Jan-Apr, 1994

1994/1/15付 No.8 (2週目でTop10入り) 最高位3位、36週
Diary Of A Mad Band / Jodeci
ジョデシが2作目で初のトップ10入り。デビュー作も83週チャートインして300万枚を売るヒットになっていた(最高位は18位)。ボーカルグループとしての力量は前作で充分に見せつけていたが、“単に歌が巧いだけじゃない”ことをアピールしたのが本作で、デヴァンテ・スウィングのプロデュース能力が、ケイシー・ヘイリーのソウルフルな歌唱力と共に際立ち始めた。「Cry For You」(15位、R&Bチャートでは1位)「Feenin'」(22位)がヒット。魚市場の人のようなゴムのつなぎを着たジャケは斬新と言えば斬新。

1994/2/5 No.10 (15週目でTop10入り) 最高位8位、56週
Very Necessary / Salt-N-Pepa
女性ラップグループの先駆者にして、その後彼女たちを越える存在も現れていない、唯一無二の存在。ピークは80年代末だが、この時期妙にシングルヒットを連発し、アルバムも初のトップ10入りを果たした。ビデオクリップなどではやけに肉体を誇示し、変にエロ路線だったのも妙だった。彼女たちの単刀直入な男バッシングの態度は、後にR&B界の女性の間で大流行する。「Shoop」(4位)「Whatta Man」(アン・ヴォーグとの共演、3位)「None Of Your Business」(22位)がヒット。

1994/2/12付 No.1 (初登場) 最高位1位、59週
Jar Of Flies / Alice In Chains
前作で人気を確立したアリチェンの3作目。日本タイトル「アナザー・サイド・オブ・アリス」というのも、まあ、正しい。ヘヴィにうねりまくる前作とはうって変わった、アコースティック作品集。彼らは1stと2ndアルバムの間にも「Sap」というアコースティックなEPを出している。表現方法は変わっても独特の暗さと曲作りの巧さは相変わらず。しかしこれは7曲入りEPで、正規の新作とはちょっと違う、いわばつなぎの作品。内容的にも決して全米No.1になるような明快な作品ではなく、いかに彼らの人気が絶大だったかを思い知らされる。

1994/2/12付 No.3 (初登場) 最高位1位、82週
Kickin' It Up / John Michael Montgomery
ポップス系のリスナーの間では、オール4ワンというボーカルグループが彼の曲をカバーしたことで、間接的に有名人になったジョン・マイケル・モンゴメリー。その「I Swear」、カバーのほうはカバーは11週1位の特大ヒットとなったが、彼のバージョンは42位に終わった(カントリーチャートでは1位)。
ケンタッキー州出身の彼は、前作「Life's A Dance」がロングセラーとなり、本作の大ヒットへの布石となった。この数年でカントリーアーティストでアルバムを1位にしているのは他にガース・ブルックスとビリー・レイ・サイラスだけで、この時期はトップ・アーティストだった。

1994/2/12付 No.9 (12週目でTop10入り) 最高位2位、65週
12 Play / R.Kelly
シカゴ出身のR.ケリーの2作目(ソロ名義では初めての作品)で、大ブレイク作。「Bump N' Grind」(1位)が当時、R&Bチャートの歴史に残る12週1位という爆発的ヒットを記録した。他に「Sex Me」(20位)「Your Body's Callin'」(13位、R&Bチャートでは2位)がヒット。後者は「やみつきボディ」という邦題が一部で話題になった。ねっとりとしたスローで、エロエロな雰囲気を前面に出したちょっと色モノっぽいキャラではあったが、メロディ、曲作りの巧さが際立っており、その才能も誰にも否定できなかった。美メロバラード「For You」が絶品。後にはほとんど聴かれなくなるが、この頃はアップの曲では大半でケリーが自らラップしている。

1994/2/19付 No.10 (8週目でTop10入り) 最高位4位、93週
August And Everything After / Counting Crows
デビュー作にして既に老成した雰囲気の、サンフランシスコ出身の渋いバンド。シングルカットしていないためHOT100入りは果たしていないが「Mr.Jones」が大ヒットし、エアプレイチャートでは最高位5位、47週チャートインという超ロングヒットとなった。ほとばしる感情をすべて言葉に詰め込んだかのように溢れ出てくる音楽は、初期のブルース・スプリングスティーンを思わせた。「Round Here」もエアプレイチャートで31位とヒット。

1994/2/26付 No.10 (14週目でTop10入り) 最高位4位、149週
The Colour Of My Love / Celine Dion
セリーヌ・ディオンが初のトップ10入り。こういう正統派ボーカリストはいったん地位を確立してしまえばその後しばらくは安泰。そういう意味で本作はその圧倒的な地位を築く足がかりとなった作品だ。これまでは主に地元カナダで、フランス語で歌っていたためアメリカでは無名だったが、英語で歌い始めてからは着実にシングルヒットを重ねていた。実はアメリカでは本作からヒットらしいヒットは「The Power Of Love」(1位)しか生まれていないのだが(いちおう「Misled」も23位)、「Think Twice」がイギリスでは7週1位の大ヒットとなった。

