八亀's Picks - February 2005

過去の八亀's Picks

2.26 A Rose By Any Other Name - John Carter
2.26 Bubble Pop: 20 UK Pop Oddities
2.21 The Complete Motown Singles, Volume 1
2.21 She Cried/Come a Little Bit Closer - Jay & The Americans
2.12 From Burbank To The Bay Area - VA
2.12 The Complete Mickie Most Recordings - Lulu
2.11 Lost Treasures - Herb Alpert & The Tijuana Brass
2.11 The Love Songs Collection - B.J. Thomas
2.03 The Fabulous Fifties - Hits of '54

A Rose By Any Other Name

20 UK Pop Oddities


A Rose By Any Other Name - John Carter (Rev-Ola)
Bubble Pop: 20 UK Pop Oddities - VA (RPM)



 ここ1〜2年の再発シーンで密かな充実を見せているのが“ブリティッシュ・バブルガム”もの。60年代後半にアメリカで盛り上がった“バブルガム・ミュージック”が海を渡ってイギリスでも盛んに制作され、70年代に頂点を迎える様子が、意欲的なコンピレーションの数々によって次第に解き明かされつつある(と思う)。この年末や年初にもその類いのCDが発売されているので、その中の2枚をご紹介。

 まず1枚目はジョン・カーターの録音集。2003年に紹介したコンピレーション「Measure For Measure: The John Carter Anthology」は今も時折バックナンバーを読んでCDを購入して下さる方のいる当コーナーの“人気アイテム”なのだが、昨年末にその続編的な「A Rose By Any Other Name」が発売されている。こちらは彼自身の名義による作品はなし、60年代後半から70年代半ばにかけて制作された架空のプロジェクトによる作品ばかりが集められたというまさに“バブリー”な1枚。

 彼の活躍に関する基本情報は「Measure For Measure」の項を読んでいただくとして、ここでは追加事項を。件のCDには1966年にニュー・ヴォードヴィル・バンドがヒットさせた「Winchester Cathedral(『ウィンチェスターの鐘』米1位/英4位)」の彼によるデモ録音が収録されており「自分の作品でもないのに何故彼が歌っているんだろう?」みたいなことを書いたのだが、これがとんでもない思い違い。ご存じのとおり彼はアイヴィ・リーグ時代からセッション・ボーカリストの仕事を精力的にこなしており、実はこの曲のマスター・テイクも彼がリード・ボーカルをとっていたのだとか。ってことはジョン・カーターは“全米ナンバー1シンガー”だったのか・・。そんなこと、これまでどの本にも書いてなかったよね。「ウィンチェスターの鐘」はその年のグラミー賞で、よりによってビーチ・ボーイズの「グッド・バイブレーションズ」を差し置いて「最優秀歌曲賞」を獲ってしまうのだが、ビーチ・ボーイズの熱烈なファンであるカーターは、この出来事について今も心苦しい思いをしているらしい。

 このCDに収録されている作品で、もっとも人に知られているのがオハイオ・エクスプレスの「Cowboy Convention('69米101位)」。アメリカのバブルガム・プロジェクトだが、この時期は曲ごとに制作者や参加者が変わり(国籍さえ!)シングルが発売されていた訳だ。その他アイヴィ・リーグ時代からの相方ケン・ルイスや「ウィンチェスターの鐘」の首謀者ジェフ・ステーブンス、カーターの妻であるジル・シェークスピアらとの共作で、出すレコード毎にプロジェクト名が変わるような目まぐるしい活躍ぶり。時期的には「フラワー・ポット・メン」と「ファースト・クラス」のギャップを埋める作品集と言えばいいだろうか。勿論カーターが関わっているだけあってどれも楽しめる作品ばかりだし、「Measure For Measure」の世界をより深く、広く楽しんでみたいという音楽ファンには恰好のCDだと思う。

 もう一枚はRev-Olaとは兄弟のような関係のレーベルRMPが一昨年から出している「Lipsmachin' 70's」というシリーズの第5集。70年代のレアなポップスを集めたこのシリーズはテーマによって内容が良かったり良くなかったりするのだが、今回はなかなか面白くてテーマは「UKレコードのバブルガム・ポップ集」。初期の10CCの作品等によりロックファンに知られるレーベル「UK」の主催者はジョナサン・キングという男で、話はそこから始まる。

 近年は性犯罪で逮捕されたことで随分とその評価にケチがついてしまった印象のあるキングは1944年生まれ。学生時代に発表した「Everyone's Gone To The Moon(『月へひととび』'65米17位/英4位)」の成功をきっかけに音楽シーンに登場した彼は、アーティスト活動も続けながら裏方仕事も精力的にこなし、70年代には8つの変名でUKチャートヒットを放ったという変わり者。そんな中72年に設立したのが「UK」で、そこからは一連の“変名もの”シングルに加え、ティーン・アイドルたちのバブルガム・ポップが多数リリースされている。

