序章 第1章 歴史 第2章 作品紹介(1) 作品紹介(2) 作品紹介(3) 第3章 サントラ紹介(1) サントラ紹介(2) サントラ紹介(3) サントラ紹介(4) サントラ紹介(5) サントラ紹介(6) サントラ紹介(7) written by Kazuyuki Shinkai, Oct.1995 |
第2章 作品紹介(その3)
時期が多少前後してしまうが、ここでブラックムービーブームはまず第一の頂点に達する。これまでで最も商業的に成功し、話題になったブラック・ムービー作品といえば1992年の「Malcolm X」をおいて他にない。Spike Lee監督が全精力を傾けたこの大作は、マーケティング(映画公開前の盛り上げ方)が実にうまかった。公開初日、劇場の前に黒人たちがズラッと列をつくっている様子は、日本の一般のニュース番組でも紹介された程だ。米本国はいうに及ばず、日本でも「X」のキャップやTシャツが流行し、関係書籍もぼこぼこと出版された(これだけは有難かった)。しかしマルコムの真の姿を伝えるべきこの作品の紹介においてさえも、日本のニュース番組を通せばマルコムは「キング牧師と対局にある暴力肯定派」になってしまうのである。 というストーリーである。ひとりの人間の一生を描こうというのだから、どだい2時間や3時間では無理な話なのだが、3時間を超えるこの大作を見終わっても、やっぱり「不十分」なのである。まず本で「自伝」を読んで、この映画を観て、その後マルコムに関する本を何冊か読めば、「あれはこういうことだったのか」とかいろいろ理解は深まると思うのだが、しょせん映画なんて一過性の娯楽だ、というぐらいの認識しかなければ、あまり面白い映画ではないと思う。 しかしこの映画の凄かったところは、「宗教家」とか「社会活動家」というべき人物を、トレンドにしてしまったことである。ベースボールキャップやTシャツに名前や顔がプリントされてしまい、流行に敏感な若者たちがこぞってそれを求めるなんて、エンターテイメント以外の分野で、過去にそんな人がいただろうか。 制作途中で既に資金が底をつき、Michael Jordan、Magic Johnson、Prince、Janet Jacksonなんていう錚々たるメンバーが寄付を寄せているとか、イスラムの聖地メッカのお祈りのシーンは、歴史上初めて撮影が許されたとか、「お前なんかにMalcolmの映画は作らせねぇ」とか「お前なんかにネイション・オブ・イスラムを描かれてたまるか」と脅しを受けたとか、Spike自身がその制作過程を克明に記録した「The Making Of Malcolm X」(出版物)もなかなか楽しめる(なんと原作の「Malcolm X自伝」よりブ厚い)。
「Do The Right Thing」で広く世にブラックムービーの存在を知らしめたSpike Leeは、実はその前から日常生活の中の人種問題を扱った作品を作っていた。デビュー作「She's Gotta Have It」は、黒人しか登場しないけど、まあどちらかといえば人種関係よりは男女関係がメインテーマだった。が、次の「School Daze」はぐっさりと黒人の民族意識にメスを入れている。すべての生徒が黒人の全寮制高校。当然生徒たちはそれぞれ仲のいいグループ同士に分かれる。中には民族意識を高めようと「黒人はアフリカに帰るべきだ」的な主張をする連中もいる。彼等は彼等で一生懸命真面目にやっているのだが、そこはやっぱり高校生で、ちょっと考え方が甘かったりする。彼等はちゃらちゃらしている遊び人グループと対立するが、遊び人のこんな一言で思わず我に帰る。「アフリカだと?そんな未開の地なんか関係ねえだろ。俺はアメリカで生まれたアメリカ人だ。てめえらだってアフリカのことなんか何も知らねえくせに。行きたきゃてめえらで勝手に行けよ。」
白人の若者たちにとっては黒人は一種の憧れの対象となった。ラップのセールスを支える強力なマーケットの大半は白人のティーンエイジャーだと言われる。アメリカの総人口に占める黒人の割合は約12%だから、黒人は約3000万人。そのうちヒップホップのレコードを買うようなティーンエイジャーは、そのまた15%程度だろうから450万人。仮にそのうちの5人に1人が買うような爆発的ヒットだとしても、100万枚に届くか届かないかというところ。さらに言えば今のラップというのは非常に地域性が強く、たとえばWu-Tang Clanの各メンバーのソロなんて東でしか売れてないし、全米No.1になったBone Thugs-N-Harmonyなんかは西でしか売れていない。そう考えれば、ラップのレコードがぼこぼことプラチナディスクになっているのには、黒人以外の人間が少なからず貢献していることがわかるだろう。
