八亀's Picks - April 2005

過去の八亀's Picks

4.17 EXCELLO しずおか屋
4.17 Angel of The Morning - Merrilee Rush & The Turnabouts
4.17 Live! At the Desert Inn - Bobby Darin
4.10 Where Were You When I Needed You - The Grass Roots
4.10 Christie featuring Yellow River and San Bernadino
4.10 For All Mankind - Christie
4.02 Early Girls Vol.4 - VA
4.02 Tell Him: The Decca Years - Billie Davis

Records Galore: the AVI entertainment Sampler (1967)

EXCELLO しずおか屋


  今回は趣向を変えて馴染みのお店のご紹介。ソウル・バー「エクセロ」というとその世界では大変な老舗だそうで、一説によると「日本で一番古いかも??」。事の真偽はともかく同店は下北沢(それ以前は方南町)で長く営業を続けており、多くのベテランソウル・ファンたちにとって憩いの場&勉強の場として機能していたという。

 僕がこの店に通うようになったのは今から10年近く前のこと、目当てはソウルではなくオールディーズだった。90年代の一時期、当時未CD化だった珍しいオールディーズ作品のコンピレーションを、レコードおこしながら次々と発売して世のマニアを唸らせた「エーサイド・レコード」というレーベルがあったのだが、「エクセロ」はそのスタッフたちの根城のような店で、2ヶ月に1回同店で週末に開催されていた「オールディーズ・レコード・コンサート」は非常にハイレベルなオールディーズの情報交換の場となっており、そこに若輩者ながら加わらせていただいた、というのがそもそもの付き合いの始まり(なおこの「オールディーズ・レコード・コンサート」は現在も場所を変えて毎月開催されており、私もほぼ毎回参加させていただいている。イベントの詳細はこちらをご覧下さい)。そのうち僕自身下北沢に暮らすようになり、お店に行く回数はまずまず増加。そこでは本当に様々な方々と知り合う機会があり、その後転居を繰り返しながらも、なんとなく下北沢周辺に住み続けているのは、勿論便の良さが最大の理由だが「エクセロ」のようなつい立ち寄りたくなる店が幾つもあることも、大きな要因になっていることは間違いない。

 「エクセロ」は何年か前にお店のマスターの奥様(通称ママさん)が別の場所で営業していた静岡おでんの「しずおか屋」と一緒になって店名を変更、しかし店の雰囲気は変わらずおでんをつまみながらソウルやオールディーズに耳を傾ける、という非常に味のある店になった。で、この「静岡おでん」なのだがこれが東京や関西のおでんとは様子が違い、タネは全て串に刺されており、おでんの出汁は醤油ベースで真っ黒。からしではなく味噌だれに鰹節と青海苔をかけて食べるというスタイルで、客は思い思いに大きなおでん鍋からタネを引き揚げてつまむ(一串\100〜\200くらいが中心)という非常に自由度の高い感じ。

 昨年の秋から冬にかけて、巷は“おでんブーム”の様相があり、各メディアが盛んに特集を組んだこともあっておでんを売りにしたお店は軒並み盛況。「しずおか屋」も例に漏れず、更に東京では珍しい静岡おでんが食べられる店ということもあり早い時間帯から大変な賑わいで常連がふらりと立ち寄っても入店を断られる場合があるほど、深い時間帯に行けば鍋からは牛すじや黒はんぺんといった人気アイテムは既に姿を消しており・・といった状態が暫く続いていた。これはこれで長年のファンとしては非常にいい事ではないかと思っていたのだが、折悪く下北沢駅周辺の再開発(今後下北沢の風景は物凄い勢いで変わっていくと思うので、昔の雰囲気が懐かしい方は早めの再訪をお勧めします)が始まり、小田急線近辺のビルの取り壊しに「しずおか屋」の入っていたビルが引っかかってしまった為お店は暫し休業。移転先が決まり再オープンしたのがこの4月のこと。