 キングは71年にまだレスリーのいなかった頃のベイ・シティ・ローラーズのヒット「Keep On Dancing(英9位)」を制作した実績もあるようにこの手のポップスは得意分野だったようで(さすが少年好き!)「Bubblepop」にはリッキー・ワイルド、ブレンドン、サイモン・ターナーといった美少年たちの作品がずらりと並んでいる。いずれもチャートで成功した記録は残っていないが、ある時点における彼らの人気の“瞬間最大風速”はかなりのものだったそうだ。中でも注目はマーティ・ワイルドの息子リッキー(ってことはキム・ワイルドの弟だ)で、10歳そこそこの彼が懸命に声を張り上げる「I Am An Astronaut(ホットレッグスのヒット「ネアンデルタール・マン」のパロディ)」は相当な珍品。中には相当お手軽に作られた作品もあるが、変わったタイプのポップスをお好みの方には結構楽しめる内容ではないかと思う。

Round the Gum Tree: The British Bubblegum Explosion! Strawberry Bubblegum - A Collection Of Pre 10cc Recordings Buttercups & Rainbows 

 ついでに近年出された“ブリティッシュ・バブルガム”のコンピレーションを紹介。「Round the Gum Tree: The British Bubblegum Explosion!」はアメリカでジェリー・カセネッツとジェフ・カッツという2人のプロデューサーが発展させた“バブルガム・ミュージック”がイギリスでどのように受け止められ、カバー作品からオリジナルの習作が制作されてその後どのようにジャンルが確立されていったか?という非常に深いテーマに取り組んだコンピレーション(しかし作品は非常に軽い)。「Strawberry Bubblegum - A Collection Of Pre 10cc Recordings」は後の10CCのメンバーたちが制作した有名無名のバブルガム作品(残念ながらホットレッグスの収録はなし)を徹底的に集めた一枚で、これはUKポップファンは要注目でしょう。最後はこのジャンルの最高峰、トニー・マッコウレイとジョン・マクロードの作品を50曲たっぷり楽しめる「Buttercups & Rainbows」、これはポップスファン必携盤。

曲目等詳細(発売元のサイト)
A Rose By Any Other Name - John Carter
Bubble Pop: 20 UK Pop Oddities

(2005/2/26)

The Complete Motown Singles, Volume 1

The Complete Motown Singles, Volume 1; 1959-1961
(Hip-O Select)



 先日バカラックのボックス・セットを紹介した時にチラッと触れた「モータウン関係の大変な大型企画」がこれ。モータウン及びその系列レーベルが発足以来リリースしたシングル音源すべてをCD化していこうというとんでもない企画がスタート。まず第一弾は1959年から61年までの3年間に発売された作品(バージョン違いを含む)を155曲6枚のCDに収録、これは聴くのが大変だ!

 デトロイト出身、元ボクサーでソングライター志望のベリー・ゴーディJr.が業界で名を知られるようになったのは、ジャッキー・ウィルソンの「Reet Peteet(57年米62位)」のヒットがきっかけ。作曲依頼が方々から舞い込むようになり、順調なソングライター稼業に乗り出すかに思われた彼だったが、当時のいい加減な著作契約により6曲連続で手がけたウィルソンのヒット曲から殆ど印税を得られないことを知り愕然。一転して自分でレコード会社を興すことに情熱を傾けるようになる。

 親族から資金を借り、58年の暮にレコーディングを行ったのがジャッキー・ウィルソンを更に線を細くしたようなタイプのシンガー、マーヴ・ジョンソンの「Come To Me」という曲で、出来上がったシングルには新レーベル「Tamla(当初デビー・レイノルズの主演映画に因んで「Tammy」としたかったそうだが、この名称は既に押さえられていたのだとか)」の最初のナンバー“101”がふられてリリースされた。地元デトロイトでの好評を聞きつけたユナイテッド・アーティスツがこの曲の全国配給を申し出、結果シングルは全米チャートで最高30位(R&Bチャートでは6位)を記録。非常に順調な滑り出しに見えたレーベル運営だが、ここからが大変だった・・。

 マーヴ・ジョンソンの契約は結局ユナイテッド・アーティスツに買い上げられ、ゴーディは再び“外部制作者”の立場に。ジョンソンのヒットは暫く続いたが、肝心の「Tamla」からは続くヒットが生まれず。試行錯誤の末なんとかヒットにこぎ着けたのが、地元の青年ウィリアム“スモーキー”ロビンソンが率いるミラクルズの「Bad Girl('59米93位、このシングルで初めて「Motown」のレーベルが登場する)」で、こちらはシカゴのチェス・レコードを通じて全米チャートに登場。続いてやはりチェスの子会社だった、ゴーディの姉が経営するレーベル「Anna」に音源をリースしたバレット・ストロングの「Money (That What I Want)」がR&Bチャートで2位(ポップでは23位)まで上る大ヒットを記録・・と、目立った成功はこれくらい。それ以外に発売したシングルはことごとくチャートインを逃し、後の“ヒッツヴィル”は非常に苦しい2年間を過ごすこととなる。

