Jul-Dec, 1983

1983/7/16付 No.10 (13週目でTop10入り) 最高位10位、30週
Killer On The Rampage / Eddy Grant
この時期のアメリカのヒットとしては非常に珍しいタイプ。人口70万というブラジルの隣の小国・ガイアナ出身、ロンドン育ちのシンガー。60年代からイコールズというグループのメンバーとして活動、「Baby Come Back」という全英No.1ヒットを出している。本作はレゲエと当時流行りのエレ・ポップを組み合わせたような音で「Electric Avenue」(2位)が大ヒット。イギリスではここから「I Don't Wanna Dance」が1位になった。

1983/8/13付 No.10 (5週目でTop10入り) 最高位6位、27週
Staying Alive / Bee Gees/Soundtrack
ジョン・トラヴォルタ、シンシア・ローズ主演映画。サントラにビージーズを迎えていることからも明らかなように「サタデー・ナイト・フィーバー」の再来を狙った作品。しかしそのビージーズの「The Woman In You」(24位)は大したヒットにはならず、むしろ目玉はフランク・スタローンの「Far From Over」(10位)のほうか。フランクはシルヴェスター・スタローンの弟で、実はこの映画の監督はシルヴェスターなのでそのコネでの参加。シンシア・ローズ(後にアニモーションに加入)もサントラに参加するなど、関連性がわかりやすすぎる作品。さすがスタローン。

1983/8/20付 No.9 (13週目でTop10入り) 最高位8位、54週
Reach The Beach / The Fixx
ロンドン出身のニューウェイブ系のバンド。今で言うところのモダン・ロック系。音作りはギターがメインだが、“テクノ・ポップ”に括られることもあった。デビュー作は最高位109位ながらもほぼ丸一年(51週間)チャートインするという凄いチャートアクションを見せ、この2作目でトップ10入り。以後もヒットシングルは散発するが、アルバムは本作が唯一のトップ10入りとなる。「One Thing Leads To Another」(4位)「Saved By Zero」(20位)「Sign Of Fire」(32位)と連続ヒットを生んだ。ちなみにイギリスのバンドだが、本国ではヒットらしいヒットがまったくない。

1983/8/20付 No.10 (27週目でTop10入り) 最高位10位、87週
Duran Duran
デュラン・デュランのデビュー作で、アメリカでは発売順が「Rio」と逆になった。そもそもは81年の発売なので、やや音づくりがチープだったりする。もともと収録されていた「Planet Earth」「Girls On Film」などがイギリスではヒットするが、アメリカでの再発にあたって、当時イギリスではシングルのみの発売でアルバム未収録曲だった「Is There Something I Should Know ?」を追加収録し、これがアメリカでもヒットした(4位)。

1983/8/27付 No.9 (7週目でTop10入り) 最高位10位、25週
She Works Hard For The Money / Donna Summer
このタイトルに邦題「情熱物語」とは、原意を損なわない程度に当時の日本の流行りっぽい感覚を織り込んでいて巧い。ドイツから登場した、エロい歌を無表情で歌う女は70年代末にディスコ・クイーンに君臨し、80年代はどんどん人間っぽくなっていった。通算4作目のトップ10アルバムとなる本作では自らコスプレして“一生懸命働いて金を稼ぐウェイトレス”を演じる。タイトル曲が大ヒット(3位)したが後が続かず、このアルバムまでは(中途半端なベスト盤を除く)全13作品がすべてゴールドディスク以上になっている彼女の勢いは、本作で途切れてしまった。

1983/9/3付 No.7 (3週目でTop10入り) 最高位4位、111週
An Innocent Man / Billy Joel
そのキャリア中出したほとんどのアルバムを大ヒットさせているビリー・ジョエルだが、いちばんたくさんのヒット曲を生み出したのがこのアルバム。これで6作連続のトップ10入り。ピアノ弾きのソングライターからギターを抱えたロックンローラーへとイメチェンを計り、その後行き着いたのは古き良きオーソドックスなポップス。50〜60年代ポップスに通じる楽曲志向は歓迎され、「Tell Her About It」(1位)「Uptown Girl」(3位)「An Innocent Man」(10位)「The Longest Time」(14位)「Leave A Tender Moment Alone」(27位)「Keeping The Faith」(18位)とシングルヒットを量産した。

1983/9/3付 No.8 (2週目でTop10入り) 最高位6位、25週
Alpha / Asia
元キング・クリムゾンと元イエスと元エマーソン・レイク&パーマーが一同に会した凄いグループで、デビュー作は9週1位の大ヒットとなった。続く2作目が本作。それぞれが前歴でやっていた小難しいことをやめて重厚な産業ロック路線を驀進したことで売れまくったのは良かったが、結局それがバンド生命を縮めてしまい、人気はあっけなく萎んでいった。「Don't Cry」(10位)「The Smile Has Left Your Eyes」(34位)がヒットしたが、これは古くからのファンに向けたメッセージだったのか?

