LESSON3: 

Surface
Rick Astley
Joe Public
The Proclaimers
All-4-One
The Presidents Of The United States Of America
Dishwalla
Paula Cole
Fastball
702


Tell me all your thoughts on God
'Cause I would really like to meet her
And ask her why we're who we are

- Dishwalla Counting Blue Cars



1990


"The First Time"
-Surface (#1)

80年代から活動し、「Happy」、「Shower Me With Your Love」などR&Bの世界ではヒットを連発していたソウルボーカルトリオ。このソフトタッチのバラードで遂にポップチャートでも1位を記録した
。サーフィスの音楽を人に例えるとしたら、他人の恋の相談相手ばかりしてそうなどんくさいけど憎めない奴タイプ。だから聴いていてなんかすごく自然体というか、和む。夜部屋で一人でいるとつい聴きたくなるのもそのせいかも。そう、サーフィスの音楽ってなぜかシチュエーション的に深夜なのである。特に日付が変わった0時〜1時あたり(笑)。この曲もさることながら、優しい男(aka尽くす男)の極地といった趣の「Never Gonna Let You Down」(91/#17)の感情剥き出しっぷりも注目すべきである。


1991


"Cry For Help" -Rick Astley (#7)

80年代の彼を知る人は今までのリック像を180度覆されたこのバラードヒットはさぞかし驚いただろう。何せ彼には(当時の)カイリー・ミノーグやバナナラマと同じ土俵で勝負していた超ユーロビートな前科があるからだ。まあ80年代をリアルタイムで聴いていない人たちも無意識のうちに幼稚園/小学校の運動会のダンスで彼の曲をバックに踊らされてたに違いない。いや、絶対そうだ(笑)。「軽いはずのユーロビートがなぜこんなに重く・・・?」と疑問を感じていた彼のボーカルも、いざこうしてピアノメインの静かなバラードに乗せて聴かされると妙に説得力があり、しっくりしていたりして面白い。彼はこののち「Hopelessly」(93/#28)という朱玉のバラードを静かにヒットさせてそのままフェードアウトしていった。最後のヒット曲のタイトルが"hopelessly"ってなんか切ないなぁ。



1992


"Live And Learn" -Joe Public (#4)

楽器の演奏もできる4人組R&Bバンド。この曲が出る1年前にキース・スウェットの「Keep It Comin'」で作曲、コーラスを担当して(しかし、PVにも登場させてもらえずクレジットもされなかった)評価を得たのがブレイクの一因。ちょっと垢抜けないストリートファッションに身を固めて「人生日々勉強だ。年老いて死んでしまう前に色々学んでおけよ」なんて人生の教訓を歌ってしまうところが田舎くさくもニクめない。JBあたりの60年代ファンキーソウル大好きっこたちが集まりました、って感じの音作りは非常に好感が持てる。


1993


"I'm Gonna Be (500 Miles)" -The Proclaimers (#3)

一歩間違ったらヨーデルというアルプスの少女ハイジ的なかけあいスキャットが鬼キャッチーな本曲。時たまこんな曲が登場するのでチャートの追っかけはやめられない。プロクレイマーズはスコットランド出身の兄弟デュオ。元々は彼らの89年のアルバムに入っていた曲だが、映画"Benny & Joon"のテーマ曲として抜擢され、大ヒット。♪ラーララッタ、ラーララッタ、ラーララッタ、ラーララッタ、ランララランララランララランラララーラーラーン。綺麗にハモれるまでひたすら練習すべし。


1994


"So Much In Love"
-All-4-One (#5)

黒人2人、白人1人、ヒスパニック1人の珍しい人種混成ボーカルグループ。グループ名はたぶん「一人がみんなのために。みんなが一人のために。4人で一つのハーモニーを!」てなノリで付けられた思うのだが、巷では歌えるのは専ら黒人2人のみとの声多数。特にいじめられっ子みたいな白人はほんとに歌っているかどうかさえ謎。彼らのヒットといえばこの曲が60年代のフィリーの黒人ボーカルグループであるタイムズのカバーで有名なスタンダード、「I Swear」(94/#1)と「I Can Love You Like That」(95/#5)がカントリーのジョン・マイケル・モンゴメリーのカバーという恐るべきカバーヒット率で、ブレーンの選曲の才能も誉めなければいけない。彼らは最近山下達郎の「クリスマス・イブ」をカバーしたとかで、欧米で相手にされなくなったあともアジアにしっかり狙いを定めて活動中とのこと。