1994/3/5付 No.9 (13週目でTop10入り) 最高位1位、102週
The Sign / Ace Of Base
スウェーデン出身の男2、女2のグループ(4人中3人は兄弟姉妹)。スウェーデン出身のポップ・グループでこの編成だと当然ABBAとも比較されたが、こちらのほうがダンス色が強く、見た目も肉食っぽい。
ヨーロッパではデビュー曲「Happy Nation」でブレイクしたが、アメリカではその次の「All That She Wants」でブレイク(2位)。続いて「The Sign」(1位)「Don't Turn Around」(4位)「Living In Danger」(20位)とヒットを連発し、アルバムも1000万枚近い爆発的なヒットとなった。あまりに突然のバブル的な成功だったせいか次作ではすっかり見放され、以後トップ10に顔を見せることはなかった。

1994/3/12付 No.10 (3週目でTop10入り) 最高位9位、63週
The Cross Of Changes / Enigma
デビュー作から「Sadeness Part 1」がヒットした時は、誰もがこいつを一発屋だと決めつけていた。少なくとも、シングルヒットをまた出すとは、誰が予想しただろう。台湾の民謡を大胆にフィーチャーした(無断使用であることは、そのスジの人の間では有名らしい。当時はネイティブ・アメリカンの歌だと説明されていた気がするが)「Return To Innocence」の大ヒット(4位)に導かれ、前作ほどではないが本作も息の長いヒットとなった。

1994/3/26付 No.1 (初登場) 最高位1位、75週
Superunknown / Soundgarden
アルバムをヒットさせるのはパール・ジャムやニルヴァーナより後になってしまったが、シアトル発のグランジ・ロック・シーンの中でも、重鎮としてリスペクトを集めていたのが、このサウンドガーデン。前作「Badmotorfinger」もロングセラーになっていたが最高位は39位で、今回が初のトップ10入り。アルバム・ロック・チャートでは「Spoonman」(3位)「Black Hole Sun」(1位)「Fell On Black Days」(4位)などがヒット。音のヘヴィさとクリス・コーネルの高音ボーカルからレッド・ツェッペリンに準えられた。とにかくやたら重心の低く濃厚な音で、テンポの遅い曲が多く、しかも70分を超えるボリューム。あまりに圧倒的なパワーに、真面目に聴くとものすごく疲れるアルバム。70年代の「Led Zeppelin IV」、80年代の「Back In Black」「Appetite For Destruction」のラインに“ハードロックの歴史的名作”として、将来並び称される可能性のある作品。

1994/3/26付 No.2 (初登場) 最高位2位、115週
The Downward Spiral / Nine Inch Nails
ナイン・インチ・ネイルズ、2作目のトップ10入り。但し前のやつはミニアルバムだったので、これが初のトップ10アルバムとも言える。こういうヘヴィな音楽はだいたい一般人が広く買うわけではなくファンしか買わないので、あまり特大ヒットになったりロングセラーにはならないものだが、本作は100週以上チャートイン、400万枚以上のセールスという異例の大ヒットとなった。「Closer」があわやトップ40入りか?というところまで上昇した(41位)ほか、モダン・ロック・チャートでは「Hurt」(8位)などがヒット。もともと広い世界ではないが、インダストリアル・ロックというジャンルを代表する作品であることは間違いないだろう。

1994/4/2付 No.7 (初登場) 最高位7位、10週
Motley Crue
長年モトリーの顔だったヴィンス・ニールと喧嘩別れし、彼が脱退してからの初のアルバム。流石に“モトリー・クルー”というブランド名は健在でトップ10内初登場となったが、僅か10週チャートインという短命ヒットに終わった。まあ、一応それでも連続トップ10入り記録はこれで5と伸ばした。しかし主要メンバーを失った→売れなかった→内容もつまらない、なんて勝手に連想してしまうとファンに怒られる。実はこのアルバムはこれまでの一連の大ヒット作とは違う視点から見て、高いミュージシャンシップにより曲がしっかり作られているとして、一部ファンの間では人気が高い。

1994/4/9付 No.1 (初登場) 最高位1位、29週
Far Beyond Driven / Pantera
数ある全米No.1アルバムの中で、最も“激しい”もののひとつだろう。フィル・アンセルモ率いるテキサス出身のメタル・バンドの3作目。バンド名は“パンサー”のスペイン語。メロディよりもリフ主体の曲作り、吠えまくるボーカルは一般人を引かせるのに充分。このジャケだし。あまりにも激しく、従来のメタルとは違う難解さ、いわばTOOLっぽいところもあったため、これだけの大ヒットにも関わらずロック系ラジオでさえ殆どかからなかった(唯一オンエアされたのはラストの静かな曲「Planet Caravan」)。ファンの間では本作は全然ベスト作ではなく、前作「Vulgar Display Of Power」が彼らの神髄だとされる。