井の頭線からこの看板が見えます

 で、この再オープンの場所というのが素晴らしくて、あずま通りに面した本多劇場の向かい。下北沢の地理に詳しい方なら雰囲気が分かっていただけると思うが、昼夜問わず人が行き来している場所で、以前のお店が「一番街」という商店街の中にあったにもかかわらず初めての客はまずその場所が突き止められない、という判り難い所にあったのとは大違い。しかも新店名は懐かしの「エクセロ」がめでたく復活してその名も「EXCELLO しずおか屋」、“ソウルおでん”のお店なのだそうだ。以前は10人ちょっと入れば満席だったキャパは倍近くまで増え、かなりゆったりした雰囲気、しかし前の店のカウンターやら柱やらを持ってきて新店に活かしているので、往年の「エクセロ」の面影もしっかり残っているという。

 お店が入っているビルには大きな看板が掲げられており、その目印が左掲のレコード・ジャケット。マスターに伺ったところこれは1960年代に発売されていたソウル・レーベル「エクセロ」のヒット曲を集めたコンピレーションなのだそうで、このセレクトにもかなりのこだわりがある。現在店内で流れる音楽のリクエストは受け付けていないが60〜70年代のソウルが中心(時間帯が深くなるとマスターの趣味で懐かしのオールディーズがかかる)で雰囲気は大変よく、場所は本多劇場の玄関前、そしてライブハウス「屋根裏」が入っているビルの隣ということで観劇やライブの後の打ち上げまたは反省会場として、また下北沢レコード・ハンティングの成果を再確認しながらのんびり一杯やる、なんてことも出来そうな雰囲気なので是非とも一度皆様お立ち寄りいただきたいところ。これだけ安価に飲み食い出来る店は、下北沢にもそうはないと思うので。

お店の場所はこちら(ファン・サイト?)

(2004/4/17)

Angel of The Morning (Collector's Choice Edition)

Angel of The Morning (Collector's Choice Edition) - Merrilee Rush & The Turnabouts (Collector's Choice Music)


 こちらは小ネタ。以前メリリー・ラッシュの日本盤CDを紹介した際に「アルバム未収録の音源もボーナスに入れてくれればよかったのに」みたいなことを書いたが、アメリカで本当にそういうCDが出てしまった。当然のことながら僕はCDを買い直し。「朝の天使」以降の彼女の活動がこれで明らかになる。

 彼女の経歴及びアルバム本編については以前に結構長々と書いたので、ここではボーナス・トラックの話題だけを。全9曲収録されているボーナスの冒頭は「朝の天使」米盤シングルのB面に収録されていた「Reap What You See」。この曲を含めボーナス曲のうち4曲までがB.J.トーマスの数々の名曲の作者として知られるマーク・ジェイムスの作品で、南部産ポップスのファンには大変嬉しい。

 「Reap 〜」の後8曲は、彼女が「AGP」というレーベルからリリースした4枚のシングル音源。以前は詳細がわからなかったのでAGPを彼女の自己レーベルか?などと書いたがそうではなく、プロデューサーのチップス・モーマンが興した「アメリカン・グループ・プロダクションズ」のレーベルなのだそうだ。そこから最初にリリースされたのがこのCD最大の聴きどころの一つ、フォー・トップスの「Reach Out I'll Be There」をバニラ・ファッジの「You Keep Me Hangin' On」風にサイケに料理した作品。これはかなりの珍品で、ニュー・ロック風味が非常に時代を感じさせる('68米79位)。70年代に入ってダイアナ・ロスがこの「Reach Out」を、オーケストラをバックに壮大にリメイクしているが('71米29位)、この録音はそれに共通した雰囲気を感じるので、もしかしたらダイアナ版の幾許かのヒントになっているのかも知れない。

 残りは南部産のポップスがずらり。ライター陣を見ると前述のマーク・ジェイムスに加えダン・ペン、ウェイン・カーソン、エディ・ラビット、それにチップ・テイラーとまさに“南部紳士録”の趣き。先月ポゾ・セコのCDを紹介した時に書いた“シェルビー・フリントの「Angel On My Shoulder」とメリリー・ラッシュの「Angel Of The Morning」をマッシュ・アップしたような”「There's No Angel On My Shoulder」が、実はメリリー本人がシングルとしてリリースした曲だったということがわかったのも個人的には収穫。録音の出来は、こちらの方に軍配が上がる。

