪華アイドル共演”によるものだったそうで(残念ながらこのCDではデヴィッドの声しか確認出来ない)、当時洋楽アイドルに夢中になっていた方には非常に感慨深いのではないかと思う。

 ここから再び余談。パートリッジやボビー・シャーマンなどのセッションで活躍したトム・バーラーは、キャリアを積み重ねるうちクインシー・ジョーンズのファミリー入りを果たし、その後数多くの作品でコーラスを務めるばかりでなくソングライターとしてもブラザーズ・ジョンソン等に作品を提供。80年にマイケル・ジャクソンの「She's Out Of My Life(『あの娘が消えた』米10位/英3位)」を手がけ、85年にはなんとあの「We Are The World」にも共作者の一人としてクレジットされているのだとか。ラヴ・ジェネレーションと「We Are The World」がつながるとは。。ま、そんなこととは全然関係なくソフト・ロック/バブルガム好きならばこれは取り敢えず聴いておきたいアルバムでしょう。値段も安いし。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/5/28)

The Jack Nitzsche Story 1962-1979

Hearing is Believing: The Jack Nitzsche Story 1962-1979
(Ace)



 このコーナーではほぼ準レギュラー状態であるイギリスのエイス・レコード。手を替え品を替え次々と魅力的なオールディーズのコンピレーションを送り出してくれるが、今回はその中でも大型企画、60年代前半にはフィル・スペクターの相方として数々の名曲を生み出し、その後もローリング・ストーンズやニール・ヤングなどと興味深い作品を多数残しているアレンジャー/プロデューサーのジャック・ニッチェにスポットを当てた作品集。オールディーズ“学究派”には堪らない一枚。

サラリーマン時代? 1937年シカゴ生まれのジャック・ニッチェが音楽産業入りを果たすのは1950年代後半のこと。西海岸のR&Bレーベル「スペシャリティ」の譜面書きの職にありついた彼はそこで肉屋で働きながらソングライターの卵としてスタジオを出入りしていたソニー・ボノと出逢い、幾つかの曲を共作。その中からはジャッキー・デシャノンの「Needles And Pins(後にサーチャーズが取り上げてさらに大ヒットを記録)」などが生まれることになるのだが、長くなるので省略。西海岸でテリー・メルチャー(ドリス・デイの息子)、ボビー・ダーリンといった“ハリウッド人脈”とも知り合う一方、彼の人生を決定づけたのがフィル・スペクターとの共同作業。スペクターが興したレーベル「フィレス」からリリースされた主要作品の殆どのアレンジを手がけた彼は「ウォール・オブ・サウンド」の実質的な生みの親であり、ロネッツ、クリスタルズ、ライチャス・ブラザーズらが発表したシングル作品は、数あるオールディーズの中でも常にトップ・ランクに位置する評価を得ている。また彼は自身の名義でも何枚かのインスト・アルバムを発表していて、シングル「The Lonely Surfer」は63年にTOP40ヒットを記録した。

 今回のCDはそんな彼が関わった録音を、60年代〜70年代にかけて幅広く集めたもの。有名作品は敢えて避け、比較的珍しいものを中心に収録しているのは、ハードコアなオールディーズ・ファン(ジャック・ニッチェは特に深く研究しているマニアが多いので)にナメられたくない、という選曲者の気概か。個人的に興味深かったのは60年代後半以降の作品群で、ティム・バックリーやジェームス・ギャング、グラハム・パーカーなんてちょっと彼とは結びつかなそうな人たちとも仕事をしていて、そこら辺を知ることができたのは有り難い限り。

 どれも楽しめる曲ばかりで、確かにこれはオールディーズのコンピレーションとしては一級だと思う。しかし、ライセンス上の問題とはいえ、ジャック・ニッチェを語るにあたってスペクター関係の音源抜きとか、ストーンズやニール・ヤングもないとなると・・。これはどうしても物足りない。スペクター人脈に関する音楽マニアのリサーチは本当に徹底していて、ジャック・ニッチェについても詳細な彼の参加曲リストをネットで閲覧することが出来るので、これを元に、あと自分の手持ちの音源とも相談しつつ、ボリュームを思いきって倍の80分MD2枚分にして僕なりの「ジャック・ニッチェ・ストーリー 〜デラックス・エディション〜」を作ってみた。まずは下のリンクから曲目をご覧いただきたい。

The Jack Nitzsche Story 1960-1983 -Deluxe Edition-

 今回のCDに敬意を表して、基本的に「The Jack Nitzsche Story」に収録されているものは極力活かすようにしつつ(但しボブ・リンドの「Elusive Butterfly」とか、個人的にどうしてもはずしたくない曲は差し換えさせていただいた。スマン。)前後を膨らませる形でほぼ年代順に選曲したが、どんなもんでしょ?やっぱり彼の名が初めてヒットチャートに登場したプレストン・エップスの「Bongo, Bongo, Bongo」は入れときたいし、ニッチェとスペクター初顔合わせとなったゲイリー・クロスビーの「That's Alright Baby」も、曲の出来はともかくはずしたくない。更にロネッツの「Be My Baby」抜きで「ウォール・オブ・サウンド」は語れないでしょ、とか、70年代に生まれたヒット曲だってあった方が楽しいし、やっぱり大トリは「愛と青春の旅立ち」で締めたいよね・・等々。こうやってリストを眺めているといろんな人とのつながりが有機的に発展して、様々な形で結実していることがわかる。エイス・レコードには彼が数多く手がけたサントラ作品等も含めて、できればもう一枚くらい、同じテーマでレア作品集を作ってもらえると嬉しいのだが。なんとか頑張って欲しいところ。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2004/5/21)