| 1996- | ||||
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96年は、自分がゼロから育てたトニ・ブラクストンのセカンド、自分自身の4作目のソロという目玉を中心に、手掛ける作品数はやや少なくなった。 それはアーティストとして独立して自信をつけた彼が、ひとりの人間としても成熟した存在になっていく過程でもある。37歳にして初めて子供を授かった。その喜びと感動が、彼を「The Day」の製作に向かわせた。 「This Is For The Lover In You」は、一種、同窓会的な曲だ。10年以上も前、まだまだベイビーフェイスが無名の存在だった頃にプロデュースを手掛けた数少ないアーティストであり、当時のレーベルメイトでもあったシャラマーの作品を、オリジナル・メンバーを集めてリメイク。しかもそこにLLクールJを招いて、全体の流れを仕切る「音頭取り」役を任せた。この「プラスα」の発想が、今までのベイビーフェイスに欠けていたものだった。決して悪い曲じゃないが、別にどうってことはない、ありふれた曲。それが、ベイビーフェイス作品には何と多いことか。彼はたくさんいいメロディを書いてきたけど、それを型通りにしか表現することができなかった(多くはL.A.リードの芸の無さに起因すると思うが)。そして、作品に気持ちが、ソウルがこもっていなかった。 94年/95年頃から彼の作品に俄然「いい曲」が増えだしたのは、彼の作曲家としての才能の向上の結果ではなく、表現者、アーティストとしての、あるいは人間としての成長の結果だと言えよう。曲の良さは、そのメロディやアレンジや演奏だけでなく、演じる者の「気持ち」によっても決まるのだということに、やっと気がついたのだ。 セカンドシングル「Every Time I Close My Eyes」の心地よさ。バックコーラスの立場ながらしっかり自己主張してるマライア・キャリーが全然嫌味にならないのは、全体に漂う優しくリラックスした雰囲気のお陰だ。 しかし充実作ばかりが続くわけでもない。トニ・ブラクストンのセカンドは、後の決裂のきっかけを作ることになってしまった。完全にベイビーフェイスの保護下にあったファーストとは違って、曲によっては外部の製作陣を迎えて製作された。中でもダイアン・ウォーレン作曲/デヴィッド・フォスター・プロデュースの「Un-Break My Heart」が大成功したのは、トニにとって重要な体験だった。彼女に「私はベイビーフェイスなしでもやっていけるわ」という自信を与えたのだ。結局トニはその後、ベイビーフェイスおよびLaFACEに反旗を翻すことになる。 この時期の彼は、自分の音楽をポップスとしてとらえ始めたと思う。アズ・イエットという新人ボーカルグループを手掛けて大成功に導いたが、そのセカンドシングルは80年代AORの代表曲とも言えるシカゴのカバー「Hard To Say I'm Sorry」だった。自分の愛弟子であるトニ・ブラクストンのプロデュースをデヴィッド・フォスターに任せたのもその一環だろう。そして、エリック・クラプトンとの共演。 映画のサントラ用の「企画モノ」とは言え、この顔合わせは斬新だった。たしかに両者はアダルト・コンテンポラリーに接近しつつあり、明らかに接点はあるのだが。しかも、この仕事ではベイビーフェイスは、自分の曲を提供するのではなかった。白人ロック・ミュージシャンがカントリー・ソングをカバーするのをプロデュース(だけ)するという、彼にとってまったく未踏の分野の仕事なのだ。 御承知の通り、彼はこの仕事を完璧にこなした。知らない人にはベイビーフェイスが書いた曲ではないかと思い込ませるぐらいベイビーフェイス色に染められた「Change The World」。かつては「神」と呼ばれた男を相手に、ビデオクリップや賞の余興などで一緒にギターを抱えて並んじゃうあたりはちょっと出しゃばり過ぎという気もしたが、まあ逆にこのぐらいでいいのかもしれない。 L.A.リードたちとチームとして活動していた時の彼は、縛られ過ぎていた。