1994/4/9付 No.2 (初登場) 最高位1位、47週
Longing In Their Hearts / Bonnie Raitt
大人の消費者の間でいったんステイタスを確立してしまえば、しばらくは商業的に安泰だということを証明したボニー・レイット。ここからは「Love Sneakin' Up On You」(19位)という非常に渋い曲が中ヒットしたのみだが、アルバムはちゃんとヒットした。クラプトンも売れてたし、オトナが聴ける(限りなくAORに近い)ブルース・ロックが流行っていたと言ってもいいのかもしれない。流石にこれを最後に商業的には落ち着いていき、本作が最後のトップ10ヒットとなっている。

1994/4/9付 No.4 (初登場) 最高位2位、36週
Above The Rim / Soundtrack
トゥパックが主役級で出演する映画のサントラ。デス・ロウ及びその周辺アーティストが大挙参加する、いわばG-ファンクのコンピレーション。何しろ流行の絶頂、いちばん勢いのある頃なので、全体的に非常に作品の質が高く、ドクター・ドレ「The Chronic」、スヌープ「Doggy Style」と並んで初期デス・ロウ三部作と呼んでもよい充実作。何と言っても西海岸ラップを代表するウォーレンG&ネイト・ドッグの名曲「Regulate」(2位)を収録することで名高いが、ファンの間では有名なレディ・オブ・レイジ「Afro Puffs」やアルB.シュアの「I'm Still In Love With You」など全体的に非常に質の高い作品。他にSWV「Anything」(18位)がヒット。
但しカセット版には収録されていた(らしい)トゥパックの「Pain」がCD版には収録されていないといって不満を言う人は多い。

1994/4/9付 No.5 (4週目でTop10入り) 最高位5位、114週
Live At The Acropolis / Yanni
ヤニー。こういう人が“なぜ売れたか”の説明は難しい。ただ、こういう音はアメリカではかなり潜在的な需要は高く、一旦名前が売れてしまえばかなりのセールスに結びつく傾向にある。ヤニーはギリシャ生まれのキーボード奏者で、ニューエイジに分類される人。作品はすべてインストゥルメンタルで、何と言うか如何にもニューエイジ然としている。トップ10入りは本作が唯一だが、コンスタントにゴールド〜プラチナ・ディスクとなる作品を積み重ねている。このアルバムは彼が過去のアルバムでやった曲を、ライヴでオーケストラをバックに再演するというもの。

1994/4/16付 No.8 (2週目でTop10入り) 最高位1位、115週
Not A Moment Too Soon / Tim McGraw
ティム・マグロウの2作目で、大ブレイク作。「Indian Outlaw」(15位)はかなり衝撃的な曲だったが、全体には90年代以降のカントリーとしてオーソドックスな作り。「Don't Take The Girl」(17位)もヒットしたが、この時期にカントリー系のトップ40ヒットは非常に少なく、1枚のアルバムから2曲のトップ40ヒットを出した作品は皆無。それだけに彼はこの世代の中では頭一つ抜けた大スターとして、後に10年間(執筆時点で)君臨することとなる。カントリーチャートでは「Don't Take〜」と「Not A Moment Too Soon」が1位、「Down On The Farm」が2位。

1994/4/23付 No.1 (初登場) 最高位1位、51週
The Division Bell / Pink Floyd
ロジャー・ウォータースという“頭脳”を失ってからのピンク・フロイドの2作目のスタジオ作品。そうは言っても“ピンク・フロイド”というブランドの圧倒的なネームバリューはびくともせず、本作も大ヒット。まあ、もともとアメリカ人は小難しいロジャーよりも単純明快なデイヴ・ギルモアのほうが性に合っていたという話もある。ピンク・フロイドの全米No.1は79年の「The Wall」以来15年ぶり、4作目。アルバム・ロック・チャートでは「Keep Talking」(1位)「Take It Back」(4位)などがヒット。

1994/4/30付 No.6 (5週目でTop10入り) 最高位3位、53週
Chant / The Benedictine Monks Of Santo Domingo De Silos
この年は毛色の変わったヒットが多い。これは「グレゴリオ聖歌」。この、1000年以上歌い継がれているという中世の教会音楽が、なぜか突然脚光を浴び、大ブームになった。後から思えばまったく謎である(エニグマが91年作でネタとして使ったのがきっかけになってるのだろうが、それにしてはあれから随分経っている)。日本でも“ヒーリング(癒し)”というキーワードに結び付けて似たような作品が大量にリリースされた。
このグループはスペインの36人の修道僧。まあ、要は、全然商業音楽ではない。こういうのはレコード会社が推したところでそう思惑どおりにヒットになるわけでもないし、やっぱり“偶然”の産物なのだろう。変なリミックスとかは入ってない、本当にマジメな教会音楽なので、勘違いなきように。しかしこのブックレット、「Chant」と胸に入ったパーカー通販の案内とか入ってるんだよな。こういうところで商売っけを出すなよ。というか、このぐらいじゃなきゃこういう音楽は売れないのか?

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