Mar-Jun, 1992

1992/3/21付 No.8 (3週目でTop10入り) 最高位1位、47週
Wayne's World / Soundtrack
アメリカ人のギャグは日本人のツボを外してることが多いが、これなんか理解が難しい方だろう。マイク・マイヤーズがロック好きのオタクを演じるコメディ映画のサントラ。クラシックロック系既発表曲が中心で、ゲイリー・ライトの「Dream Weaver」(76年2位)のように映画での使われ方を見ないと何故混じってるのかよくわからない曲も。
91年11月にフレディ・マーキュリーが亡くなると、イギリスでは追悼気運が高まって12月に「Bohemian Rhapsody」がリバイバルで1位になったが、アメリカでは半年ほど遅れてこの映画にフィーチャーされたのをきっかけにリバイバルヒット(2位)。この温度差がなんともアメリカらしい。

1992/4/4付 No.6 (9週目でTop10入り) 最高位4位、34週
As Ugly As They Want To Be / Ugly Kid Joe
ニヒルな笑いの悪ふざけ系ハードロックバンド。タイトルは2ライヴ・クルーの「As Nasty As They Wanna Be」を意識しているのだろう。「Everything About You」(9位)のヒットに牽引されて何故かこの5曲入りEPが妙にヒットしてしまった。現在は廃盤。“おめえのことなんか大嫌いだ”と言いつつニヤニヤしてるあたり、何やら“新人類”を感じさせた。収録曲の半分は半年後のフルアルバム「America's Least Wanted」に収録されるが、そちらはトップ10入りは果たしていない。

1992/4/11付 No.8 (初登場) 最高位8位、86週
Funky Divas / En Vogue
女性4人組R&Bボーカルグループ、アン・ヴォーグの2作目。トップ10入りは今回が初めて。ゴージャス感漂うルックスに抜群の実力が備わった珍しい存在で、当時の女性R&Bグループとしては無敵の存在だった。バックで支えるのはクラブ・ヌーヴォー出身で、トニ・トニ・トニのブレイクにも一役買ったフォスター&マッケルロイ。「My Lovin'」(2位)、カーティス・メイフィールドがアレサ・フランクリンのために書いたとろけるようなスロー「Giving Him Something He Can Feel」(6位)、R&B系には珍しくギターがバリバリの「Free Your Mind」(8位)「Give It Up, Turn It Loose」(15位)「Love Don't Love You」(36位)がヒット。

1992/4/11付 No.9 (3週目でTop10入り) 最高位4位、68週
Classic Queen / Queen
フレディ・マーキュリーの死、映画「Wayne's World」にフィーチャーされての「Bohemian Rhapsody」のリバイバルヒットに合わせてリリースされたクイーンのベスト盤。内容的には英本国などで出ている「Greatest Hits Vol.II」に近いが、それともまた違う選曲。また、この半年ほど後に「Greatest Hits」が11位まで上昇している(イギリス盤の同名作とは選曲が異なる)。

1992/4/18付 No.1 (初登場) 最高位1位、65週
Adrenalize / Def Leppard
83年の「Pyromania」大ヒットの後、ドラマーのリック・アレンが事故で片腕を失う。それを克服して87年の「Hysteria」を連続大ヒットさせるが、91年にギタリストのスティーブ・クラークをアルコール絡みで亡くす。それをも乗り越えて登場したのが、このアルバム。前2作ほど充実した内容ではなく、セールスは遠く及ばなかったが、それでも5週1位で、300万枚を売った。「Let's Get Rocked」(15位)「Make Love Like A Man」(36位)「Have You Ever Needed Someone So Bad」(12位)「Stand Up (Kick Love Into Motion)」(34位)がヒット。

1992/4/18付 No.2 (初登場) 最高位2位、27週
Human Touch / Bruce Springsteen
ブルース・スプリングスティーン、4年半ぶりの新作は「Lucky Town」との2枚同時発売。発売されるという噂が流れてからあっという間に出てきた印象があり、しかも4年半も音沙汰なかったのがいきなり2枚も出されて却って拍子抜けしてしまった感があった。「Human Touch」(16位)以外はシングルヒットも生まれず、アルバムも短いチャートイン期間で姿を消してしまい、“ボス”は本作ですっかり現役を退いた存在になってしまった。