1983/9/3付 No.9 (3週目でTop10入り) 最高位8位、33週
Lawyers In Love / Jackson Browne
ジャクソン・ブラウンの通算7作目で、これで4作連続でトップ10入り。前作「Hold Out」が初のNo.1に輝いたものの、彼にしては軟弱な内容だと、評判はあまり良くなかった。そんな彼が3年ぶりの新作となる本作からまた社会派の色彩を強めていく。「Lawyers In Love」(13位)「Tender Is The Night」(25位)がヒットし、評判も悪くないアルバムだが、この後また次の作品まで2年半以上も間隔が空き、だんだん現役感が薄れて行く。

1983/10/1付 No.7 (24週目でTop10入り) 最高位1位、81週
Metal Health / Quiet Riot
LA出身のメタル・バンドで、このアルバムだけが爆発的にがーっと売れて次作以降は全然売れない、典型的なアルバム一発屋。シングル「Cum On Feel The Noize」(5位)の大ヒットに拠るところが大きいが(この曲はイギリスで大ヒットした(73年1位)スレイドのカバー)、全体にキャッチーな楽曲が多く、何しろパワー全開。フェイクなバンドで、これが売れてしまったのは時代の汚点だと無視されることが多いが、それほど捨てたものではない。他に「Bang Your Head (Metal Health)」(31位)がシングルヒット。

1983/10/1付 No.8 (9週目でTop10入り) 最高位4位、32週
Faster Than The Speed Of Night / Bonnie Tyler
この時期を代表するソングライターのひとり、ジム・スタインマンがこのヒットの背景にいる。もともとミートローフをブレイクさせた経歴のあるジムスタだが、超ドラマチックで大仰なトラック(“打ち上げ花火”と形容された)が得意で、本作に大ヒット「Total Eclipse Of The Heart」(1位)を提供した。ボニー・タイラーは“女ロッド・スチュワート”と言われる味のあるハスキーな声の持ち主で、本作の前後にもぽつぽつヒットを出しているが、ヒットの規模では本作が突出している。日本ではこの後「Footloose」サントラからヒットした「〜Hero」のほうが有名か。



Not Available
1983/10/8付 No.10 (8週目でTop10入り) 最高位7位、51週
Greatest Hits / Air Supply
エア・サプライが3枚アルバムを出した(うち1枚がトップ10入り)後のベスト盤。で、またジムスタ。ボニーの「Total Eclipse〜」が1位だった間2位に甘んじさせられたのが、同じくジムスタ作品で本作に新曲として収録された「Making Love Out Of Nothing At All/渚の誓い」(2位)だった。
エア・サプライは何度もベスト盤が出し直しされており、当時売れたこのアルバムは廃盤(そもそもCD化さえされていない?)の模様。オリジナルのジャケ(メンバーが並んでるだけのムサい写真)を、日本盤では真っ青な海の爽やかな写真に差し換えたりして、とにかく“爽やか”“海っぽい”イメージの強いバンドだった。

1983/10/29付 No.9 (6週目でTop10入り) 最高位6位、38週
Eyes That See In The Dark / Kenny Rogers
ベテラン・カントリー・シンガー、ケニー・ロジャースの4作目のトップ10ヒット。77年にソロ名義で活動を始めてからは80年代半ばまでの約20枚のほとんどを100万枚以上売っている。80年代は第一線から身を引いてプロデュース業に力を入れ始めた感のあったビージーズのバリー・ギブが製作に大きく関わる。ドリー・パートンをゲストに迎えた「Islands In The Stream」(1位)、「This Woman」(23位)がヒット。

1983/10/29付 No.10 (5週目でTop10入り) 最高位3位、81週
What's New / Linda Ronstadt
70年代のアメリカを代表する女性ポップ・シンガーだったリンダ・ロンシュタットの大胆な路線変更作。これで8作目のトップ10入り。ネルソン・リドル・オーケストラをバックに1920〜40年代のスタンダードを歌うという企画モノ。これがうまく大人の購買層にアピールして、こんな地味な作品の割りには大ヒットした。流石に歌の巧い人で、堂々たるハマりっぷりは見事。本作の大成功に気を良くしたのか、この後同じようなアルバムが2枚続く。それなりに売れたし内容は悪くなかったが、ポップ市場における彼女の存在感は致命的に後退してしまった。

