LESSON8: 

Janet Jackson
Celine Dion
Queen
4 Non Blondes
Beck
Take That
Merril Beinbridge
Sugar Ray
Faith Hill
Shawn Mullins


Nothing really matters, Anyone can see
Nothing really matters
Nothing really matters to me
Any way the wind blows

- Queen Bohemian Rhapsody



1990


"Love Will Never Do (Without You)"
-Janet Jackson (#1)

まだJacksonがアーティスト名についていたこの頃のジャネット。彼女はこの曲を含むアルバムの大成功によりマイケルの妹という邪魔な肩書きをついに消し去ることが出来た。「Love Will」は89年発売のアルバム『Rhythm Nation 1814』からの実に7枚目のシングルで、アルバムからの4曲目のNo.1ソング。7枚目のシングルでもNo.1なんて聴いたことないよ。おそるべし、ジャネット。「Love Will」はR&B色が希薄でポップス度が全開な実にみずみずしいナンバー。90年代に発表した『Janet』、『Velvet Rope』の2枚のアルバムはソウル色の強い作品だったが、この間でもしっかりと「Runaway」(95/#3)、「Together Again」(97/#1)あたりの「Love Will」路線の楽曲も発表し、ヒットさせている。



1991


"Where Does My Heart Beat Now" -Celine Dion (#4)

カナダはケベック州出身の歌姫セリーヌ・ディオン。彼女がカナダのセリーヌから世界のセリーヌへと羽ばたいた記念すべきヒット曲で、事実上の全米デビューヒット。この曲収録のアルバム『Unison』は彼女にとって初となる英語詩によるアルバム。今では流暢に英語で歌っている世界の歌姫がこのアルバムを出すにあたって1日8時間の英語のレッスンを2ヶ月間行っていたと考えると何とも勇気付けられる。この曲は日本でたしか車のCMに使われていたので何となく知っている若年層も多いはず。この曲はバラードだが、90年代前半のセリーヌは意外とアップ系のヒットが多かった。


1992


"Bohemian Rhapsody" -Queen (#2)

もともとは76年9位まであがった曲なので実際は90年代の曲とはいえないのかも知れないが・・・。英国が生んだ偉大なるロックバンドQUEENは、91年11月24日フロントマンであるタンザニア生まれのボーカリスト、フレディ・マーキュリーをAIDSで亡くす。全米ではフレディの死後追悼ムードでヒットしたというより、むしろ映画『Wayne's World』にフィーチャーされてリバイバルヒットしたといったほうがいいのかも。オペラ調ロック。何も考えずに大勢でカラオケでマイクリレーしながら歌うのは楽しいけれど、歌詞を目で追いながらじっくり聴くとこの曲の深さには圧倒される。"Mama just killed a man,Put a gun against his head, pulled my trigger, now he's dead..."



1993


"What's Up" -4 Non Blondes (#14)

サンフランシスコのバンド。順位だけ見ると小ヒットながら米英ともに知らない人はまずいないぐらいの大人気ソング(UKでは2位)。Vo.リンダ・ペリーの悟りきったかのようなボーカルが歌の内容とあわせて結構ジーンとくる。後にDJマイコがダンスポップカバーして日本でもこの曲が浸透。リンダ・ペリーはその後ソロになってシンガーソングライター活動をしていたがだんだん裏方業度合いを強め、ご存知のようについに21世紀に入りピンク「Get The Party Started」、アギレラ「Beautiful」など大ヒットソングを連発する売れっ子ライターにまでなった。



1994


"Loser" -Beck (#10)

街中を棺桶が引きずりまわったり墓場でチアガールが踊ったりする狂ったPV。スライドギターのリフが印象的なヒップホップブルースとでもいうべき音の構成。ジャンキーとしか思えない意味不明な歌詞。よれよれで死にかけの老人みたいなボーカル。精神病院から抜け出してきたような殺伐としたツラ。無気力、退廃、80年代には絶対ありえなかったポップスの常識を覆したベックのUSでの唯一のヒットらしいヒット。その後彼は作品のリリースを重ねるに連れ実は人のいいあんちゃんみたいな色合いが強くなっていった。この曲の共作者カール・ステファンソンは後にフォレスト・フォー・ザ・トゥリーズというソロプロジェクトを立ち上げ、97年にインド色を強めた「Dream」をヒットさせた。



