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Grand Royal絡みの演奏活動が近年多いと思ったらなんとそこからデビュー作の登場だ。チボ・マットの本田ゆかとの共同作業によるもので,二人は私生活も共にしているらしく,この人は顔も声も父親似ならアルバム作りも父親譲りだなあ,と納得。1曲目,シンプルな演奏の途中で突然ノイジーなギターが入ることから察せられるとおり,本作は二人によるやや実験的な自宅録音集といった趣となっている。リズムボックスを使ったボサノバの(2),ギターあるいはピアノによる弾き語りの小品(5)(11),ジャズ的な(7)等,Seanの思索的な詞に絡むサウンドはどれも完成されたロック/ポップとは言い難い。だが,見方を変えればギラギラした打算のない素朴な創作といえる(Grand Royalがこの程度の内容のアルバムを発売したこと自体打算的と言えなくもないが)。母親の人脈を活かせば豪華ゲスト多数参加のアルバムチャート初登場1位作品も可能だったろう。しかし,そうはしなかったところに地に足をつけて着実に活動を進めていこうというこの男の意思が感じられて頼もしい。(信沢)
数年前、東京にチャット・グルーというバンドがあった。単なる友達のバンドなんだけど、彼女たちの作る音楽を初めて聴いたとき、レコードオタクで頭でっかちな僕とは全く違った音楽に対する着眼点に非常な新鮮さを覚えたものだった。このショーン・レノンのデビューアルバムを聴いたときも同じことを思った。彼やプロデュースを担当した本田ユカが耳から取り入れて独自に解釈した「彼らなりのボサ」や「彼らなりのジャズ」や「彼らなりのロック」を如何にも 90年代に育った少年少女の感覚で非常に屈託なく演奏する様子は、聴いていて非常に潔さを感じる。彼の生い立ちや育った環境を考えれば、この屈託のなさは驚異的なものなのかも知れない。チャット・グルーの自主制作CDにはライナーノーツを書かせてもらう形で彼女たちに賛辞を贈ったが、ショーン君に対してはこのレビューをもってそれに代えさせてもらおうと思う。但しこの路線は一回だけ、次作以降は“センスのみで勝負”的なものに終わらないことを条件にしたい。じゃないと飽きちゃうもん、2回も聴いたら。(八亀)
父親はイギリス人で歴史に名を残すバンドのメンバー。日本人の母親は、有名な前衛芸術集団に参加した後、夫の影響で音楽にも手を染める。育ちはニューヨーク。二世タレントとしては、ジェフ・バックリーやアダム・コーエンとは明らかに格が違うサラブレッドであり、コスモポリタンである。先に挙げた二者がどこかで父母の音楽を敷衍しているのに比べて、声には面影が認められるし、実際父親を彷彿させる曲もあるのだが、その音楽の範疇は明らかにジョン・レノンやオノ・ヨーコを超えたところにある。アルバムには、ポップ、ネオアコ、ブラジル音楽、ローファイなロックなどが混在している。親子に共通するものといえば、「音楽に対する自由なスタンス」といったところだろうか。人は親子関係だけで育つものではない、という当たり前の事実を改めて思い知らされる。レーベルはグランド・ロイヤル。だがヒップホップ色は希薄。というのも、チボ・マットやバター08などの人間関係からここを紹介されたのだという。アルバムの完成度の低さが却って成長後のスケールを予感させる、悠揚迫らざる大器である。(鎌田)
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