STEREOLAB

DOTS AND LOOPS (1997, Elektra)

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 前作『エンペラー・トマト・ケチャップ』は、寺山修司の60年代の実験映画「トマトケチャップ皇帝」や往年のフランス映画「シベールの日曜日」などからアルバムや曲の題名を取ったことからわかるように、50〜60年代の映画のサウンドトラックのような流麗な響きが耳に残った。ましてやヴォーカルが一部フランス語だったせいか、全体に60年代のフランスB級映画のサントラのような印象を強く受けた。今回のタイトルは出典こそ不明だが、60年代というよりどこかしら40〜50年代の欧米のモダン・デザインを連想させる。そのせいか、内容に関しても、前作に比べてより抽象的な印象が強まった。言い換えれば、ラウンジ・ミュージック、あるいは、スペース・エイジ・バチェラー・パッド・ミュージック(彼らの旧作のタイトル)の色彩が若干濃くなって、ガツンと来るような衝撃は多少薄まっている。まあ、そんなコムズカシイこと言わなくても、A&Mサウンドやピチカート・ファイヴに興味のある人なら、いちど低い音量で流しっぱなしにして聞いてみると、意外な発見ができるかもしれない。ハマったら、彼らのサイド・プロジェクトの『ターン・オン』も聞いてみるといい。(鎌田)
EMPEROR TOMATO KETCHUP (1996, Elektra)

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[editor's choice !] この人達のやっている音楽ほど言葉で表現するのが難しいものはない。もはや「ステレオラブ」という一つのジャンルとして呼んでしまいたいくらいだ。「モンド」だ「ラウンジ」だと巷の流行とリンクしたせいで大手輸入盤店にも大きくディスプレイされていたが、この人達はそうした流行り廃りなんかくらいではびくともしない確固とした世界を持っているのだ。しかしながら本作では初めて彼等の音に触れる人でも十分楽しめるだけの内容になっている。昔からのファンにすれば、遂にここまで、とうならされるほどポップでわかりやすい展開、かってのドヨーンとしたノイズだけが延々と続くといった曲がなくなり(それもちと寂しいのだが)、どの曲もすっきりとまとめられている。面白いのはメロディーがポップになることで、彼等のサウンドのユニークさがより際立つということだ。今回、彼等のサウンドの良き理解者であるトータスのジョン・マッケンタイアをプロデューサーに起用したことによって、音の一つ一つがくっきりとした立体感を持ち、それが組み合わされることで一種独特の摩訶不思議な響きが生み出されていく。聴き返す度に、ふんだんに盛り込まれたクラウト・ロックからボサ・ノヴァまでの数え切れないほど多様な音楽のエッセンスと、随所にしかけられたサウンドのマジックに新鮮な驚きを覚えてしまう。既に90年代のクラシックたる風格さえ漂う会心作。(野坂)
[editor's choice !] ロック/ポップスファンにとって、96年のニュースの一つはラウンジとかムーグというキーワードとの出会いだろう。それらを映画PULP FICTIONのサントラだとか、スーパーのBGM(!)などと表現した関連記事を読んでいたお陰で、その代表的存在として紹介されるSTEREOLABもチープな懐古主義的焼き直し音楽かと思っていたのだが、とんでもない。むしろ洗練されていて、新鮮な音だ。単に50-60年代のオリジナルのモンドを聴いていないから新鮮に聴こえるだけだとしても、若い世代でオリジナルを知っている人の方が圧倒的少数派のはずで、多くの人が私と同様の印象を受けると思う。逆に社会がテクノ・ストレスにさらされ続ける今、こういう先進的な曲とアナログ・キーボードの柔らかい音の組み合わせというのは、現代的であるのかもしれない。それに、実験的色彩を放ちながらもキャッチーな音作りで、普通のポップスに慣れた耳にも違和感がなく入ってくる。何かというと数量限定シングルを出したりして、本人達はアングラ的なのが好きなようだが、もっともっとたくさんの人に聴いてもらいたいアルバムだ。また、歌詞は英仏両語で書かれているが、仏語がこれほどポップス的サウンドに馴染んで、かつ洗練された響きをもつことが出来るというのを示している点も、特筆に値する。甘ったるかったりあか抜けなかったりするフレンチ・ポップス/ロックに食傷気味のリスナーにも、お薦めしたい一枚。(nori)


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