1995


"Back For Good" -Take That (#7)

90年代前半栄華を極めた英国産ボーイズグループのアメリカでの唯一のチャートヒット。UKではもうボーイゾーンに取って代わられかけていた頃の遅すぎる全米ブレイク。いかにもアダルト・コンテンポラリー然としたしっとり系のスローで、豪雨の中傘も差さずに必死に熱唱するPVは印象深い。今でこそロビー・ウィリアムスありきのテイク・ザットと言われがちだが、この曲を含め作曲をやっていたゲイリー・バーロウが私は一番偉いと思う。



1996


"Mouth"
-Merril Bainbridge (#4)

「イニシャルがMBで、デビューヒットが1単語である女Vo.はかなりの頻度で1発屋になる」という法則に従い見事一発屋になったオーストラリアはメルボルン出身のロリ声系女Vo.(当時28歳(!!))。この年のロリ声ヒットといえば年齢不詳シンガー ドナ・ルイスの9週連続2位ヒット「I Love You Always Forever」ももちろん忘れてはいけない(一説にはかの曲のヒット時すでに30代後半だったという恐ろしい噂も・・・)。「Mouth」は全体的にかなりキャッチーなメロの良く出来たポップソングだが、バックのヒューマンビートボックスと、歌詞に出てくる「しょっぱい唇」というフレーズがかなり謎。


1997


"Fly"
-Sugar Ray (Air #1)

すっかり夏の風物詩的存在になってしまった西海岸発ミクスチャー系バンドのデビューヒット。アルバムではもっとガツンガツンした曲もあるのに敢えてラジオフレンドリーな曲しかシングルカットせず、ポップス系ラジオリスナーの期待を全く裏切らなかった姿勢は実に見事。この曲はラガMCのスーパーキャットをゲストに迎えた、ゆるーいレゲエ調の曲。カラオケで歌うにはスーパーキャット用にもう一人用意して、ツインボーカル体制で臨んだほうが良いと思われる(ワンポイントカラオケ講座)。それにしても、この頃のモダンロックチャートってこんなのばっかだな(笑)。個人的にはうれしかったけど。



1998


"This Kiss" -Faith Hill (#7)

カントリー界だけのフェイス・ヒルがようやく下界に降り立ちメインストリームとも触れ合った歴史的1曲。元のメロディ自体がベス・ニールセン・チャップマン作曲のキャッチーすぎる出来だが、下界ブレイクのためにさらに輪をかけてアレンジからカントリー臭さを取っ払い(ドラムなんかかなり分厚くなっている)見事メインストリームブレイクに成功した。2番終了転調後の畳み掛けるようなメロ、そして最後のサビ、フェイク、と息をつかせぬ構成は本当に隙が無い。ソングライターにN.HachidaiとE.Rokusukeが名を連ねていないが、まあ偶然似ていただけだろう。たぶん。いや、おそらく。


1999


"Lullaby" -Shawn Mullins (#7)

ベテランシンガーソングライター ショーン・マリンズの初であり唯一のヒット。彼自身が設立したインディレーベルからの6枚目のアルバムからのシングルで、地元アトランタのオルタナ・ロック系ステーションのディレクターが興味を持ち、かけ始めたのをきっかけにメジャーとのオファーに取り付け、全国的なヒットとなった。アコギをバックに詩を朗読&サビでいきなり歌い出す、という技ありのヒット(そういや90年代初頭のマドンナってこういう構成の曲多かったなぁ、先見の目あり?or手抜き?(笑))。サビで歌われる「らかばい(rockabye)〜」というのは、たぶん"ROCK"と"LULLABY"の造語。レスラーみたいなビジュアルがちょっとつらかばい。





 

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