 ポゾ・セコもそうだが、60年代後半〜70年代前半に制作された南部産のポップスは、どれもリラックスした共通の雰囲気が漂っていて、この世界に一旦はまるともう堪らない。日本盤CDを未入手の方は値段もそれほど変わらないはずなので、まずこちらを探してみてはどうだろうか。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/4/17)

Live! At the Desert Inn - Bobby Darin

Live! At the Desert Inn - Bobby Darin
(Neon Tonic)



 小ネタをもう一つ。ケヴィン・スペイシーの熱演が心を打つ映画「ビヨンド the シー 〜夢見るように歌えば〜」、ご覧になった方はよーく解っていただけたと思うけれども、愛情溢れる非常にいい映画だったでしょ?僕はその後もう一回映画館に観に行って、もう一回同じところで泣いてきた・・。でも世間的にはこの映画は“ヒット作”とはいい難く、劇場も空席が目立ち2週間くらいで次の作品に替わってしまった。「観ようとは思っていたんだけど、いつの間にか終わっちゃったんだよねぇ。」という方は、二番館でもDVDでも今後機会はあると思うので、是非ともご覧になっていただきたいところ。

 この映画でボビー・ダーリンを知った人も多かったようで、急遽盛り上がった彼の再評価の気運にあわせるようにここ何ヶ月か過去の音源が各国で続々とCD化されている。今回紹介するのは映画の中でも彼の復活ステージとして描かれていた71年のラスヴェガスにおけるライブ録音。

 60年代末、フォーク歌手“ボブ・ダーリン”として試行錯誤を繰り返した彼は70年代に入り再びショーのステージに立つことを決意。そこら辺の経緯は映画をご覧になっていただけたらいいと思うが、当時西海岸に移転し本格的にポップ市場への進出を目論んでいたモータウンと契約を結んで再出発のお膳立てを整え、結果披露されたステージは往年のヒット曲は控えめ、最新ヒットを巧みにレパートリーに取り入れた内容となっていた。

 印象的な曲を挙げると、まずショーのオープニング・ナンバー、ローラ・ニーロの(というよりフィフス・ディメンションの)「Save The Country」。プロテスト・ソング風でかつショー・ナンバーとしても映えるこの選曲は、当時彼が打ち出そうとした新路線によく合ったものだと思う。同様な意味ではゴフィン&キングの作品でブラッド、スウェット&ティアーズがヒットさせた「Hi De Ho」なんてのも結構はまっている。この他当時どのアーティストでもステージで取り上げたであろうビートルズ・ナンバーのメドレーでも「Hey Jude」はありきたりだが、それに織り混ぜられているのが「Eleanor Rigby」「Blackbird」「A Day In The Life」と一風変わっているところに、彼なりのこだわりが垣間見られる。

 ステージ後半には敬愛するボブ・ディランの「I'll Be Your Baby Tonight」が登場。ここからはフォークソングが続き、盟友ティム・ハーディンの提供で60年代半ばにヒットチャート復活を果たした「If I Were A Carpenter」、そして逆にダーリンがハーディンに(ややこしい・・)提供した「Simple Song Of Freedom」に突入してステージはクライマックスを迎える。そう、あの映画の一場面のように。

 ボーナス・トラックには「Beyond The Sea」も収録。この2年後に亡くなる彼の“名場面”の一つとして、映画の雰囲気を反芻するにはもってこいのアルバムだと思う。ただ、あくまでもマニア向けではあるのだが。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/4/17)

Where Were You When I Needed You - The Grass Roots

Where Were You When I Needed You - The Grass Roots
(Rev-Ola)



 日本では70年代初頭に特に人気の高かったグラス・ルーツは、ご存じのとおり60年代半ばの“フォークロック・ブーム”の最中に登場したロックバンド。意外にも彼らのオリジナルアルバムのCD化はこれまであまり進んでいなかったのだが、今回このバンド(というよりプロジェクト)の出発点にあたる時期の音源がCD化された。