 ・・と、景気のよくない話が続くが、そんな中後にヒットメーカーに育つ人材は着々と集まりつつあった。前述のミラクルズは勿論、マーヴ・ジョンソンの「Come To Me」の録音時には既に後の「ファンク・ブラザーズ」のかなりの部分が揃っていたというし、20世紀最高のソングライター・チームの一つとなるエディ&ブライアン・ホランド兄弟もレコーディングを経験。不発に終わった作品の中にも面白いものがあって、同社が初めて契約した白人グループ、ニック&ザ・ジャガーズ(略してニクジャガ!)の「イチボン(一番)ナンバー1」はガレージ・マニア必聴のインスト・ナンバーだし、シングルを6枚も出しながら1曲もヒットを出せなかったボーカル・グループ、サテン・トーンズなどは他のCDではちょっと聴けない。その他後のサウンドの洗練からは想像出来ない結構ブルージーな作品もあったりして“ノーザン・ソウル”のルーツが窺えるような作品が並んでいる。

写真は3人前です。 その雰囲気が徐々に変わってくるのは、ミラクルズがブレイク作「Shop Around('61米2位)」を放ってから。ボックスを聴き進めていくと2枚目のCDではメリー・ウェルズが初登場し、以下3枚目シュープリームス、4枚目マーヴィン・ゲイ、5枚目マーヴェレッツ、6枚目テンプテーションズと目の眩むようなスター(多くはまだヒットを生み出すに至らなかったが)たちが次々と登場。その後は決まり文句“The Rest is History”で片付けたくなるような成功また成功の「モータウン物語」が続く訳だが、ここではそれ以前、まだ“一介の弱小R&Bレーベル”だったモータウンの姿がしつこいくらいに楽しめる内容になっている。なおボックスはバカラック同様SP時代の“アルバム”仕様、それにCD6枚と豪華ブックレット、更にオマケとしてバレット・ストロング「Money」のレプリカ7インチ・シングル(勿論音も聴ける)が封入されているという非常に凝った作り。このオマケのシングル、今後のボリュームには何が付けられるのかも楽しみだ。

 とりあえずこのボックスに収録されている作品のチャート成績をリスト(シリーズの新しいボリュームが出る度にどんどん長くなっていく予定)にしてみたので、興味のある方は下のリンクをご覧になってみていただきたいが、全155曲中ヒットチャートに登場したのは17曲のみ、しかもうち14曲は1961年以降にヒットしているから、如何に立ち上がり時期のモータウンが苦労を重ねたかがわかろうというもの。今後このシリーズは数ヶ月おきに年別のボックスが1972年編(モータウンの本社がデトロイトからロサンゼルスに移る直前)まで発売されるという。全12巻。第1集は118ドル(送料別)したから、全部買うとしたら単純計算でも15万円以上!「週刊和風ドールズ・ハウス」どころの騒ぎじゃないね。今後どんどん音楽的にも面白くなってくるのはわかりきっているし、何処まで興味と体力(あと勿論お金も)が続くか・・。まずはこれまでに買った60年代モータウンもののCDを全部売っ払って、ボックスを置くスペースを確保しないと。それが先決だ。

The Complete Motown Chartgraphy 1959-72 (Part 1)

(2005/2/21)

She Cried/Come a Little Bit Closer

She Cried/Come a Little Bit Closer
- Jay & The Americans (BGO)



 60年代の人気ボーカル・グループの一つ、ジェイ&アメリカンズ。グループのリード・ボーカリストといえばジェイ・ブラックだが、彼の前に“初代ジェイ”がいたことを知っている方は、オールディーズ・ファン中級者以上であるといっていいだろう(その程度?)。

 ジェイ&アメリカンズは1959年にロング・アイランドで結成された白人ドゥワップ・グループ「ハーバー・ライツ」を前身としている。リード・ボーカルにやはり地元のグループで活躍していたジョン“ジェイ”トレーナーを加えた彼らは売れっ子ソングライター/プロデューサー・チーム、リーバー&ストーラーに紹介されレコード契約を結ぶ。メンバーチェンジが繰り返されたため当時正式なグループ名を持たなかった彼らにリーバー&ストーラーは「ビンキー・ジョーンズとアメリカンズ」と命名しようとしたが、改名を拒んだトレーナーの提案により名称は「ジェイとアメリカンズ」に落ち着くこととなった。