もちろん、純粋にビジネス的な理由もあるんだろうけど、L.A.とのコンビを解消して一人立ちした彼が自由な創作活動、自由な交友関係を満喫し始めたのが、手に取るようにわかる。 97年になって、彼はいっそう寡作になった。その中でメインとなったのは、映画「Soul Food」の製作だ。 これまで彼は「Boomerang」「Waiting To Exhale」と2枚のサントラを手掛けてきた。今度は、サントラだけではなく映画そのものにも手を出した。ベイビーフェイスが奥さんのトレイシーと共に製作に関わった映画「Soul Food」は、映画自体なかなかのヒットとなり、まずは順調な出だしとなった。ある黒人の大家族が、おばあちゃんの死によってバラバラになってしまうが、それを懸命につなぎとめようと、おばあちゃんの遺言を聞いた少年が奮闘するという筋書き。家族のつながりや、伝統的なソウル・フードといったものを大切にしたいという彼の主張は伝わってくる。最終的に家族をつなぎ止めるのは金しかないかのようなエンディングは、解釈が分かれるところかもしれないが。 さて、このサントラだが、Executive Producerに奥さんのトレイシーがクレジットされた他、久しぶりにL.A.リードがクレジットされている。バラバラになった家族が再び集まるという映画のテーマがテーマだけに、ここは永年連れ添った、家族同様の存在であるL.A.リードは外せなかった、という意図だろう。彼の音楽的貢献を期待しているわけではなく(実際、各曲の詳細クレジットを見てもL.A.はまったく登場しない)。 ベイビーフェイスが仕切るのは全13曲中6曲と、かなり控えめ。しかし、その他の曲の参加メンバーというか、プロデューサーが凄いのだ。テディ・ライリー。ティンバランド&ミッシー。パフ・ダディ。ジャーメイン・デュプリ。現在のブラックミュージック界を仕切る全員が勢揃いした。彼らに1曲づつ提供させて、その総まとめたるExecutive Producerは、ベイビーフェイス。彼自身がどこまで意識したのかはわからないが、業界地図の中で彼が「頂点」なのだと知らしめるような、「君たちも1曲づつどう?総まとめは僕だよ」という意図をここから読み取ってしまうのは深読みのしすぎか?でも、これだけのメンバーが1枚のアルバムに揃うのは尋常ではないし、単なる「客寄せパンダ」ではないと思うんだけどなあ。 収録曲ではやはりマイルストーンが目玉になる。アフター7のメンバーでもあるベイビーフェイスの兄2人、ベイビーフェイス、それにジョデシのメンバーである、ケイシーとジョジョのヘイリー兄弟、という5人の即席スーパーグループ(映画の中でも実際にこの5人が出てきて歌うシーンがある)。ベイビーフェイス以外は、みんな非常にソウルフルな、優秀なシンガーなので、当然曲の後半はアドリブでがんがん盛り上がる。...のだが、意外とあっさりトーンダウンして終わってしまう。これが、ベイビーフェイスのベイビーフェイスたる所以だ。ほどほど。中庸。しつこくなく、誰でも気軽に聞き流せる。ばりばりのソウル・フリークにしてみれば、物足りない。これだけ「盛り上がって当然」のメンバーを集めても、ベイビーフェイスは自分のスタイルを崩さなかった。 他にはボーイズIIメンの「A Song For Mama」、ドゥルー・ヒルの「We're Not Making Love No More」がヒットした(トータルの「What About Us」もヒットしたが、これはベイビーフェイスは関与していない)。ベイビーフェイスの最も初期の作品であり、ミッドナイト・スターの83年のアルバムに収録されていた「Slow Jam」のモニカ&アッシャーによるカバーが絶品で、これはぜひシングルカットして欲しかったところ。 この年の「Soul Food」と並ぶ目玉は、「MTV Unplugged」への出演と、そのライヴアルバムのリリースだ。 アーティストとしての自己主張に欠けていた以前の彼には考えられないことだったが、今、一人のアーティストとして自信に満ちた姿がここにある。 クラプトンにギターを弾かせて、ベイビーフェイスがボーカルをとる「Change The World」で幕を開ける。