Anywhere The Girls Are!: The Best Of The Fantastic Baggys グラス・ルーツの物語をスタートするには、まずソングライター/プロデューサー・コンビ、ステーヴ・バリとP.F.(フィル・フリップ)スローンについて説明せねばならない。この2人の名前が音楽シーンに頻繁に登場するようになるのは1963年のこと。制作したデモテープが当時の人気グループ、ジャン&ディーンの目にとまり、彼らのソングライター兼バックシンガーとして本格的な活動を開始。2人の活躍ぶりに目をつけたのがジャン&ディーンのマネージャーだったルー・アドラーで、彼は2人をインペリアル・レコードに売り込み架空のサーフ・グループ「ファンタスティック・バギーズ」としてデビューさせる。ヒット曲は生まれなかったがグループが残した作品はビーチ・ボーイズタイプのポップスとして非常に質が高く、現在オールディーズ・ファンの人気アイテムとなっている。

 「ファンタスティック・バギーズ」の活動は64年から65年の前半まで続いたが、その頃には音楽シーンは様相を変え、アドラーはフォークロックに力を入れたレーベル「ダンヒル」を設立。バリ&スローンにも作品は発注されて、結果生まれたのが元ニュー・クリスティ・ミンストレルズのバリー・マクガイアが歌ったナンバー1ヒット「Eve Of Destruction(『明日なき世界』'65米1位)」。解釈によって反戦歌にも好戦的な歌にも聴けるこの歌は世の中の物議を醸し、大変な話題となった。いきなりの成功で気をよくしたアドラーは、続けて2人に新しいプロジェクトの立ち上げを依頼。架空のフォークロック・バンドとして生み出されたのが「グラス・ルーツ」だった。

 当時新しいポップミュージックの潮流を創り出していたボブ・ディランの作風に傾倒していたスローン(実際彼はその後ディラン風のソロアルバムを発表するようになり、そこから「From A Distance(孤独の世界)」の大ヒットが生まれている)は自らディラン風のボーカルをとった爽やかなフォークロック「Where Were You When I Needed You」を制作、地元のラジオ曲にテスト盤を配ったところ反応がよかったためプロジェクトは本格的にゴーサインが出される。実質スローンのワンマン・プロジェクトだったグラス・ルーツはプロモーションのためツアーを廻る“本物の”バンドが必要となり、サンフランシスコのガレージバンド「ベドウィンズ」を「グラス・ルーツ」として雇用することに。スタジオに呼ばれた彼らは、しかし“P.F.スローンに声が似ているから”という理由でドラムからボーカルに転向させられたビル・ショップ以外のメンバーはあまりレコーディングに参加する機会はなく、当時西海岸のポップ・サウンドを支えていたスタジオ・ミュージシャン集団、通称“レッキング・クルー”の面々の多大な助けがあって成立したものなのだという。最初のシングル、ボブ・ディランのストレート・カバー「Mr. Jones(やせっぽちのブルース)」は失敗に終わったものの、再リリースされた「Where Were You 〜」が見事TOP40ヒットを記録('66米28位)、続いてこのアルバムをリリースと、グループの活動は順風満帆のように見えたのだが・・。

 実はこのアルバムが発表された頃“初代”グラス・ルーツは既に存在しなかったのだとか。ロサンゼルスの音楽システム入りを果たした彼らはたちまちドラッグにはまり、アルバム録音は難航。たまりかねたバリとスローンは制作途中でバンドを解雇、残された音源にスローンが手を加え、なんとか完成にこぎ着けたのがこのアルバムで、曲によってボーカルの声が違う(スローンとショップ)奇妙な内容になった。収録曲はバリとスローンのオリジナルが約半分、その他サイモンとガーファンクル、ラヴィン・スプーンフル、ローリング・ストーンズといったアーティストのカバーも。この時期バリ&スローンに関わったすべてのアーティストが録音しているんじゃないか?と思われる「You Baby」は当然のことながらここでも聴け、他のアーティスト録音と聞き比べてみると面白いかも。ボーナスとして当時リリースされたシングル音源とアルバム制作に先駆けて録音されたデモも数曲収録、なかなか実態の掴みにくい初期グラス・ルーツ誕生の過程がわかるようになっている。

