約1年程前に発売されていたCDだそうだが、つい最近存在を知ったのでここでご紹介。60年代のソフト・ポップファンにはお馴染み、魅惑のウィスパー・ヴォイス、クロディーヌ嬢。彼女の作品は特に日本で人気が高く、オリジナルアルバムがCD化されているのは世界で唯一我が国だけ(これが誇れることかどうかは知らないが)。
CDの話の前に彼女の経歴をおさらい。1942年フランスはパリに生まれた彼女は10代でショー・ビジネス入り。その美貌はたちまち評判になり19歳で渡米、ラスヴェガスでトップ・クラスのショー・ガールとなる。1960年のある日、劇場から宿に帰る途中車が故障し、途方にくれているところを偶然通りかかったのが“大スター”アンディ・ウィリアムス(彼は彼女を見て、かつてパリを訪れた際に出逢った可憐なロ−ラ−スケ−ト少女 〜10歳にも満たないクロディーヌ〜 の成長した姿であることにすぐさま気づいたという。本当かね?)で、これをきっかけに恋に落ちた二人は翌年14歳の年齢差をものともせず結婚・・とまぁ、ドラマのようなストーリーがあって、60年代前半に2児をもうける。
64年に芸能活動を再開した彼女は女優として「コンバット」「ラット・パトロール」他様々なドラマに出演、「アンディ・ウィリアムス・ショー」では可憐な歌声も披露した。とある機会に彼女の歌を耳にしたハーブ・アルパートは彼の経営するA&Mレコードとの契約を彼女に申し入れ、シングル「Meditation」とアルバム「Claudine」を発売。アルバムはゴールド・ディスクを獲得し(67年最高11位)、夫アンディと同様イージー・リスニング系の人気アーティストの仲間入りを果たす。その後60年代末までに彼女は同社から4枚のアルバムをリリース、そのいずれもがアルバム・チャートに登場した。
と、ここまでが彼女の幸福な60年代。69年に3人目の子供が生まれ、70年にはA&Mからアンディが設立したレコード・レーベル「バーナビー」に移籍。彼女のシンデレラ・ストーリーはまだまだ続くものと思われたのだが・・。
ようやく話がこのCDに追いついた。70年代に入って彼女はバーナビーから2枚のアルバムをリリース、「We've Only Just Begun(71年)」「Let's Spend the Night Together(72年)」ともにウィスパー・ヴォイスは健在。名うてのポップ職人たちのお膳立てによる“完全なるお人形”状態のA&M時代から、サウンドが幾分シンプルになり、歌にも人間的な表情が現れ、アーティストとしての成長も窺える“充実期”といっていい内容になっている。このCDは上記2枚のアルバムと、74年頃録音されながら90年代に日本で発売されるまでお蔵入りになっていたアルバム「Sugar Me」から、クロディーヌのマニアックなファンサイト(このCDのタイトルはそのサイト名からとられている)を運営しているエリック・ブルームなる人物が24曲を選曲したもので、サブタイトルの“オールモスト・コンプリート”は収録時間上無理な話。別に出されているアナログ二枚組(32曲入り)の方がそれに近い内容になっている、らしい(実物を見たことはない)。
収録曲で印象的なのはまずカーペンターズの「遥かなる影」「愛のプレリュード」といった“A&Mポップス”のカバー、そして意外やボビー・ゴールズボロの「Broomstick Cowboy」、そしてレナード・コーエンのヴォーグスのカバーでも知られる「Hey That's No Way To Say Good-Bye」、途中ビートルズの「Don't Let Me Down」を歌い込んだジョン・レノンの「Jealous Guy」などなど。物哀しげな曲調が多いのは気のせいか。ミッキ−・ニュ−バリ−作の「Remember The Good」はそれ以前にアンディ・ウィリアムスが取り上げたやはりニュ−バリ−作の「Sweet Memories」の返歌のように聞こえ、そこら辺の事情は後述するが、なんだか興味深い。
話はここでまた「クロディーヌ物語」へ。アンディのレーベルに移籍したにもかかわらず、二人の夫婦生活は1970年の時点で既に破たん状態にあったらしい。TVショーでは共演を続けつつも夫と別居した(正式に離婚したのは1975年)クロディーヌはやがてプロ・スキーヤーのウラジミール“スパイダー”サビッチと付き合うようになり、彼女の3人の子供たちとともにサビッチの住むコロラド州アスペンの山荘で生活を始める。その暮らしも数年が経過し、アンディとも法的に関係を絶った1976年、悲劇は起こった。サビッチが所有する短銃の操作法のレクチャーを受けていた(と主張している)彼女は“銃の暴発により”サビッチを射殺してしまうのだ。。
以前日本で出たCDのライナーにクロディーヌは「アンディの愛人を射殺」なんてことが書いてあったが、これはこの夏久々に来日するアンディ・ウィリアムスに失礼極まりない話なので、ここではっきり否定しておきたい。当時の記事によれば事件の知らせを受けたアンディは早速アスペンへ飛び、警察に身柄を拘束されるまで近隣のジョン・デンヴァー宅に身を寄せていたクロディ−ヌのために弁護士を手配。裁判の結果「過失致死」が認められ、30日間の刑期(短かっ!)を終えた彼女を子供達と出迎えたのもアンディ。不思議な元夫婦である。
その後彼女はこの事件を担当し「過失致死」を勝ち獲った弁護士ロン・オースティンと再婚、現在もアスペンで半隠遁生活を送っているという。アメリカにおける彼女は現在も二言目には“スキーヤーを撃った女”の形容がつけられ、恐らくそのイメージは存命中常につきまとうのだろう。日本でも彼女のキャリアを深追いするとこの事件を避けて通れなくなるせいか、A&M時代に言及するのみにとどめられることが多いようだが、バーナビーの作品も捨てたものではない。但し作品から漂うなんとも空虚な感じ、その後の彼女の運命を予感させるような、どことなく憂いを帯びた感じ・・。聴いているうちにいつの間にか物凄く気分が落ち込んでいる自分に気づく。「憂鬱な天使の囁き」これはもしかしたらアンチ“ソフト・ロック派”こそ聴くべきCDなのかも知れない。
収録曲等詳細(監修者のサイト)