WYCLEF JEAN

MASQUERADE (2002, Columbia)
ここでこのアルバムが買えます  ワイクレフ早くも3作めのアルバムが登場。いまなおミック・ジャガーなどの大物プロデュースをこなしているが、今回の自作でも雑多な音楽性を随所に発揮している。シングルヒットとなった「Two Wrongs」はゆるめの和みバラードを愛弟子クローデット・オーティスという正当派シンガーに歌わせて本人は土着のシンギング・マナーでもって応えるという組み合わせ。トム・ジョーンズ本人を引っぱり出してきてしまった「Pussycat」では互いに強烈な個性の交じりあう微妙なデュエットを聴かせる。クリフは過去にもベタな元歌をカバー(まさかサンプリングのつもりか?)をしていたが今回も「Knockin’ On The Heaven’s Door」「Oh What A Night」などでその傾向は健在。ただしクリフの存在感はあまりにも原曲と違うだけに個性が際立つ結果となっている。今までは比較的カリビアン・ルーツが強調されてきたが、レイドバック気味のヒップホップ風の曲がやや増えた。本人いわく説教師だった父親の突然の死にインスパイアされ、もしも父がラッパーだったらどんな表現をしたか?ということを念頭において制作したそう。そのぶんメッセージはより強い言葉で語られることになった。「マスクを取ってリアリティを見つめろ」と伝えるタイトル曲、プロジェクト育ちの自らのルーツを振返る「PJ’s」などで耳を傾けてみるべきリリックを盛り込んでいる。そして「Daddy」は厳粛なムードで押さえたラップを聴かせていて、また違った一面を見せている。メランコリックになりすぎることなく、自分らしいアルバムに仕上げたのはさすが。(中村)
THE ECLEFTIC: 2 SIDES II A BOOK (2000, Columbia)
ここでこのアルバムが買えます  うーん、これは美味しいとこ取りというか、いくらなんでも詰め込みすぎ なんじゃない?と言った印象のワイクリフのセカンド。 ホイットニーに自身の提供曲「My Love Is Your Love」を替え歌で歌わせて 悦に浸ってみたり、曲の終盤でいきなりベースラインがジェイZの「Ain't No Nigga」でおなじみのタイロン・トーマス「Seven Minutes Of Funk」 になったりと、反則技ならぬ販促技も多数登場。はっきり言うと、このアルバムはどれだけこういった仕込みネタを探せるか、といった用途で聴いたほうが 面白いアルバムかもしれない。他にも、アルバム中最大の問題作である3曲目では、なんとケニー・ロジャース本人に「The Gambler」(79年16位)の替え歌を、しかもファロアヘ・モンチの「Simon Says」(99年のラップシーンを語る上で 無視できない名曲!)のトラックに乗って歌わせる、という非常に教育的に良くないこともやってて参った。しかもファロアヘ・モンチにも登場させてるし。今この業界で何の恥じらいも無くこういうことが出来るのはおそらくこの男だけであり、そういう意味では非常に天然記念物な存在でもある。うだうだしながらショボくなっていくよりも、最後にエルトン・ジョンとジョージ・マイケルでもゲストに迎えた最高にシットな曲で1位でも取って、華々しく一線から退いてくれたら言うことなしだ。(はまべ)
THE CARNIVAL / WYCLEF JEAN featuring REFUGEE CAMP ALLSTARS (1997, Ruffhouse)
ここでこのアルバムが買えます  Fugeesのサウンド制作面のイニシアチブをとるWyclef Jeanのソロ作。Fugeesファミリー総出で社会に対する悪影響を与える存在として起訴されたWyclefに対する法廷での裁判劇が演じられる。Wyclefの有罪の証拠として音楽が次々と提供されるという仕掛けだ。たが、このような凝った舞台立ても展開される音楽に比べれば些細なこと。ここに登場する音楽の断片の数々はハイチで育ったWyclefならではのこだわりとクセのあるものばかり。彼の多彩な音楽的背景が反映されている。だが、彼のルーツが明らかになるのは音楽を通してだけではない。黒人社会の中でも一段も二段も低い社会的地位の西インド諸島からの移民としてとして受ける差別や逃れられない貧困を描いたストーリーの数々こそ彼の少年時代からの実体験に基づくものに他ならない。これは単なるポップミュージックではない。ハイチ移民であるWyclefが体験してきたアメリカ社会のストリートの現実を大衆の耳に晒すオーディオ的ドキュメンタリーだ。(信沢)


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