 ジェイとアメリカンズが最初にリリースしたシングルは、映画「ウエスト・サイド物語」からのナンバー「Tonight」。お馴染みのバーンスタイン・ナンバーをドリフターズ調にリメイクしたなかなかユニークな録音だったが、市場ではフェランテ&タイシャーのインスト版に人気が集まりこの曲はチャートインを逃す。続くアップ・テンポなナンバー「Dawning」もやはり当時リーバー&ストーラーが手がけていたドリフターズ風のダイナミックなストリングス・アレンジが冴える佳曲だが、こちらも全国的なヒットには至らず。しかしニューヨークから遠く離れた西海岸のラジオDJがこのシングルのB面曲に注目したことから、彼らの運命は大きく変わる。

 そのB面曲「She Cried」は、イタリア系白人グループである彼らの特色がよく出された“カンツォーネ風”ホワイト・ドゥワップ。予想外の好評を受けて再プロモーションがかけられたこのシングルは62年に最高5位を記録する大ヒットとなり、すぐさま録音されたのがアルバム「She Cried」。リーバー&ストーラーは彼らを“白人版ドリフターズ”として売り出そうとした気配が濃厚で、アルバムには「Save The Last Dance For Me」「Stand By Me」「Spanish Harlem」等関連曲が並べられており、オリジナル曲の方もそれに準じた作風のナンバーで占められている。これらのレパートリーを引っさげてツアーを廻った彼らだったが、偶発的に生まれた「She Cried」に続くヒットを生み出すことがなかなか出来ず、ツアーに疲れたトレーナーはソロに転向するためグループを脱退。アメリカンズは新しいボーカリストを迎える必要に迫られた。

 活動継続のためにグループはボーカリスト・オーディションを行い、50年代に流行ったオペラ調のナンバー「Cara Mia(後にアメリカンズもこれをレコーディングしヒットさせる)」をアカペラで歌って採用されたのが、メンバーのマーティ・サンダースが別ユニットで活動をともにしていたデヴィッド・ブラットというシンガー。グループの看板を引き継ぐため“ジェイ・ブラック”と改名した彼はダイナミックに朗々と歌い上げるタイプで、グループのサウンドに新たな魅力を与えることとなる。内容はいいものの不成功に終わった何枚かのシングルの後63年にリリースしたのが、バリー・マンとシンシア・ウェイル作の「Only In America」。これは元々ドリフターズのために録音されたが「僕のような貧しい者でも、アメリカでは成功を夢みることができる。」という内容を黒人グループが歌うのは少々刺激が強過ぎるとアトランティック・レコードに判断されてお蔵入りとなるところをリーバー&ストーラーがセッションごと買い上げてアメリカンズのボーカルをダビング。全米チャートで最高25位と、彼らにとって久々のチャートヒットとなった。

 アルバム「Come a Little Bit Closer」はこの時期に彼らがリリースしたシングル作品を中心に制作されたもの。タイトル曲は64年に最高3位と彼らにとって最大のヒットとなったナンバーで、後にモンキーズのメイン・ライターとして大成功を収めるトミー・ボイス&ボビー・ハートの作品。他の収録曲ではリーバー&ストーラー作品が大幅に減っており、バカラック・ナンバー「Look In My Eyes Maria」と「To Wait For Love」の収録には要注目。ヒット曲は前述の「Only In America」と「Come a Little Bit Closer」に「Come Dance With Me(63年76位)」の3曲のみと少ないが、その後ビートルズをはじめとするイギリス勢のブームに押し流されることなくヒットを放ち続けた彼らの“基礎固め”が為された時期の作品集として聴きどころは多い。

Jay and the Americans/Sunday and Me Livin' Above Your Head/Try Some of This Sands of Time/Wax Museum 

 ジェイ&アメリカンズのアルバムは、これで63年の疑似ライブ(?)「At the Cafe Wha?」と70年のラスト作「Capture The Moment」を除くすべてがCD化されたことになる。ジェイ・ブラックを中心とする彼らのスタイルが完成した「Jay and the Americans (Blockbusters)」と「Sunday and Me」のカップリング、サイケデリック・サウンドにも色気を見せた「Livin' Above Your Head」と「Try Some of This」、R&Rリバイバルの波にのり大成功を収めた「Sands of Time」と「Wax Museum」、いずれの時期も各々の楽しみ方がある。順番に聴いてみるもよし、好みの時期を選んで聴くもよし。

曲目等詳細(発売元のサイト)

(2005/2/21)

From BurbankTo The Bay Area

From Burbank To The Bay Area: Barrio Breaks, East Bay Grease, Folk Funk & More From The Vaults Of Atlantic, Reprise, & Warner Bros 1967-75 (WSM)


State of California これまでも何度か紹介している英ワーナーのR&B系コンピレーションはどれも内容がよくて、毎度リリース情報を楽しみに待っている。今回届いたのは、多分これまでで最もマニアックに凝った内容。タイトルは「バーバンクからベイ・エリアへ」意味わかる?

