これまた珍しいアルバムのCD化。ダスティ・スプリングフィールドの兄、トム・スプリングフィールドが1968年に残したボサ・ノヴァアルバム!う〜ん、こんなものが人知れず国内盤で発売されているんだから、まったく油断ならない。僕はこのCDを偶然輸入屋の店頭で見かけたのだが、インターネットで馴染みのサイトを廻っているだけでは出逢えないものってのは結構沢山あって、やはりCDコレクトはある程度は足で稼がないといけないな。と、改めて思った次第。
トム・スプリングフィールドことディオン・オブライアンは1934年ロンドン生まれ。妹のメアリー(ダスティ)、友人のティム・フィールドとともにポップ・フォークグループ“スプリングフィールズ”を結成したのは1961年のことで、その際にオブライアン兄妹がスプリングフィールド姓を名乗るようになったのは「春先の野っ原でいつも歌の練習をしていたから。」なのだとか。なんとベタな。レコード・デビューのチャンスは意外に早く訪れ、その年の夏には「Breakaway(英31位)」で音楽シーンに登場。以降63年までに5曲のUKチャートヒットを記録、アメリカでも「Silver Threads And Golden Needles(62年米20位)」がヒットして、ビートルズ世代のイギリス人アーティストの中で最も早くアメリカで成功を収めることとなった。
その後グループは63年ダスティの独立に伴い解散、トムはスタッフ・ライターの一人として妹の活動をバックアップする一方で“第二のスプリングフィールズ”のプロデュースを思い立ち、白羽の矢が立ったのが彼が偶然TVショーで見かけたオーストラリアのフォーク・グループ、シーカーズ。すぐさま電話で連絡をとり、自作曲を聴かせた上で契約を申し出るとシーカーズの面々はそれを快諾、イギリスにおけるデビュ−曲「I'll Never Find Another You(65年英1位/米4位)」がいきなり大ヒットして彼らは人気グループの仲間入りを果たす。
65年から67年にかけてシーカーズはビートルズをも凌ぐ勢いでシングル・ヒットを連発する“国民的グループ”に成長、日本でもお馴染みの「Georgy Girl(67年英3位/米2位)」をはじめとする数々の主要ヒットを手がけ、アルバムをプロデュースしたのは他ならぬトム・スプリングフィールドだったが、そんなトムとシーカーズの蜜月時代は67年、グループのメンバーたちが自らの音楽性に自覚的かつ意欲的に取り組んだアルバム「Seen In Green」をもって終結。このアルバムがちょっとしたソフト・ロックの好盤なのだが、そこら辺の話はまたの機会に譲るとして、翌68年、結局紅一点のボーカル、ジュディス・ダーハムの独立により解散への道をたどるシーカーズと袂をわかち、ソロ・アーティストとしてトムがデッカ・レコードから発表したアルバムが今回紹介する「Sun Songs」。ようやく本題にたどり着いた。。
ここまで長々と彼の経歴を書いたのは、このアルバムが発表された当時の彼のポジションを説明したかったから。当代随一の人気を誇ったグループを手がけたプロデューサーによる初のソロ・アルバム、更に1968年という時代背景を考えれば物凄く力の入った大作になりそうなイメージがあるが、これが意外なくらい肩の力が抜けた“ライト&イージー”。彼は1964年に“トム・スプリングフィールド・オーケストラ”名義で「Brazilian Shake」と「Brazilian Blues」のカップリングでシングルを発表しており、この方面の音楽への関心はかなり早い時期からあった様子が窺えるのだが、それにしても初めてのソロ・アルバムを発表するにあたり何故ここまで彼がボサ・ノヴァやラテン音楽に入れ込んだのか?は、同時期のシーカーズやダスティの作品を聴いてみただけでは判然としない。単なる趣味だったのか?それとも次のステップへの布石だったのか・・?
アルバムに収録されているのは彼の“オリジナル・ボサ”3曲に、ブラジル産のボサ・ノヴァクラシック数曲、ビートルズの「Here, There and Everywhere(これもボサ・アレンジ)」、加えてカリプソの「Ugly Woman」、ラテン・スタンダード「Guantanamera」、シルヴァーナ・マンガーノの歌で知られる「Anna」など若干ボサから離れたラテン・ナンバーという全12曲。ジョアン・ジルベルトを多分に意識した感じの彼のボーカルは、妹ダスティによる茶目っ気たっぷりのライナーノーツにあるとおり“本格派”ではないが、なかなかいい雰囲気を出しているし、恐らくイギリスのミュージシャンたちで固められたであろうバックのサウンドも、ブラジル音楽のリズムに慣れ親しんだ耳にはいま一つ物足りなかったり、違和感を感じたりかも知れないが、そこがユニークさを醸し出していて“ブリット・ボサ”なこのアルバムのチャーム・ポイントになっている。単なる夏のBGMに済まされない、不思議な魅力を持ったアルバムだと思う。
その後のトムの活動は、あまり記録が残されていない。引き続きダスティの作品への協力はあっただろうし、70年代初頭にシングルを発表していたという記述も見かけた。しかしこの時代に成功を収めた他のプロデューサーたちのように次々と正体不明のポップ・グループをヒットチャートに送り込むようなことはなかったし、シーカーズに続く“第三のスプリングフィールズ”のプロデュースを画策した形跡も見られない(この野望はシ−カ−ズのメンバー、キース・ポドガーが“ニュー・シーカーズ”として実現させる)。いつの間にかひっそりと音楽界から姿を消した彼が、唯一ひっそりと残した演奏時間30分足らずのこの“趣味趣味”ソロ・アルバムには、ことさらミステリアスな雰囲気が漂う。この儚げな感じも併せて愛でていただけば、味わいの増す一枚ではないだろうか。
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