1992/4/18付 No.3 (初登場) 最高位3位、23週
Lucky Town / Bruce Springsteen
同時発売の「Human Touch」よりもリラックスした明るい雰囲気で、こちらのほうがファンの評判は良かった。長年のバンドメイトでもあるパティとついに結婚した歓びを素直に歌った「Better Days」がシングルとして「Human Touch」と両面ヒット。“質の高い作品”として評価されることはまずないが、パーソナルな温かい作品として、そっと支持するファンは少なくない。

1992/4/18付 No.4 (初登場) 最高位4位、86週
Wynonna
このヒットにはびっくりした。日本で普通に洋楽を聴いてる分にはまったく縁のない存在だったウィノーナ・ジャッドのソロデビューアルバム。もともと母娘デュオのザ・ジャッズとして活動してきたウィノーナ(女優のアシュレイ・ジャッドは彼女の妹)。この時期のカントリーはみんなそうだが、HOT100では全然ヒットしていないものの、カントリーチャートでは「She Is His Only Need」「I Saw The Light」(トッド・ラングレンのカバーではない)「No One else On Earth」が連続No.1ヒット。あまりカントリーくささはなく、普通のポップスとして聴ける。「She Is〜」は特にシンガーソングライター系の爽やかさ漂う名曲。

1992/4/18付 No.9 (初登場) 最高位1位、65週
Totally Krossed Out / Kris Kross
13歳の少年二人のラップ・デュオ。服を前後逆に着るファッションも含め、イメージ戦略もしっかりしていたこともあり、短期集中で爆発的にウケた。彼らを発掘し、デビューに至らせたジャーメイン・デュプリも当時19歳のガキだった。「Jump」(8週1位)のサビ“Jump! Jump!”は以後も色んなところで使い回される定番フレーズとなった。他に「Warm It Up」(13位)がヒット。これ以降もそこそこヒットして、変声期を迎えても人気は維持したが、トップ10ヒットアルバムは出せないまま消えていった。

1992/5/2付 No.5 (30週目でTop10入り) 最高位3位、97週
Blood Sugar Sex Magik / Red Hot Chili Peppers
ファンクやラップの要素を取り込んだロックを、この頃は“ミクスチャー・ロック”と呼んでいた。その筆頭で、ややキワモノ感のあったレッチリが、このアルバムで突然デカくなった。アルバム発売当初は一部の層では話題になっていたが、半年ほど経って「Under The Bridge」(2位)がチャートを上昇し始めるとアルバムもトップ10入りを果たし、以後彼らは超大物バンドへの道を歩み始める。これまでの彼らの怪しい荒々しさと、以後の成熟したサウンドとがうまくバランスが取れているのが本作。

1992/5/9付 No.2 (初登場) 最高位2位、26週
Wish / The Cure
なぜかこの90年代初頭というのは“80年代の大物UKバンド”がアメリカでやたら売れていた。本作はキュアーのアメリカでの唯一のトップ10アルバム。本国UKではもちろん、日本でもかなり人気のあったバンドで、いかにもニューウェーブ風の中性的で気持ち悪い、いじめられっこキャラのロバート・スミスがある種のアイドルだった。しかし贔屓めに見ても本作がキュアーの代表作とは言えないので、初めてキュアーに接する場合は注意(ベスト盤から入るのが無難)。「Friday I'm In Love」(18位)がヒット。

1992/5/9付 No.8 (初登場) 最高位8位、23週
The Wild Life / Slaughter
この頃のアメリカのアルバムチャートは少しイギリスのチャートっぽいところがあって、デビュー作がロングセラーの大ヒット作(少しずつ知名度が上がるのにつれ細く長く売れるので最高位は低い)→2作めは発売の瞬間にみんなが飛びつくので初登場順位は高いが、作品の質は低いのであっという間に落ちる、というパターンが時々見られる。デビュー作が大ヒットしたラスヴェガスのハードロックバンド、スローターはまさにその典型で、この2作目(廃盤)からはヒット曲も生まれず、次のアルバムは100位入りさえも逃した。

1992/5/9付 No.10 (初登場) 最高位10位、35週
Check Your Head / Beastie Boys
頭の悪さ全開の下ネタ軍団がどういうわけか、いつの間にかオシャレでイケてる存在になっていた...その転換点となるのがビースティ・ボーイズの3作目となる本作。日本でもrockin' on系のロック・メディアに妙に持ち上げられ、独特のポジションを確立した。ヒップホップと言うよりは、ヒップホップの影響を受けたクラブ・ミュージックという感じで、音の印象はいかにも白人っぽい。