Let's Live For Today/Feelings - The Grass Roots その後グループは2代目のラインナップを揃え、70年代半ばまでスタイルを変えながらヒットメーカーとして活躍を続けることに。ファーストに続いてリリースされたアルバム「Let's Live For Today('67)」と「Feelings('68)」の2枚はボーナス・トラックつきの2イン1でヨーロッパのレーベルから発売済で、試行錯誤の段階を過ぎ“グラス・ルーツサウンド”が確立された時期なので、聴きものとしてはこちらの方が内容は濃い。「Where Were You 〜」はむしろP.F.スローンマニア、そしてダンヒル・サウンドのスタート地点を確認したいという“探究型”の音楽ファン向きのCDだろう。今後Rev-Olaはダンヒル系の作品のCD化を精力的に進めていくそうなので、リリース情報を楽しみに待ちたい。ダンヒル版「Phantom Jukebox」シリーズなんて、出てくれたら本当に嬉しいのだが。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2005/4/10)

Christie featuring Yellow River and San Bernadino

For All Mankind - Christie


Christie featuring Yellow River and San Bernadino
For All Mankind - Christie
(Repertoire)



 meantimeのメルマガで連載している「Flashback」、現在は過去の洋楽年間ラジオチャートを1年あたり2週ずつかけて紹介している。誰でも知っている大ヒットを1曲あたり300字程度(これは僕が勝手に決めた基準だが)で説明していく作業は当初考えていたより大変な作業で、なにしろ毎回書く文章量が結構なものだから、色々あってキツい時は時々休ませてもらったりしながら細々と企画を続けている。“こんな「Editor's Pick」なんか書いてないで、メルマガに時間を割けばいいじゃん。”というツッコミも入りそうだが、こちらはこちらで普段実際に飲んだり情報をやり取りしたりと直接の関りがある音楽ファンの方々が結構楽しみにしてくれているので、できるだけマメにUPを続けたいし。。

 話が逸れたが、メルマガで曲を紹介する時は、出来るだけ情報が重複したり、過不足のないよう気を遣って書いているつもり。同じ年に何曲も大ヒットを放っているアーティストを紹介するのも書くネタに困ったりでそれはそれで苦労だが、一方でいわゆる「一発屋」の紹介も、取り上げられる機会はその1回だけなので伝えるべき内容に漏れがないか書いた後何度かチェックしたり。以前1970年のヒット曲を紹介する回の時、クリスティの「イエロー・リバー」では以下のようなことを書いた。

 【ブリティッシュ・ビート・ブーム期に「アウター・リミッツ」というグループを率いていたジェフ・クリスティは、60年代後半にソングライターのキャリアを志し当時の人気バンド、トレメローズに「イエロー・リバー」のデモテープを手渡したが、この曲の出来に感心したのがトレメローズのメンバー、アランの弟マイク・ブレイクリー。彼はクリスティにバンドを結成しこの曲を録音することを提案、結果発売されたシングルはトレメローズが録音したバック・トラックに彼らのボーカルが被せられた急造盤ではあったが、戦地から無事に帰郷するという歌詞の内容がベトナム戦争まっただ中のこの時期の雰囲気にマッチし、世界中でヒットを記録した。彼らはその後これに匹敵するヒットを生み出すことはなかったが、「イエロー・リバー」を看板に現在も誰かが“クリスティ”名義でライ ブ活動を行っているようだ。 】

 海外のサイトや書籍などを参考に情報を総合してみたのがこれ。まぁ、まとまっているでしょ?クリスティのオリジナルアルバムは90年代に一度CD化されていたようだが、その後暫く廃盤状態が続き、今年に入ってヨーロッパのRepertoireが再びリリースし入手し易くなった。そこにあったライナーノーツをテキストに、クリスティの活躍を改めて見直してみることにしよう。

 ソングライター志望のジェフ・クリスティがトレメローズ(もしくはその周辺の人間)にデモテープを渡したのは事実のようだが、そこから先は少々話が違ってくる。テープを受け取ったもののトレメローズは彼の作品をレコーディングする気にはならなかったようで、作品は棚上げに(トレメローズ版の「イエロー・リバー」も遺されているが、これはクリスティ版がヒットしてからの録音らしい)。ただ彼らのパブリシティ担当のブライアン・ロングレイだけはクリスティのデモテープにヒットの可能性を見出したようで、彼にバンドを結成しこの曲をレコーディングする事を提案。バンドのメンバーにはロングレイの心当たりあるミュージシャンをかき集めることとし、その中にトレメローズのメンバー、アラン・ブレイクリーの弟で、それまでどんな仕事を与えてもモノにならなかったマイクをドラマーとしてねじ込み、グループの体裁を整えたというのが真相らしい。余談になるがマイクは結局ミュージシャンとしては使いものにならず、レコードで彼がドラムを叩いたのはシングル「イエロー・リバー」のB面に収録された「Down The Mississippi Line」のみで他はすべてスタジオ・ミュージシャンを起用。1年もしないうちにツアー生活に音を上げ、グループを脱退していったという・・。ホンモノの“ヘタレ”だったんだね。