 アメリカのワーナー・ブラザーズ本社があるのがカリフォルニア州はバーバンク(ロサンゼルスのすぐ傍)。映画の都ハリウッドがあり、一方でメキシコ系移民“チカーノ”が独自の文化圏を形成している。ベイ・エリアはそこから北上してサンフランシスコやオークランドなどサンフランシスコ湾を取り囲む一帯のことを指す。60年代はヒッピーの聖地であり、後には“ベイエリア・ファンク”と呼ばれる音楽が盛り上がった土地。このCDはこのカリフォルニアの2点を結ぶ地域で生まれたグルーヴ、さらにそれらに通じる雰囲気を持った作品を20曲詰め込んだ意欲的なコンピレーションである。

 アルバム冒頭に収録されているのは、なんとアイズ・オブ・マーチの「Vehicle('70米2位)」でいきなりコケそうになるが、考えてみるとこの曲を“グルーヴ”という観点で評価したことはなかったような気がする。シカゴ出身のブラス・ロックバンドだが、ブラス・ロックとベイエリア・ファンクは随分と共通した感触があり、こうして並べてみると若干年代の違いはあってもすんなり聴けてしまうから不思議だ。ブラス・ロック系では他にこのジャンルでは元祖に近い存在、ブルース・プロジェクトの元メンバーが結成したシートレインによる「Flute Thing(ブルース・プロジェクト作品のリメイク)」が聴けるし、ベイエリア・ファンクとしてはその代表的存在のタワー・オブ・パワーが3曲、コールド・ブラッドが2曲、ハマーが1曲(そういえばMCハマーもベイ・エリア出身だが、こちらはそれとは全然関係ないロックバンド)と、このCDの重要な部分を占めている。

 続いては“チカーノ・グルーヴ”。チカーノ系で最も成功したミュージシャンはカルロス・サンタナだが、ここには彼の弟ホルヘ・サンタナが率いるマロの「Oye Mama」が収録されている。強烈なラテン・グルーヴ。ただこの地域のバンドは血筋に関係なくラテンの要素を取り入れるのは当たり前のようになっており、この曲の前にはハマーの「Tuane」が入っているのだが、全く一つの流れとして聴けてしまう(選曲者のウデ?)。もう一つバーバンクで重要な要素は当たり前だけれど「ワーナー・ブラザーズ・スタジオ」の存在で、ここでの仕事を求めて各地から腕利きのミュージシャンが集結しており、中でも当時売れっ子セッション・ギタリストとして名を馳せていたのがダニー“クーチ”コーチマー。彼が結成した「ジョー・ママ」は日本では「名盤探検隊」などによりお馴染みの存在となっているが、ここではファンキーな「Love'll Get You High」が聴ける。

 このシリーズのお約束としてCD後半は“チルアウト・タイム”に突入。ケニー・ランキンによるブラジリアン・ジャズ風の「In The Name Of Love」、再び登場ダニー・コーチマーの「For Sentimental Reasons」に続いて登場するのがマリア・マルダーの「Midnight At The Oasis('74米9位)」。いやぁ、いい感じだ。“プログレッシブ・フォーク”グループ、ショー・オブ・ハンズのヴァン・モリソン「Moondance」カバーは“モッド・ジャズ”と言ってもいいヒップさで、これはアルバムも探してみたい。

 カッコいいなぁ、このアルバム。今から10年かもうちょっと前、週末になると都内のクラブに方々出入りしていた時期に頻繁に耳にしたタイプの音楽を思い出す。当時のガールフレンドにプレゼントしたくなるようなCDだ。多分あげてもまた「ちょっと違う・・。」と言われておしまいなのかも知れないけれども。

(2005/2/12)

The Complete Mickie Most Recordings

To Sir With Love: The Complete Mickie Most Recordings
- Lulu (EMI)



 ヘビー・ユーザーの方だったら「うんうんわかる。」と言っていただけると思うけれども、amazon.co.jpって酷いよね!バラバラに注文した品が何週間も待たされた挙げ句、ほぼ同時にドカァーンと届くという。「amazonは月一回、タンカー級の船で在庫を輸送してるんじゃないか??」というのが仲間内の専らの噂。先日も年末から1月にかけて注文したCDが、2日間に6枚別々に届いてポストはほとんどパンク状態。こんなこと毎月やってたら、マンションの管理人に怒られちゃうよ・・。