1992/5/23付 No.10 (4週目でTop10入り) 最高位9位、73週
Greatest Hits / ZZ Top
これで4作連続のトップ10入りとなるZZトップだが、本作を最後に、その勢いは下り坂に向かう。これ以後も特に音楽性が変わったりしているわけでもないので、単に飽きられたということなのだろう。エルヴィス・プレスリーのカバー「Viva Las Vegas」など新曲を含む全18曲。彼らは77年に「Best Of ZZ Top」というベスト盤を出しているが、「Tush」「La Grange」など一部の曲はそちらと重なる。

1992/5/30付 No.1 (初登場) 最高位1位、51週
The Southern Harmony And Musical Comanion / The Black Crowes
ブラック・クロウズの2作目。前作をよりブルージーに深化させ、ちょうどいい具合にルーズになった傑作。ハードな曲とアコースティックな曲とのコントラストは、レッド・ツェッペリンをも想起させる(後に彼らがジミー・ペイジのバックバンドを務めるのは偶然ではない)。HOT100チャートではトップ40ヒットは出なかったが、アルバム・ロック・チャートでは「Remedy」「Thorn In My Pride」「Sting Me」「Hotel Illness」の4曲が合計23週間(1年の半分近く)1位になるという爆発的な人気ぶりだった。

1992/5/30付 No.8 (22週目でTop10入り) 最高位2位、250週
Ten / Pearl Jam
ニルヴァーナと共にグランジの時代の到来を告げた、超重要作。たくさんのヒット曲を生み出すアルバムがチャートの上位に並んでいた時代が終わり、だんだんアルバムチャートとHOT100シングルチャートの顔ぶれに乖離が大きくなっていく。
シアトル出身の5人組ロックバンドのデビュー作。エディ・ヴェダーの書く救いようのなく重い歌詞とダイナミックな音が熱狂的に受け入れられ、HOT100チャートには1曲も送り込まずして1000万枚以上を売り上げた。「Even Flow」「Alive」「Black」「Jeremy」といった彼らの代表曲を収録。しかし日本では歌詞のハードルのせいかあまり受け入れられず、むしろその音が古臭いとか暗くてどんくさいだとか悪口を言われていた。

1992/6/6付 No.4 (初登場) 最高位1位、97週
Some Gave All / Billy Ray Cyrus
ケンタッキー州出身の新人カントリーシンガー。カントリーの曲としては非常に珍しく「Achy Breaky Heart」が4位まで上昇する大ヒットとなり、デビューアルバムもいきなり高順位に初登場。その後実に17週間に渡って1位になり、900万枚を売った。その「Achy〜」がコテコテのカントリーなのでちょっとイメージが狂うが、実は限りなくロックに近い人で社会派だったりするあたり、ちょっとカントリー風味があり、若くてルックスのいいスプリングスティーンかジャクソン・ブラウンといったところか。

1992/6/6付 No.6 (初登場) 最高位6位、23週
Revenge / Kiss
79年の「Dynasty」以来13年ぶりのトップ10ヒット。ただ、これはチャート集計方法変更に拠るところが大きく、コンスタントに20位前後ぐらいにつけていた80年代のアルバムよりも特に売れたというわけではない。キッスはその人気がアメリカに限られているが、AC/DC並に“ワンパターンの美学”が受け入れられている希有なバンド。手堅く作られたタイトな作品だと評されるが、ファンの間でも特に人気が高いというわけではない。

1992/6/13付 No.9 (17週目でTop10入り) 最高位9位、61週
Mack Daddy / Sir Mix-A-Lot
どういうわけかこの時期に大ヒットしたラップは色物が多いようだ。サー・ミクサロットはシアトルのラッパー。ケツ賛歌「Baby Got Back」(1位)の大ヒットによってアルバムも売れたが、これまでの2作品も順位は低いながらロングセラーで、インディとしては破格のヒットになっていた。ラッパーとしてのスキルは別に高くないが、歯切れのいいシャキッとしたスタイルは非ラップ・リスナーにもわかりやすいので、これだけウケたのだろう。しかし次作以降ぱたっと売れなくなり、すっかり名前を聞かなくなった。

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