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ドラマチックな人生だ。両親ともアフリカ人で、こいつ自身もナイジェリアで生まれた純粋なアフリカ人(育ちはヒューストン)。多くのラッパーとは違い、父親は医者で、裕福な家庭だった。しかし母親が病死するとこいつも非行に走り、ドラッグの売買に手を出す。ある日ドラッグを持っているところを警察に見つかりそうになり、慌てた彼は、致死量に相当する大量のドラッグを一気に飲み込んでしまった−−−そのまま病院に直行。生死の境を彷徨い、回復したらそのまま刑務所へ。出所後は更正させようと、父親が大学へ送る。在学中にヒップホップの世界に踏み入れ、レコードデビューを果たす。が、そのままドラッグの世界にも逆戻りし、結局また刑務所へ。彼の独房の窓からは、ヒューストン大学のキャンパスが見えた。彼は思った。なぜ俺はここにいるんだろう。俺は、あっちにいるべきなんじゃないか。
出所した彼はその志を貫き、ヒューストン大学に入学し、ビジネスを学んだ。ヒップホップのキャリアも順調で、ヒューストン一帯を仕切る名物DJ、DJ スクリューのコネを得た(スクリューは2000年末に亡くなった)。そして、このアルバムが彼の2作目。地元でかなりの評判となったため、途中からメジャーの配給も得た。
と、これだけの知識を前提に聴くのと、ただ音だけ聴くのでは、だいぶ印象が違う。「また変な南部ラップかよ」「またリルかよ」で片付けてしまおうと思えば、充分に片付けられる存在だ。しかし、DJスクリューという大黒柱を失ったヒューストンのラップ・シーンが、アトランタなどの要素を取り込んで再生しようと必死にもがいている姿が、見え隠れする。そしてそれがマイナーな田舎ラップだと無視してしまうにはちょっと惜しいレベルに達している。(しんかい)
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