Something To Shout About - Lulu & The Luvvers そんな事情もあって三連休だというのに目の前に積み上がったCDと格闘しつつこの文章を書いている。60年代イギリスで活躍したガールシンガーの中で、実力がある上にとびきり可愛い女の子といえばルルでしょう。1948年生まれのメアリー・マクドナルド・マクラフリン・ローリーがアイズリー・ブラザーズのカバー「Shout('64英7位/米94位)」で音楽シーンに登場したのは彼女がまだ15歳の時。その迫力あるボーカルはビートルズの面々が実際彼女に逢うまでアメリカの黒人であると信じて疑わなかったというエピソードが残されているほどの本格派で、当初はルーヴァーズを率いたグループ形態でレコードをリリース、都合4曲のUKチャートヒットを放ったが、ビート・ブームの衰退とともに彼女も一時シーンをフェイドアウト。キャリア・アップのため彼女がコンタクトをとったのが、アニマルズやハーマンズ・ハーミッツのプロデュースで大いに当てていたミッキー・モストだった。

 この2枚組39曲入りのCDには、ルルがモストと組んで録音した67〜69年の作品が収められている。この時期の彼女の代表作といえば、なんといっても67年に全米ナンバー1ヒットを記録したシドニー・ポワチエ主演映画のテーマ曲「To Sir With Love(いつも心に太陽を)」。“1967年”という雰囲気たっぷりのサウンドに彩られたバラードだが、考えてみたらこの曲がヒットした時彼女はまだ18歳だったのだ。イギリスでこの曲は彼女にとって復活ヒットとなったニール・ダイアモンド作の「The Boat That I Row('67英6位)」に続く「Let's Pretend(英11位)」のB面に収録されたためヒットは記録していないが、いずれにしてもルルとモストのコラボレーションは、幸先のいいスタートを切ることとなった。

 この時期2人は7曲のUKヒットと4曲の全米ヒットを放った(勿論すべてこのCDに収録)が、英米両方でヒットを記録したのは「Me, The Peaceful Heart('68米53位/英9位)」のみで、この大西洋両岸でのイメージのギャップが彼女を売りにくくしたのかも知れないし、また「To Sir 〜」を提供したマーク・ロンドンとドン・ブラックの2人こそいたものの、時代に則した強力なヒットを生み出すソングライターに恵まれなかった点も全米ナンバー1をきっかけとした成功を維持することが出来なかった一因なのかも知れない。結局彼女はその才能に見合った内容のアルバムを残すことが出来なかった。これは多分にミッキー・モストの制作ポリシーに一貫性が欠けている点が最大の要因になっているのだと思うが、他愛ないポップから当時の最新ヒットのカバー、スタンダードまでアルバムには見境なく詰め込まれている。ルルは器用な歌手だから、そのいずれも歌いこなせてしまうのだが、出来上がった作品の統一感のなさは如何ともし難い。曲を個別に評価すれば、非常に魅力的なシングル曲などもあるのだが。

 モストに与えられるポップ作品の録音に満足出来なかった彼女は、アトランティック・レコードと契約を結びメンフィスやフィラデルフィアで意欲作を次々と制作していたダスティ・スプリングフィールドがさぞかし羨ましかったことだろう。その彼女にアトランティックから声がかかり、大喜びで録音したのが69年の佳作「Oh Me Oh My (I'm A Fool For You Baby)(米22位/英47位)」で、その後ビー・ジーズのモーリス・ギブとの結婚のため一時歌手を休業。73年に離婚すると再び音楽シーンに復帰、70年代、80年代と断続的にヒットを放ち、ついにUKチャートのトップに立ったのは44歳の彼女がボーイズ・バンド「テイク・ザット」と共演した「Relight My Fire」でだった。その後も彼女の活躍は続き、最新ヒットは元ボーイゾーンのローナン・キーティングと組んだ2002年の「We've Got Tonight(英4位)」だからチャートキャリアはなんと40年!そんな彼女の最も輝かしい(彼女自身にとってはベストではないかも知れないが)時期の録音集、この時代のポップス・ファンであれば聴いておいて損はないだろう。

(2005/2/12)

Lost Treasures - Herb Alpart & The Tijuana Brass

Have A Heart: The Love Songs Collection


Lost Treasures - Herb Alpert &
The Tijuana Brass (Shout! Factory)
Have A Heart: The Love Songs Collection
- B.J. Thomas (Varese Sarabande)



 洋楽マニアの間でハーブ・アルパートが話題に上ることはめったにない。“イージー・リスニング”というジャンルのイメージがそうさせているのかも知れないし、ヒットアルバムがあまりに多過ぎて焦点が絞りにくいのも理由の一つなのかも知れない。アーティストとして活躍したばかりでなく、60年代〜90年代にかけてレコード産業史上もっとも成功を収めたインディ・レーベルの一つA&Mで社長も務めた彼はレーベルを現ユニバーサルに売却、その後ビジネス・パートナーのジェリー・モス(A&Mは“アルパート&モス”の略である)とともにA&M以前に短期間立ち上げていたレーベル「アルモ・サウンズ」を再興。そこでガービッジなどを成功させ、アルパート自身もソロ・アルバムを発表している。