 新バンド“クリスティ(カルロス・サンタナがバンド名を「サンタナ」としたことにヒントを得たらしい・・)”は発足したものの、なにしろ急造バンドで練習不足、また彼が業界にバラまいたデモテープは他のアーティストの手にも渡っていたことから彼ら自身が何処よりも早く作品をレコード化することが急務とされており、そこで彼らのマネジメントが出した結論が“トレメローズに伴奏をお願いする”ことだったそうだ。ジェフ・クリスティにとっては大いに不満だったらしいそのセッションは、元々彼が吹き込んだデモテープをなぞる様に進行されたものだったが、しかしさすがは当代の人気バンドだけあってヒットのツボを心得た演奏で、しかも現状の「クリスティ」の面々では演奏し直しても再現は恐らく不可能、という仕上がりだったため、このバージョンが最終的に「イキ」となりシングル盤が発売された。

 シングルがリリースされてからの「イエロー・リバー」の世界的な売れ方は、決り文句だが「歴史が語るとおり」。“よぉ後輩、オマエに仕事を引き渡すよ。俺は給金を受け取ってイエロー・リバーを渡り、故郷に帰るのさ。”という詞はすぐさま「ベトナムからの生還」を連想させ、各国で共感を呼んだそうだがクリスティ自身はそんなつもりはなく、小さい頃に本で読んだ南北戦争にまつわるエピソードを思い出して作った曲なのだとか。この曲はイギリスでナンバー1ヒットになったばかりでなくアメリカでもかなりのヒットを記録、日本でも親しみやすいメロディとコーラスがウケて1970年を代表する洋楽ヒットとなった。

 ・・と、長々と「イエロー・リバー物語」を書いたのは、このグループに関しては他に書くことが余りないから。アメリカにおける彼らのキャリアはこの曲でほぼ終了。イギリスではこれに続く「San Bernadino(『想い出のサンバーナディーノ』英6位)」がヒットしたが、後は尻つぼみ。「Christie featuring 〜」のCDにはこれらヒット曲と彼のオリジナル曲が多数収録されており、「イエロー・リバー」ほどのキャッチーさを持った曲は無いものの、ジェフ・クリスティがそこそこの才能を持ち合わせたソングライターであったことを証明する作品集になっている。ボーナス・トラックとしては別途CD化されたセカンド・アルバム以降に発表されたシングル音源(71〜72年)を8曲収録、そこには後期のヒット「Iron Horse('72英47位)」も含まれているので、普通にクリスティに興味のある音楽ファンであれば、このCDだけ買っておけば十分間に合うと思う。もう1枚の「For All Mankind」はクリスティの面々が何を考えたかハード・ロックバンドに生まれ変わろうとしたアルバムで、これは他に例えようがないくらいに退屈。日本でも発売されたシングル曲「Man Of Many Faces(気になる男)」が聴けるので、これが好きな方は入手しないといけないが、他に大した曲は入っていないので、わざわざ買う必要はないかも(って僕は買ってしまってるんだけど・・)という感じ。

 ただ、このCDには彼らが73〜75年にかけてリリースしたシングル音源がボーナス・トラックとして収録されており、このCD2枚を揃えればクリスティ70年代の「コンプリート録音集」が完成するので、彼らに人並み以上の思い入れがある方だったら、それくらいの出費はしてあげていいのかも、とは思う。ジェフ・クリスティはこれらの曲を引っさげて現在もオールディーズ・コンサートに出演を続けているそうなので、このコーナーをご覧の方で今後もしイギリスに行く機会があれば、当地のライブ情報をチェックして懐かしの「イエロー・リバー」をライブで聴いてみる、なんてオプションをツアー・プランに加えることをお薦めします。どんなもんでしょ?

