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00年死去したイアン・デューリーの77年の大ヒットアルバム“New Boots And Panties”を、曲順まで同じにしてカヴァーしたトリビュート・アルバム。と言ったところで、それがどういう意味なのかは、ちょっとこれは理解しづらいだろう。元ネタをリアルタイムで聞いていた評者にしてからが、このヘンテコなアルバムが、時世に合っていたか外れていたかすら分からなかったのだから。イアン・デューリーは、一口で言えば、パンク・ムーヴメントに乗ったパブ・ロックの生き残りなのだが、その唄い方やサウンドのアクの強さったらなかったワケで、それが唯一無二の個性として認められていったのだった。
と言えば話は簡単なのだが、その個性の強烈さたるや、どうしてこんなアクの強いアルバムがマルチ・プラチナになったんだか、考えれば考えるほどワケワカラナクなって、途方に暮れてしまうのだった。と言っても嫌いだったわけではなくて、むしろ、ピストルズやクラッシュの直截さを眩しく感じていたヒネた少年にとっては、こうした、屋台の煮込みのような、正体不明ながらダシの濃い、猥雑ではあるがどこか矜持のあるこのアルバムに惹かれていったのだが。てなコトばかり言ってると、ちっとも話が進まないので、とりあえずアルバムに話を移す。
原典が大ヒットアルバムながらアクが強いということで、駆けつけたメンツも一筋縄ではない。ポール・マッカートニーというのがまず驚かされるが、シニード・オコナーにビリー・ブラッグという硬派から、ロビー・ウィリアムス、カタトニア、フィーダーの現役バリバリ組に、もちろん同僚のレックレス・エリックやマッドネス、そしてアルコール渦から復帰した元ポーグスのシェーン・マッゴーワンに、故人と親交のあった俳優のキース・アレン。そして演奏はイアンをサポートしていたブロックヘッズ。役者揃い踏みである。となれば、気になるのは各自の解釈。これがなかなかに楽しい。「Sweet Gene Vincent」をアク抜きされたポップスにしてしまったロビー・ウィリアムスには別の意味で頭が下がるし、ポール・マッカートニーの成りきり振りも微笑ましい。が、それ以上に、イアンの個性を、自分のフィルターを通した形で曲を肉体化したビリー・ブラッグやキース・アレンのパフォーマンスは、このアルバムをお座なりな類型化されたトリビュートから救っている。それもこれも、イアン・デューリーという強烈な個性があったればこそ。改めて、惜しい人を失った、と感じ入ってしまった。(Yaz)
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