その時々に聴いたCDなどを紹介する僕の「Editor's Pick」コーナーは、週に2枚くらい紹介するのがいいペースなのかな、ということでそこら辺を目処に色々セレクトしているが、実はあまりのボリュームの多さに先月紹介出来なかったものがある。それが3月末に発売された8枚組の「はっぴいえんどBOX」。“日本のロックの祖”と呼ばれる彼らには人並み以上の思い入れがあって、是非このコーナーでも取り上げたかったのだが、何しろ物凄いボリューム&新発見が多すぎ。サイトを一つ立ち上げないと済まないくらいの情報量があるので、泣く泣くレビューを諦めた。本当は他のCDなど買わず、このボックスだけ1ヶ月聴き続けてもいいくらいの内容があるのだが。
制作者の「折角はっぴいえんどのボックスなんだから、ケチケチせず出来る限りのことをしよう」という気概が伝わってくるこの一箱、購入側はその気概をかって\20,000近いお金を出しているので「値段が高すぎる」だの「ボリュームが多すぎる」だのと文句を言いながら購入を見送った人々は「だったらバラで出てるものを買え。」の一言で片付けたいところ。なにしろ他でもないはっぴいえんどなので、こちらも既に殆ど持っている音源を買い直すには「もうこれで一生彼らのCDを買う必要はないだろう。」くらいの内容でないと未練が残ってしまうし。などと、ここでボックスの話を始めると際限がないので止めておくけれども、一点だけ再認識した点を。はっぴいえんどは「ウェスト・コーストのロック・サウンドと日本語を結びつけた」とよく言われる。しかし、ボックスに収録されているメンバーたちのインタビューを読むと、意外なくらいにR&Bサウンドからの影響を熱心に語っていることに気づく。スタックスとか、マッスル・ショールズとか。彼らはバッファロー・スプリングフィールドやモビー・グレープなどと同様に、同時代のR&Bの熱心なリスナーでもあったのだ。考えてみれば当たり前のことだが。そういえば僕がまだ学生でバンドをやっていた時「はいからはくち」のベースラインが、実はジェイムス・ブラウンの「Cold Sweat」からヒントを得ているのだと気づき、物凄くショックだったことを思い出した。
さて、今回紹介するのはそのはっぴいえんどを当時マネージメントしていた集団「風都市」にまつわる関係者のインタビューを集めた本。「風都市」が何者であるか?については、本書の後書きで「責任編集」の北中氏が説明しているので、その部分を引用させていただこう。
“風都市は、70年代の初頭、それまでの歌謡曲とは違うポップ・ミュージックが登場してきた時期に、はっぴいえんど、乱魔堂、小坂忠とフォー・ジョー・ハーフ、あがた森魚、はちみつぱい、ごまのはえ、南佳孝、吉田美奈子、ダッチャ、菅節和、シュガー・ベイブ、山下洋輔トリオなどが所属していたプロダクションだ。プロダクションといえば歌謡曲・芸能界のものだった時代に、その外側から登場した風都市は優れたアーティストを紹介し、プロデューサー・システムやメディア・ミックスのアイディアを提唱し、日本のポップ・ミュージックの行方を予言した。活動した期間は数年だったが、風都市から生まれた音楽の影響力は、YMO、ナイアガラ・サウンド、アイドル・ポップ、渋谷系、クラブ系、喫茶ロックなどを通じて、途切れずによみがえり続けている。”
縁あって「風都市」の設立/運営に携わった者、その活動を通じて彼らとかかわりを持った者、同時代を生きながら当時はすれ違いに終わった者。数十名に及ぶ人々のインタビューが複雑にからみ合い、70年代前半の日本のロックシーン(の一部)を物語っていく。はっぴいえんどのアルバム制作、渋谷のロック喫茶「B.Y.G」でのイベント運営、ベルウッド、ショーボートといった初期の日本のロックを記録したレーベルの内情、そしてはっぴいえんどの解散とその後のメンバーたちの活動展開、経済的に行き詰まった「風都市」の崩壊等々。どれも興味深い話ばかり。ここに登場する人々の殆どが当時は20代前半で、学生同然だった彼らが30年後の現在も影響力を持つ物凄く濃いムーブメントを起したことに驚かされる。これまでレコードのクレジット等で名前を見たことしかなかったあの人が、こんな働きをしていたんだとか、視点がマニアックになればなるほど深く楽しめる。
個人的には大滝詠一がはっぴいえんど解散後に設立した「ナイアガラ・エンタープライズ」、当時商業的な実績皆無の彼が何故個人レーベルなどという大それたものをいきなり立ち上げられたのか?それが長年疑問だったのだが、その背景がなんとなくわかったような気がした。音楽状況が混乱していた当時はそういう“意志を持った”若いアーティストやプロダクションにプロジェクトを立ち上げさせる(悪くいえばレコード会社が丸投げする)空気が存在したんだなと。インタビューに登場するアーティストの多くは現在も“大御所”として活躍中、しかし当時のスタッフは現在殆ど音楽業界に残っていない、という点も何を物語っているのか、単に「風都市」の限界だったのか?それとも他の問題なのか?なんてことも考えさせられた。
当時のロックシーンに興味のある方は必読、レコードだけでは知ることの出来ない貴重な「ロック史の裏側」を教えてくれる一冊だと思う。若者たちの起業物語としてもドキュメント・タッチで相当面白く読めるのでは。登場人物は有名人が多いし。
「meantimeとはっぴいえんどなんて、全然関係ないじゃん。」と思われる方も多いと思うので、最後に少々こじつけ気味に。毎偶数月第2土曜日に渋谷で開催している「breakout」、昼間たっぷり最新の洋楽を聴いた後は恒例の飲み会に突入するのだが、その2軒目として毎回のように利用しているのが渋谷道玄坂は百軒店に在るロック喫茶「B.Y.G」。そう、かつて風都市が活動拠点とし、はっぴいえんどがマンスリー・ライヴを行っていた同店は現在も存在するのだ。ここを利用し始めて数年になるが、そもそもここでの飲み会を最初に提案したのが他でもない“はっぴいえんどマニア”の僕。それが現在も続いているのは、この店が音楽ファンにとって非常に居心地のいい店で(2階の絨毯席が特にお奨め)なおかつ結構手頃な金額で飲食ができるからなのだが、僕の“はっぴいえんど愛”も少なからず継続に寄与していることは間違いない(大げさな)。
そんな訳で「breakout」常連者には、いつも飲んでる「B.Y.G」がどんな経緯で生まれたのか?という興味の点でも読んでみていただきたい。ネット・オンリーでmeantimeに参加されている方も、偶数月第2土曜日の21:00過ぎ、同店2階を訪れると酒を片手に音楽ネタで盛り上がっている我々「ミーンタイマー」たちに逢えるかも。それがイヤなら他の日を選んで行ってみてください。
「B.Y.G」ホームページ