収録曲等詳細:
Christie - The Best Pop Band Ever

(2005/4/10)

Early Girls Vol.4

Early Girls Vol.4 - VA
(Ace)



 英エイス・レコードの看板企画といえば「Golden Age of American R&R」シリーズ。その姉妹編的なものに“ガール・ポップ”に焦点を絞った「Early Girls」というシリーズがあり、先日その最新版が久々に発売された。

 1950年代半ば〜60年代半ばにリリースされた“ガール・ポップ”を各CDに28曲ずつ、しかもほとんどすべてがビルボードのHOT100入りを果たしている曲ばかりというこのシリーズは、このジャンルの入門編としてはこれ以上ない充実した内容を誇っているのだが、第1弾のクレジットを確認したら発売は1995年、もう登場から10年になる長寿企画なのだ。その後1997年、2000年と続編が発売され、今回は5年ぶりの第4弾。CDコレクターも、本当に気長に取り組まないとやっていられない。。

 収録されている曲はヒットしたものばかりなのでお馴染みの作品が多く、そこら辺は下のリンク先で確認していただけばいいと思うので、ここでは初CD化、またはそれに準ずる珍しい録音を中心に紹介してみたいと思う。このジャンルはコレクターの人気が非常に高いため、レコード盤起こしの怪しげなCDが各国で発売されていて何となくどの曲も既に持ってしまっている気になるのだが、この「Early Girls」はそれらを可能な限りオリジナルのマスターテープでCD化し、考えられないくらいの高音質で聴かせてくれる。

 オールディーズ・ファンにはよく知られたところでは、まずはフィル・スペクターが在籍していたことで知られるテディ・ベアーズの「Oh Why('59米91位)」、この正式なCD化は恐らく初めてではないだろうか?曲が盛り上がってくると音が歪んでしまうのは、当時まだ10代だったスペクターの“実験”の結果なのか?それとも単にマスターテープのコンディションの問題なのだろうか。もう一曲ティーン・ポップファンには人気の高いトレーシー・デイ「Teenage Cleopatra('63米75位)」は、驚異的な音質の向上で怪しげな“エジプト・サウンド”が耳に迫り「実はこんな曲だったんだー」と認識を新たに。因みにこの曲のプロデュースはフォー・シーズンズなどでお馴染みのボブ・クルー。その他比較的珍しい収録曲を挙げてみると

It Hurts To Be In Love - Annie Laurie ('57米61位)
Little White Lies - Betty Johnson ('57米25位)
Daddy-O - Bonnie Lou ('55米14位)
My Little Marine - Jamie Horton ('59米84位)
Ronnie - Marcy Joe ('61米81位)
To A Soldier Boy - The Tassels ('59米55位)
Little Tin Soldier - The Toy Dolls ('62米84位)
I Can't Take It - Mary Ann Fisher ('61米92位)

 などなど。何故か戦争関係のテーマの曲が多いのは、近年の世相を反映しての選曲だろうか?レイ・チャールズの伝記映画「レイ」でも彼の愛人兼バックシンガーとして描かれていたメリー・アン・フィッシャーが、彼と別れてから発表した「I Can't Take It('61米91位)」の収録は本当にタイムリー。レイ・チャールズ関係では彼のコーラス・グループ「レイレッツ」を脱退し、アール・ジーン・マクレアが再編したクッキーズの「Don't Say Nothin' Bad('63米7位)」も収録。彼女たちはその翌年ビートルズに「Chains」をカバーされ、ロック史研究家たちの必修項目となる。

Early Girls Vol.1 Early Girls Vol.2 Early Girls Vol.3

 R&Rブームが爆発する前夜の1954年から、ビートルズの登場で音楽シーンがガラリと変わる1964年まで、ヒットチャートを賑わした“ガール・ポップ”がこれで全112曲!「Early Girls」はオールディーズ・ファン必携のCDといえるだろう。まだお持ちでない方は、この機会に是非。

収録曲等詳細(発売元のサイト)

(2004/4/2)

Tell Him: The Decca Years - Billie Davis

Tell Him: The Decca Years - Billie Davis
(Spectrum)



 60年代ブリティッシュ・ビート時代のUKガール・ポップシンガーといえば、シラ・ブラック、ダスティ・スプリングフィールド、ルルにサンディ・ショウ・・・あと誰がいたっけ?ペトゥラ・クラーク?彼女は“ガール・シンガー”ではないでしょう。で、もう一人くらい名前を憶えておいてもいいかな〜、という方に是非ともお薦めしたいのがビリー・デイヴィス。誰?男??何がヒットしたの???