この辺までは、音楽が映画の中で非常に重要な地位を与えられていることはあっても、その主従関係はあくまでも映画中心で、それに音楽が付随しているだけだった。映画はまぁいいとして、サントラが作りたかった。そう感じさせるのがDr.Dre率いるDeath Rowレーベルのアーティスト総結集の「Above The Rim」である。映画自体も2Pacなどのスターを配してヒットしたことはしたのだが、やっぱりこの作品のメインはサントラの方である。そうは言っても、たとえば「Saturday Night Fever」とか「Footloose」みたいに、或いはプロモーションビデオのように音楽と映画の内容が有機的にリンクしているというわけではない。単にDr.Dreが「オムニバスが作りてえぞ」と作ってしまい、「なんか『Above The Rim』って映画のサントラの話があるんだけど、このオムニバスをそのままサントラにしちゃわねぇか?」と安易に決めてしまった、そんな感じだ(あくまでも印象であってそれ以上の根拠は何にもないです)。それだけサントラの内容が充実している、ということもあるが、「映画では使っていない曲まで何故かサントラに入ってる」というナメた真似はやはりこいつがやったことで一般に広く認知されてしまったのではなかろうか。 Dreの「サントラ作りてぇ」願望は、94年の究極のサントラ「Murder Was The Case」で成就する。なんたって、映画自体がSnoopの同名曲の映像化(+α)だし、わずか30分弱という本編に対し、サントラは60分超なんだから。Death Row(Dreの所有するレーベル)、ついに映画界にも進出!とか言われたけど、こりゃあ完全に主従逆転、サントラアルバムがまずあって、それのプロモーション用に映像も作ったっていう、まさに「Dreのやりたかったこと」でしょ。そのうち10ccみたいに実在しない映画のサントラを想定した「架空のサントラ」とか作り出すんじゃないの(「The Original Soundtrack」10cc ,1975)。 この春から夏に公開され、まだ日本では見ることができない(おそらく、多くは劇場公開されずにビデオ発売だけになるんだろう)作品としては、重厚な「Malcolm X」から一転してノスタルジックなホームドラマとなったSpike Lee最新作「Crooklyn」、ベトナム戦争の黒人兵士を描いた「The Walking Dead」、Ice Cube制作のコメディ「Friday」、同じくコメディの「Bad Boys」、ホラー作品のオムニバス「Tales From The Hood」、「Boyz N The Hood」のJon Singletonの最新作「Higher Learning」、ブラック・パンサーを描いた「Panther」、投獄中のラッパーSlick Rickに捧げられた本格的ヒップホップドキュメンタリー「The Show」と、95年はいつになくブラックムービーの作品数が多い。(上記のうち「Higher Learning」のサントラだけはロック系の人も参加している)。その中でもとくに注目されるのは「Panther」だろう。
常にキング牧師の対極にある「暴力肯定主義者」として単純に認識されることの多かったマルコムXへの理解を深めた「Malcolm X」、歴史上は抹殺されているが、実はたくさん存在した黒人のカウボーイを描いた「Posse」、あるいは大衆的な巨匠であるスピルバーグがホロコーストを描いたことで、その存在と実体を広く世に知らしめた「シンドラーのリスト」。これらの作品は、歴史の中では比較的最近の出来事ながら、誤解されていたり、世間の認識が十分でなかったりする、いわば「裏」とか「陰」の部分を描いている。そこを敢えて描くのは、特定の人々の利害に深く関わる部分もあることから非常に難しく、かつ危険である。「Malcolm X」はそもそも白人監督ノーマン・ジェーイスンが制作する予定だった。しかし、彼は「白人にMalcolmが描けるはずがない」という世間の圧力に屈してしまった。結果、Spike Leeが監督することになったが、黒人である彼にさえ、脅迫や圧力は絶えなかった。ブラックパンサーを描くこの「Panther」も、制作は困難だったに違いない。おまけにこれが史実に忠実なノンフィクションではなく、実在の人物に混じって架空の人物が主人公として重要な役を果たしたり、実際には明らかになっていないのにFBIがブラックパンサーを陥れる陰謀の首謀者として描かれていたりと、嫌が応にも各方面に波紋を呼びそうな作り方なのだ。しかし、そういう脚色はあるにせよ、おそらくMalcolm X以上に誤解されやすいブラックパンサーたちの真の姿を現代の若者たちに伝えるという重大な役割を全うしている点で、本作は高く評価されるえきだろう。監督は「New Jack City」「Posse」のMario Van Peebles。
いわゆる「Hoodモノ」を中心とした最近のブラックムービーは、いわば映画の世界における「ギャングスタ・ラップ」である。実状を知らない者が見れば、粗野で乱暴で胸の悪くなるような作品だ。しかしある世界ではこれが「趣味の悪い作り話」にしか思えなくても、ある世界ではこれが現実なのである。重要なのは、これが「現実」だと理解することだ。たとえばボスニアにしても、チェチェンにしても、我々の想像を絶するような蛮行は、現実に地球のどこかで行われているのだ。彼らはもちろんそういう状況を変えたいと思っているだろうが、その前に、とりあえすこの現実を世界のみんなに知って欲しいと思っている。戦地などの現状を伝える報道カメラマンが、現地住民からは疎んじられることなくむしろ歓迎されるのは、そういうことだ。こういったブラック・ムービーやギャングスタ・ラップは、「いたずらに暴力を煽る、青少年に有害な作品」などでは決してないのだ(中には本当に有害なものもあることは事実として認めねばならないが)。
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