BRIAN WILSON

LIVE AT THE ROXY THEATRE (2000, Brimel Records)
ここでこのアルバムが買えます  グループが空中分解を起こし、それが裁判ざたにまで発展してもはや「営業用の暖簾」以上の意味を持たなくなってしまったビーチ・ボーイズ。グループといち早く袂をわかち、後輩たちの優秀なバックアップに支えられてここ数年充実した活動を続けているブライアンの、これはウィルソン夫妻が運営しているレーベルからインターネット経由で発売されたライブ盤。ジェフリー・フォスケット、ワンダー・ミンツといった、あの素晴らしい東京公演でバックを務めていた面々がここにも参加、内容も東京でやったのと近いものなので、東京国際フォーラムで夢のような時を過ごした人にとっては、その“記録”として手許に残しておくべき価値のあるアルバムだと思う。個人的な不満を言わせてもらうと、ステージの最後に披露される感動的な「Love & Mercy」、あれにアルバム同様コーラスのみの部分、あそこをを追加さえしてくれたらまさに夢のような気分になれるのに、という心残りはあるのだが。また後になってからプログラムに追加された曲も幾つか収録されており、中でもベアネイキッド・レディーズの「Brian Wilson」の本人バージョン(!)は意外なプレゼントだろう。残念ながらブライアンにかつてのような閃きが戻ることは永遠になさそうだが、後輩たちと、オーディエンスの熱心なサポートで今後も安定した活動を続けていって欲しいものだ。人間国宝みたいなもんですからね。さぁ、次はあの「ペット・サウンズ・シンフォニック・ツアー」の音盤化(できれば来日公演の実現も)ですな。 (八亀)
IMAGINATION (1998, Giant)
ここでこのアルバムが買えます  「復活」というが,21世紀も近いという98年に,我々はBrian Wilsonに何を求めようというのだろうか。サーフィンが出来ない精神的に脆いイノセントなポップ職人,という彼の実像が一般的になってきただけに,多くの人にとってそれは,時代の先端を行くコンセプトアルバムだとか,トリッキーなものよりも,シンプルでポップなものを指すのだろう。そういう点では,今作を「復活」と呼ぶのも的外れではない。しかし,本人の手によって作品を生み出すという意味での純正度の高さを「復活」とすれば,今回もそれほどではないなあ,というのが実感だ。精神科医の名がプロデューサーとしてクレジットされて物議を醸した89年の「復活」作と比較しても,今作の方が本人の自発的な意思による部分が多いにせよ多数のミュージシャンやライターの多さは前作以上である。辛辣になったが,,アルバムとしてのポップな響きは素晴らしい。結局のところ,意図のよく見えない旧作のセルフカヴァーにかまわず,Brianだけでこうしたサウンドが作り上げられればよいのだ。(信沢)

 ここ数年リハビリ作が立て続けにリリースされたことから、その登場に期待が集まってていたブライアン・ウィルソンのオリジナルアルバムがようやくリリースされた。純粋な意味では2枚目にあたるこのソロアルバムは、88年に発表されたファーストをやや明るめの雰囲気で作り直したような印象を受け、サウンドも以前とさほど変わらない感じ。ある種の痛々しさが全体を通じて感じられたファーストに対し、こちらは非常にリラックスした雰囲気を持っていて聴きやすく、もしこのアルバムが10年前にリリースされていたら商業的な評価も大分違っていただろうと、その点はやや悔やまれる。しかし実際にはブライアンがこのようなアルバムを作り上げることのできる精神状態に至るまでには10年の期間が必要であったし、ファンも10年間彼の精神的コンディションの進退を見守り続けているので、これについてどうこう言う者はいないだろう。セールス的に見てこのやや古色蒼然としたアルバムはブライアンとそのファンたちの間のみで共有される作品となりそうだが、それはそれでいいのかも知れない。(八亀)   

 ヴィデオのサントラやヴァン・ダイク・パークスとのコラボレイションがあったので、あまり久しぶりという感じがしないのだが、正式なソロ・アルバムとしては89年の『Brian Wilson』に次ぐ2作目となる。肝心の音なのだが、印象としては前作の延長と言うよりは、ビーチ・ボーイズの『偉大なる15年』や『ラヴ・ユー』の延長線上に近い。ソングライティングやコーラスは相変わらずの涙モノ。だが、『ペット・サウンズ』などで一種異様な音響空間を構築していた元祖音響派の作品にしては、アレンジに凡庸さが目立ち、特にキーボードとリズム・セクションは完全に80年代AORのクリシェに陥っている。それが本人の希望なのか、はたまたジャイアント・レコードCEOアーヴィン・エイゾフの入れ知恵か、共同プロデューサーであるジョー・トーマスの無知によるものかはわからない。だが、ハイ・ラマズやステレオラブなどブライアンの音響構築に影響を受けたミュージシャンが一定の評価を受けている現在、時代錯誤的なこの方向性は明らかな失敗であろう。ボーナス・トラックのアカペラが、わずかな救いであった。(鎌田)


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