Billie Davis 簡単に言ってしまうと、ビリー・デイヴィスは先に挙げた女性シンガーたちほどの成功をおさめることが出来なかった、いわゆる「一発屋」。チャート本を調べると1963年にリリースしたエキサイターズのカバー「Tell Him」が唯一のTOP10ヒットで、それ以外は小ヒットがチラホラ。64年にビートルズ人気に乗じて制作された「ポップ・ギア」という映画があったが、そこでチャック・ウィリスのカバー「Whatcha Gonna Do?」を歌っていたショートカットの女の子、と書けば思い当たる方もいるかも知れない。デッカ・レコードでソロデビューを果たした彼女はその後レーベル数社を渡り歩き、67年に再びデッカに入社。翌年ルイ・ジョーダンのカバー「I Want You To Be My Baby」で久々にUKチャートに登場し(最高33位)、以降リリースしたシングル音源と70年に発表した彼女唯一のアルバムが、デイヴィス自身も選曲に関わった今回のCDの主要部分を占めている。

 オリジナル・リリース順に印象に残った作品を紹介していこう。67年に彼女がデッカに復帰し最初にリリースしたのはゴフィン&キングのペンによる「Wasn't It You」。この夫婦にとってかなり後期の作品と思われるこの曲は、かなり沈んだ様子のメロディが登場するポップ・ナンバー。続いてその年の10月にリリースしたのが、イーヴィ・サンズ「Angel Of The Morning」のカバー、というより、リリース時期を考えるとほぼ同時かむしろ彼女のバージョンの方が早いのかも知れない。因みにメリリー・ラッシュ盤がアメリカのHOT100に登場するのは、この翌年の5月のこと。メリリー・ラッシュ同様ビリー・デイヴィスもその後「Angel Of The Morning」の作者チップ・テイラーが書いた「Billy Sunshine」を録音しており、当時サンズとテイラーが生み出した作品が、如何に他のアーティストたちに注目されていたかが窺える。

 あけて68年には前述の「I Want You To Be My Baby」が登場。目出たくヒットを記録したが、サウンド的にはポップ過ぎて時代を何年か後戻りしてしまったような印象。残念ながら彼女はこれに続くヒットを生み出すことが出来なかったが聴いてみる限りそれは作品の質の問題ではなく、時代のタイミングが合わなかったということなのだろう。どれも非常に誠意あるプロデュースが施されており、この時代のベストの部類のポップスと比較してもなんら遜色はない。聴きどころとしてはジミー・ロジャースのカバー「It's Over」、キャロル・ベイヤー・セイガーとトニ・ワインが共作した「Nobody's Home To Go Home To」あたりか。

 なかなかヒットを飛ばすことの出来ない状況が続いた彼女、しかし70年には何故かその彼女にアルバム制作のチャンスが訪れる。結果的に彼女唯一のオリジナル・アルバムとなったこの作品は、約半分が既発のシングル音源で占められていたようだが、このCDに収録された音源を聴く限りその質は大変高く、後追い世代の音楽ファンとしてはこんなアルバムを残してくれたことに感謝するばかり。特に聴きものなのがアルバム用に録音されたジェスロ・タルのカバー(!)「Living In The Past」で、これはちょっとした感動もの。

 CDの最後にはボーナスとして彼女が63年に録音した初期作品も数曲収録。彼女最大のヒット「Tell Him」が聴けるのは有り難いが、アルバムの流れの統一感を損ねている印象は否めない。個人的には67年以降のコンプリート録音集という形で出してくれればよかったのに・・と思った。いずれにしても、これまでよほどのマニアでない限りその存在を知ることのなかったビリー・デイヴィスの評価は、このCDで大きく変わることになるだろう。あとは70年のアルバム、その名も「Billie Davis」のリリースを待ちたいところ。

収録曲等詳細(The Official Billie Davis Home Page)

(2005/4/2)