1983/11/12付 No.9 (30週目でTop10入り) 最高位9位、183週
Eliminator / ZZ Top
日本ではZZトップがこのアルバムで突然ブレイクしたように見えたが、実はこれまでの作品もみんなトップ20ぐらいには入っており、トップ10入りもこれで3作目。ただ、MTVの勢力拡大期に一連のプロモ・ビデオが流れまくったことで、本作から急速に“目立つ”存在になったことは事実。泥臭いブギ・バンドだった彼らはブギという基本的な音楽性は変えないままシンセで音を厚塗りする手法を生み出し、「Legs」(8位)がヒット。「Gimme All Your Lovin'」(37位)のような従来に近い路線とがうまくバランスが取れたのが本作。

1983/11/19付 No.4 (2週目でTop10入り) 最高位1位、160週
Can't Slow Down / Lionel Richie
コモドアーズ脱退後のソロ2作目で、前作に続くトップ10入り。彼のキャリア中最大のヒットで、84年グラミー賞のアルバム部門受賞作。ラテン風に盛り上がる曲からカントリー調のバラードまで、さりげなく幅広い音楽性をすべて消化して“ポップス”に仕上げた作品で、あまりにも売れ過ぎたので当時もウザがられたし、今も決して評価の高い作品ではないが、収録曲の質の高さは決して無視できない。「All Night Long」(1位)「Hello」(1位)「Stuck On You」(3位)「Running With The Night」(7位)「Penny Lover」(8位)がヒット。

1983/11/19付 No.10 (4週目でTop10入り) 最高位9位、50週
Genesis
英国のプログレ・バンドがピーター・ゲイブリエルという看板ボーカリストを失い、フィル・コリンズをシンガーに据えると、バンドの音楽性は少しづつポップ寄りになり始め、アメリカでもじわじわと商業的成功を収めるようになった。本作で3作連続のトップ10入り。ヒット曲は「That's All !」(6位)のみだが、フィル・コリンズのソロでの成功との相乗効果もあって、本作からぐんとメジャー感が増した。

1983/11/26付 No.9 (4週目でTop10入り) 最高位2位、59週
Colour By Numbers / Culture Club
当時、日本の洋楽リスナーの間でデュラン・デュランと人気を二分したロンドン出身のトップ・アイドル・バンド。いかにも80年代的なカラフルでゴテゴテのファッションや、化粧のきついオカマ・ルックが強烈なインパクトを放ったが、実は非常に良質なポップ・バンドだった。「Church Of The Poison Mind」(10位)「Karma Chameleon」(1位)「Miss Me Blind」(5位)「It's A Miracle」(13位)がヒット。イギリス版、日本版、またそれぞれ当時のものと再発版とで収録曲が若干異なるが、日本版には収録されてる名曲「Time」(2位)もこの時期にヒット。

1983/12/10付 No.4 (3週目でTop10入り) 最高位4位、23週
Undercover / The Rolling Stones
ローリング・ストーンズは、アメリカのチャート史上最多トップ10アルバム数を誇り、これはその29作目となる。まだこの頃はライヴ盤やベスト盤も含めれば毎年アルバムをコンスタントに出していて、現役バンド感が強かった。シングルは「Undercover Of The Night」(9位)がヒットしたのみ。決して評判が良くはないが“それほど悪いわけでもない”と中途半端に擁護されがちな作品。本作録音後メンバーはバラバラになり、危うく本作が彼らのラスト・アルバムになるところだったと言われる。

1983/12/10付 No.10 (4週目でTop10入り) 最高位7位、44週
Rock 'N Soul, Part 1 / Daryl Hall & John Oates
大ヒット曲連発の売れっ子だったホール&オーツの初のベスト盤。しばらく彼らのベスト盤はこれしかなかったので、ヒット曲抜けまくりながらも重宝された。今ではジャケ違いで再発されているが左の写真は当時のジャケを再現した日本での再発盤(帯つき)。とにかく全曲がヒット曲で、ここに初収録された新曲「Say It Isn't So」(2位)「Adult Education」(8位)もヒットし、ベスト盤としてスキのない構成。アルバムの邦題「フロム・A・トゥ・ワン」というのは一瞬かなり謎だが、当時レコードは普通“A面”の裏側は“B面”なのに対し、これは“Side A”の裏側が“Side 1”、つまりどっち側も“裏”ではなくメインなのだ、という作りになっていたから。

1983/12/24付 No.7 (4週目でTop10入り) 最高位5位、53週
90125 / Yes
ロンドン出身で、プログレッシヴ・ロックを支える作品と人脈を輩出した名グループの、アメリカでの最大のヒット作(順位では「Close To The Edge」の3位が上回るが、セールスでは本作)。通算7作目のトップ10入りで、最後のトップ10ヒット。何と言ってもシングル「Owner Of A Lonely Heart」(1位)の大ヒットに拠るところが大きい。アルバムタイトルはレコード番号をそのままつけたらしいが、本作の後に出たライヴ盤「9012 Live」ってのは韻の踏ませ方が何ともオヤジギャグっぽい。「Leave It」(24位)もヒット。

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