1995


"Lump"
-The Presidents Of The United States Of America (Air #21)

唐突に始まり唐突に終わる2分12秒のポップスの奇跡。3弦ギターと2弦ベースが奏でるシンプルでわかやすい演奏&メロが快感な変則3ピースバンドのデビューヒット。彼らの曲は歌詞も変わっていてこの曲がカエル、あとはネコや桃などロックバンドではありえない内容のオンパレードでそれも話題となった。この曲はドラムの感じとかサビでの間のあるギター
とかちょっとナックの「My Sharona」っぽい。たぶん本人らはそんなこと考えもしてないんだろうけど。世界で最も愛されたロック界の大統領たち。


1996


"Counting Blue Cars"
-Dishwalla (#15)

カリフォルニア州サンタバーバラの4人組(現在は5人)のデビューアルバムからのモダンロックヒット。この曲がバンドの唯一のポップチャート上のヒット。LA Timesでカーペンターズのトリビュート盤が出ることを知り、プロデューサーの元にデモテープを送り付け、アルバムに参加でき、それをきっかけにメジャーと契約が結べたという変わった経歴をもつ彼ら。「Counting Blue Cars」は当時いっぱい出てきた、ちょっとだけうるさいギターとメロディアスすぎるサビを持つ青春ロック系パワーポップの一種。それにしてもここのページに書いてあるバンド名の由来は本当なのだろうか。インドの貧村のパラボラアンテナの元締め、て(笑)。



1997


"Where Have All The Cowboys Gone ?"
-Paula Cole (#8)

あのバークリー音楽院卒という肩書きをもち、ピーター・ガブリエル、 サラ・マクラクラン、メリッサ・エスリッジらのサポートを得て93年にデビューした女性ソロシンガー。この曲は2枚目となるアルバム『This Fire』からのシングルで、タイトルを聞いただけではカントリーと勘違いしそうなナンバー。半分語り、半分歌という構成はひところのマドンナを思わせるが、この「トゥトゥル...」というリフレインは一度聴くと潜在意識下まで潜り込むから恐ろしい。最後の「イッピヨー、イッピエー」もこの人が口ずさむとちょっと怖い。全体的にくぐもった音になっているのは、古ぼけたカーステレオから出る音をイメージしたためだとか。腋毛を生やしていたとかプロモ画像でエラを修正していたとか、音楽以外の話題でも事欠かないアーティストだった。


1998


"The Way"
-Fastball (Air #5)

哀愁の懐メロ。いや、これ以外形容できないでしょ、この曲は。今時和製バンドでもこんな歌謡曲歌わねぇよ、というほどの青春歌謡ど真中で日本のラジオ局もしゃかりきになって大量オンエアしたため、当時多くの日本人がこの曲で涙腺を刺激された。テキサス出身のバンドには地味に良いバンドが多いという噂は嘘じゃないのね。しかし、この曲で驚くのはまだ早く、Breakoutでも「小林明子の『恋に落ちて』に似ている」と評されたこの次のシングル「Out Of My Head」(99/#20)はもはやどこをどう切っても日本の曲というほどの超ど歌謡曲だった。ちなみにこのバンドにはボーカルが2人おり、曲によってメインが代わる。「The Way」がトニー、「Out Of My Head」がマイルズ、声質が似てるのでなかなか区別つかないけど。



1999


"Where My Girls At"
-702 (#4)

112に311、911にそしてこの702。さあどれがどれだかわかりますか?数字だけって酷いよなぁ。まだBlinkとかSumとかEiffel(苦笑)とか頭に付けてくれれば親しみが沸くんだけど。まあこのグループ名は自分らの出身地ラスベガスのエリアコードをグループ名にした、というだけあって一応筋は通ってんだけど。彼女たちは「Poison」(90/#3)で有名なベル・ビヴ・デボーのマイケル・ビヴンスが設立したレーベルBiv 10から96年にデビューした3人組ガールズグループ。702は明確なキャラや声の特徴もそんなにないから、結局のところヒット如何はプロダクションに因るところが非常に大きい。この曲もミッシーがプロデュースした話題性と、3分10秒というオンエアに乗りやすい曲長だったこと以外ヒットの要因が考えにくい。





 

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