 A&Mのカタログは現在もユニバーサルの貴重な財産として再発が繰り返されているが、やはり自分の作品には相当愛着があると見え、再発専門レーベル「シャウト!ファクトリー」を通じて本人監修の再発プロジェクト「Herb Alpert Signature Series」がスタートすることとなった。その景気づけのためか、まず最初に発売されたのが未発表及びレア作品集の「Lost Treasures」で、これがなかなかの内容。

 プロジェクトを進めるにあたってアルパートは当時残されたマスターテープすべてを聴いたのだそうで、そこで驚いたのが膨大な数の未発表音源の存在。録音したことすら憶えていない曲や彼のトランペットをかぶせる前にボツにしてしまった物などもあり、それらを注意深く選りすぐり、必要があれば新たに音を追加して完成させたのが22曲入りのこのアルバム。“オリジナル”ティファナ・ブラス30数年ぶりの新作といってもいいかも知れないこのCDには、数々の発見がある。

 印象に残ったトラックを挙げていこう。意図されたことかどうかわからないが、このCDには“ソフト・ロックファン”なら興味を惹かれずにいられないカバー曲が幾つも収録されている。例えばスパンキー&アワ・ギャングの「Lazy Day」、ニルソンの「柳の嘆き」、ニノ&エイプリル(渋い!)の「I Can't Go On Living, Baby, Without You」などなど。さらにスキャット入りのジェイムス・テイラー「Fire & Rain」にサンバ・ビートの「(They Long To Be) Close To You(遥かなる影)」とくれば、聴いてみない訳にいかないでしょう。特に「遥かなる影」はアルパートがナンバー1ヒット「This Guy's In Love With You」に続くシングル候補として録音したものだそうで、出来上がってみたらあまり彼向きでないという結論に至り、代わりにカーペンターズに録音を勧めたといういわくつき。アルパートはライナーで「あの判断は彼らにも、A&Mにとっても素晴らしい結果をもたらした。」と書いている。

 加えてA&Mといえばバカラック!ということで「遥かなる影」の他にもここでは「Promises, Promises」「I Might Frighten Her Away」「雨に濡れても」「恋よさようなら」といったバカラック・ナンバ−が楽しめ、その点でもポップス・マニアには見逃せない。CDの後半はややありきたりな“ティファナ・サウンド”が続いて少々ダレるが、CD前半部分だけでも十分価値のある一枚。なお同時にティファナ・ブラス初期の代表作2枚(下掲ジャケット)も発売されているが、「デラックス・エディション」と謳っている割にはボーナス・トラックの収録はなしとややショボい仕様になっている。今まで彼のCDを買ったことがない音楽ファンにはいいかも知れないけれども、過去に何枚か購入済の者には手が伸び辛いシロモノか・・。今年中には彼らすべての60年代作品を再発するそうで、僕は密かにアルパートの“ボーカル・アルバム”の再発を楽しみにしているのだが、その願いは叶うだろうか。

The Lonely Bull [Deluxe Edition] South of the Border [Deluxe Edition] 

 もう一枚はB.J.トーマスのレア録音集。このコーナーで余り書く機会がないのだけれども、B.J.トーマスは本当に好きな歌手で、新しいコンピレーションが出たらできるだけ入手するようにしている。とはいえ似たような内容のベスト盤があまりにも多いので、結局は購入見送りとなってしまうことも多いのだが。このCDの目玉はセプター時代の未発表音源8曲。中でもまっ先に聴いてみたくなるのがバリー・マン&シンシア・ウェイル作品2曲で、トーマス、マン、ウェイル3人の名前がクレジットに並べば、それはもう宝石の輝き(大袈裟な)。「This Is A Love Song」「A Long Way To Go」ともに「Rock and Roll Lullaby」級の名曲ではないが、どちらも立派なカントリー・ポップ。ポップス・マニアにとっての宝物が増えた気分。

 続いてここでも登場するのがバカラック・ナンバー。以前ディオンヌ・ワーウィックの時に紹介したデュエット・バージョンのような“ビッグ・サプライズ”はさすがに登場しないが「I Just Don't Know What To Do With Myself」の抑制のきいたボーカルは、思わず「うめぇ〜!いいねぇ!」と声をかけたくなるような出来。その他の未発表曲の中では作曲者不詳の「Shades Of You」と「Blue」がスケールの大きい南部サウンド(ホーン入り)で、この路線を彼が進んだら、どんな展開があったんだろうと思わずにいられない。

 既発表ものでは唯一収録されているヒットが「I Just Can't Help Believing(『君を信じたい』'70米9位)」、これはいうまでもなくマン&ウェイルによる超名曲。他はR&Bのカバーが多く、ここら辺はオリジナル・アルバムでまとめて聴きたいなー。中には「No Love At All('71米16位)」のシングルB面に収録されていた「Have A Heart(作曲はクラシックス・フォーでの仕事などで知られるバディ・ビューイ)」なんて珍しい曲も聴けることは聴けるのだが。