MTV主催の特別イベントだから、バンド編成も豪華になっているということもあるのだが、なんか音が妙にゴージャスだ。これはライヴと言うよりはショウと呼んだほうが良さそうだ。 4曲め。トニ・ブラクストンの為に書かれた「Breathe Again」。ベイビーフェイス自身が「これはLaFACEのファースト・レディの為に書いた曲です。今夜は、シャニースが歌います」とMCを入れる。この時点でもうトニ・ブラクストンとの亀裂は決定的になっていたのだろう。シャニースのほうが歌は上手いし、ばっちり聴かせてくれるのだが、それでも一抹の寂しさを感じずにはいられない。 8曲目では兄たちとヘイリー兄弟も登場してマイルストーンを再現、9曲目で、息子を授かった喜びを曲にした「The Day」で思いっきり歌い、終盤2曲はゲストのスティービー・ワンダーを前面に出す。ヒット曲満載、豪華ゲスト、ゴージャスな演奏という非常に充実した作品となった。これで、「Breathe Again」をトニ・ブラクストンが歌っていれば、何も文句なしの幸せいっぱい、充実感たっぷりの作品になっただろうにね。 なお、この作品はどうしたことか、アメリカではまったくウケず、アルバムチャートの100位にさえ入らなかった。
ここでトニ・ブラクストンの問題に触れなければなるまい。 彼女は89年にLaFACEと契約し、92年に満を持してデビュー。一貫してベイビーフェイスのサポートを受けつつ、96年にはセカンドアルバムを出した。しかしLaFACEの本拠地は南部のジョージア州アトランタにあるのに、トニは、しばしばベイビーフェイスの自宅がある西海岸のビバリーヒルズに呼び出された。レコーディング時期になると、ベイビーフェイスの都合で、ビバリーヒルズ方面に引っ越してくるように要求された。 おおまかに言うとこれが理由で、トニはLaFACEとその親会社のアリスタを訴え、LaFACEに残るアルバム数枚分の契約を破棄することを求めた。当然これはベイビーフェイスとの決裂を意味する。 ベイビーフェイスがどこまで彼女に強要したのかわからない我々部外者にしてみれば、「お前誰のお陰でそこまでビッグになれたんだよ」とトニに対して否定的にならざるを得ない。最近彼女はめちゃめちゃ金遣いが荒く、破産したとかいう話も聞くに至り、どうしてもベイビーフェイス側に非があるとは思えないんだよなあ。アルバム2枚を合計1000万枚以上売ってるんだぜ、どうやりゃ破産するんだ!? 97年は、他には、アン・ヴォーグに提供した「Whatever」がヒットしたぐらいで、91年以来久しぶりにベイビーフェイス作品の少ないチャートとなった。しかし、彼の存在の大きさ、影響力の強さを、改めてアメリカ中のメディアが認めた年でもあった。96年、97年とグラミーのProducer Of The Yearを連続受賞(この後98年も受賞しているので3年連続)。「Time」誌が選ぶ「今アメリカでも最も影響力のある25人」に選ばれたほか、「Entertainment Weekly」誌の「ショウビズ界でもっともクリエイティブな100人」の一人にも選ばれた。更に「SPIN」誌が選ぶ「将来がもっとも有望な40人のミュージシャン」の中で15位に選ばれている。単なるヒット曲の数ランキングとかアメリカの億万長者ランキングではなく、才能あるミュージシャンとして、クリエイティブなアーティストとして選ばれているのが重要な点だ。 他にも、この年はやたらと色んな賞を受賞していて、いちいち書いていられないぐらいなのだが、やっぱりその中で一際輝かしい成果といえば「Change The World」で受賞したグラミーのレコード・オブ・ジ・イヤーだろう。 翌98年はその寡作ぶりが顕著になった。「Soul Food」からシングルカットされた曲以外に、トップ40ヒットは生まれていない。 奥さんのYab Yumレーベルから「Hav Plenty」というサントラを出して、ベイビーフェイスもデズリーとのデュエット曲で参加しているのだが、あまりぱっとしない成績のまま終わっている。 