 こういうアルバムが出てくれるのは嬉しいけど、まずは彼のセプター時代のすべてのアルバムをCD化した後で(もしくはそのボーナス・トラックで)やっていただきたいなぁ、というのが正直なところ。本当にお願いしますよ、彼のオリジナル・アルバムCD化。

曲目等詳細(発売元のサイト):
Lost Treasures - Herb Alpert & The Tijuana Brass
Have A Heart: The Love Songs Collection - B.J. Thomas

(2005/2/11)

The Fabulous Fifties - Hits of '54

The Fabulous Fifties - Hits of '54
(ASV/Living Era)



 再発もののCDを熱心にリリースしているレーベルの多くは、1月中は活動を休止しているようで新譜がなかなか届かない。この「Editor's Pick」も昨年末に入手した物やその他の話題で一ヶ月つないだが、2月に入ってようやく“2005年製造”マークの入ったCDが到着。ヨーロッパの「著作権50年ルール」は今年も継続ということで、昨年紹介した「1953年のヒット曲集」に続く1954年編がASV/Living Eraから“新年のご挨拶”のごとく発売されたので早速ご紹介。

 R&R以前のポピュラー音楽を聴き漁るチャートファンだったら知らぬ者はいないこのシリーズ、近年は選曲もかなりチャートヒットにこだわったものになっていて、今回は全27曲中実に16曲までがアメリカまたはイギリスのチャートでナンバー1を記録している。1位になった日付順に曲を並べてみると

O Mein Papa - Eddie Calvert (UK)
Secret Love - Doris Day (US/UK)
Make Love To Me! - Jo Stafford (US)
Wanted - Perry Como (US)
Such A Night - Johnnie Ray (UK)
Little Things Mean A Lot - Kitty Kallen (US/UK)
Cara Mia - David Whitfield (UK)
Sh-Boom - The Crew-Cuts (US)
Three Coins In The Fountain - Frank Sinatra (UK)
Hey There - Rosemary Clooney (US)
Hold My Hand - Don Cornell (UK)
This Ole House - Rosemary Clooney (US/UK)
I Need You Now - Eddie Fisher (US)
Mr. Sandman - The Chordettes (US)
Mambo Italiano - Rosemary Clooney (UK)
Stranger In Paradise - Tony Bennett (UK)

 といった感じ。おみごとっ!因みにこの年全米チャートのトップに輝いた曲は全部で11曲あり、そのうち9曲をここで聴くことができるのだが、参考までに選に漏れた残り2曲を説明しておくと、まずは上記エディ・カルヴァートの曲をエディ・フィッシャーがカバーした「Oh! My Pa-Pa」、そしてフランク・シナトラ版が収録されている「Three Coins In The Fountain(愛の泉)」のフォー・エイセスによるバージョン。という訳で曲自体はこのCDでカバーされていることになる。

 1954年ともなるといよいよR&R前夜の雰囲気が盛り上がっていて、ナンバー1ヒットでもR&B風に声を張り上げる「Make Love To Me!」やドリフターズのカバー「Such A Night」、コーズのR&Bクラシックを非常にお行儀よく焼き直した「Sh-Boom」などが登場。更に1位を逃した曲では前年にフラミンゴズが録音した「Cross Over The Bridge」のローズマリー・クルーニーによるカバーや、いよいよ登場ビル・ヘイリーとコメッツの「Shake, Rattle And Roll」も聴けて、微妙な時期にあるこの年の雰囲気が存分に楽しめる。

 この頃のヒット曲はあらかたCD化され尽くしており、特に「ヒット曲集」をテーマにしたこのCDなので珍しい録音はほとんど見当たらないが、強いて挙げるとすればアメリカでは「The Happy Wanderer (Der frohliche Wanderer)」のタイトルでヒットした邦題「ゆかいに歩けば」、誰でも一度は音楽の授業で歌ったことのあるあの♪バルデリ〜、バルデラ〜というやつ、あれの“オーベルンキルヒェン・チルドレンズ・クワイア”によるドイツ語オリジナル・バージョン(イギリスで最高2位を記録)、そしてラルフ・マーテリーのバージョンが大ヒットした南アフリカの曲「Skokiaan」の“ブラワヨ・スウィート・リズム・バンド”版(アフリカで録音されたこのバージョンはアメリカでも最高17位を記録)あたりか。確かに珍品ではある。

 “R&R誕生の年”と言われる1955年の前夜にはどのような曲がヒットしていたのか?を知るには恰好の一枚。いよいよここまできたこのシリーズ、次回は一体どんな内容になるんでしょうか?エルヴィスの収録はあるのか(これは再来年の話か)?など興味を惹かれつつ、また来年このコーナーでお会いしましょう。

曲目等詳細(発売元のサイト)

(2005/2/3)