98年前半は、ベイビーフェイスは我々の前にまったく現れなかったに等しい。彼はこのまま隠居して、業界の陰の大物にでもなるのだろうか? いやいや。今進行中のプロジェクトが、こんなにあるのだ。 ●フィル・コリンズが秋にベスト盤を出す。新曲が1曲入るが、なんとそれがシンディ・ローパーの「True Colors」のカバー。で、プロデュースはベイビーフェイス。クラプトンの大成功が羨ましかったんだろうなあ。 ●ホイットニー・ヒューストンの次作はベスト盤になるが、現在ベイビーフェイスやパフ・ダディらと新曲を用意している。ベスト盤に収録されるのか新作として発表されるのかは未定。 ●ライヴ盤を出したばかりのメアリーJブライジも、次作用にベイビーフェイスやジャム&ルイスと新曲を用意している。 ●一部で既に話題となっているホイットニーとマライア・キャリーのデュエット「When You Believe」は映画「Prince Of Egypt」のサントラに収録される。作曲・プロデュースはベイビーフェイス。年末リリース。 ●ベイビーフェイスの「Unplugged」ではトニ・ブラクストンの代役を務めたシャニース。どうやら代役はあの場限りではなかったようで、LaFACEに移籍し、秋にもベイビーフェイス製作の新作を出す予定。 ●秋にリリース予定のドゥルー・ヒルの新作にも、曲を提供している。 ●もう何年も共作していないL.A.とベイビーフェイスに、アッシャーがラブコール。ぜひ二人で一緒に自分の作品を作って欲しいと発言しており、L.A.は「アッシャーのためだけの一時的で特別なコラボレーション」の可能性を示唆した。 ●ベイビーフェイスは自分自身のアルバムを2枚同時に製作中。うち1枚はクリスマスアルバムとしてこの年末にリリース予定。 ●奥さんのトレイシー・エドモンズが映像関係の新しい会社を設立。その仕事の一つとして、ベイビーフェイスとカントリー界の大スター、ガース・ブルックスの共演が計画されている。ガースもけっこう乗り気らしい。 ●これはベイビーフェイス本人は関係ないかもしれないが、奥さん所有のEdmonds Enterteinmentは、ジョン・トラヴォルタ主演映画を製作の予定。ニューヨークのアンダーグラウンド・ダンス・シーンを描き、20余年振りのサタデー・ナイト・フィーバーの再来を目指すらしい。 ●これはまだ噂の段階だが、ブルース・スプリングスティーンとベイビーフェイスのコラボレーションが計画されている。スプリングスティーンが、クラプトンの成功を見て、共演を申し込んだとの話。今のところスプリングスティーン側のコロンビア・レコードは、ノーコメント。「Hav Plenty」サントラでベイビーフェイスがスプリングスティーン作品をカバーしてるのは伏線か? ●一方ベイビーフェイス側は、スティング、アニー・レノックスに興味をもっているとか。 てな具合で、どうですか!あまりにもプロジェクト数が多いので、これでも無名の新人などは端折って載せているのです。これが全部計画通りに進んだら、98年末〜99年は怒涛のベイビーフェイス攻勢で凄いことになるかもしれない。この数年だんだん寡作になってきた彼を見るにつけ、そろそろ現役アーティストからは引退し、クインシー・ジョーンズ的な大物の地位を狙っているのかと思ったが、とりあえず、彼はまだまだ老け込むつもりは全くないようだ。特に、向こう1年間は、ベイビーフェイス周辺から目が離せないぞ! (ホームページ掲載にあたって追記) 本稿の「今後のベイビーフェイスの動き」に書いたうち、半分ぐらいは実現した。しかし、彼がアーティスト/プロデューサーとしてぱっとしない状況はまったく変わっていない。相棒のL.A.リードが超大物クライヴ・デイヴィスの後を継いでAristaレーベルの社長に抜擢されたり、トニ・ブラクストンが何事もなかったかのようにLaFaceから新作を出したというニュースはあったが、ベイビーフェイスに派手な動きはまったくない。 彼はこのまま裏方に回り、業界人としての人生を歩むのだろうか。せっかく一人立ちしたアーティストとして開眼したばかりなのに、それは惜しい気がするのだが。(2000/8/13) |