GANG STARR

THE OWNERZ (2003, Virgin)



 時々ヒップホップを聴くと言う行為は何なのかを考えてみることがある。それは50年代にブルースが、ジャズが、60年代にロックンロールが、70年代にワッツスタックスに代表されるソウル・ムーヴメントがそうであったように、黒人音楽の一形態を通じてその時々の社会の、そして音楽の作り手の情念をその時々の最もドウプな音象表現を通じて強烈に発散する音楽形態ではないかな、と思える。そういう音を聴く、ということはそういう情念表現に自分を同化して何らかのヴァイブとかグルーヴを感じ取る、という行為ではないか。特にリリックになかなか入れない日本人としては他の国の連中よりより音像に入り込む度合いが高いのではないか。DJプレミアとグールーの作り出すヒップホップ音像はそんな日本人に実は最も合っているのではないか、この『Ownerz』を聴いて改めて思った。今流行りのジェイZとかナズとか、はたまた南部系のラップとはそもそもベースとなるトラックのモッチャリ度が違う。音が固まりで押し寄せて来て聴く者のグルーヴ感覚を制覇してしまう、そんな支配力が彼等のサウンドにはある。ちょうど90年代初頭、トライブに代表されるネイティヴ・タン派のようなアングラ的なんだけど音のキレが素晴らしくひたすら力強い、という感じのサウンド。ホントはグールーの「社会派」と言われるリリックをじっくり鑑賞すべきなのだろうが、この包み込むようなサウンドには聴くからに「ああ、社会派だ」「なるほどね」と思わせる押し殺した主張をも感じてしまう。優れたサウンドと言うのはそうしたパワーがあるものなのだ。周到に作られた音像のパワー、恐るべし。(阿多)
MOMENT OF TRUTH (1998, Noo Trybe)



 なんだか「一生懸命みんなの期待に応えた作品」って感じだ。相変わらず、ひたすらターンテーブルとサンプラーをいじってループを作り、その「ミニマムの美学」にこだわるDJプレミア。終始クールに抑えるグールーのラップ。今やラップ界ではすっかりベテラン扱いの彼らは、見事に世間のギャング・スター像を裏切らない優れた作品を生み出した。もともと、次々に新しいサウンドを生み出すような革新性を売りにしてるわけでもないし、今までたいしてヒットしてるわけでもないから売れる作品を作らなきゃいけないというプレッシャーがあるわけでもない。しかし、彼らには、「コアなラップ・ファン」の視線が常に注がれている。いちばん耳が肥えていて(少なくともそう自負していて)、うるさい連中が相手なのだ。一度彼等を失望させてしまうと、後にはパブリック・エナミーのような悲惨な余生が待っている。それは「ヒットさせなきゃいけない」というプレッシャーよりも、もっと強力だと思う。彼らは、それを乗り越えた。これで、新しいファンを獲得できるかどうかは疑問だけれど。(しんかい)

 馴染みのナンバーをそっくり使ってヒットを狙う「産業ラップ」と対極をなすものとして「コア」なヒップホップがある。ディギンインザクレーツ的なトラックに乗せ,自らを取り巻く社会やストリートの現実を語る,といったものである。当然,そこにはラッパーとしてのスキル,DJとしてのスキルという二面がある。その中でも,トラックメイキングにおいて,アイデアの源泉を自らの独創性に委ねて作品を生み出しリスナーを唸らせる,これをよしとする人々に評価されているのがDJ Premierであり,彼がGuruと組んでいるGang Starrである。Gang Starrは,GuruのフロウのセンスよりもPremierのトラックメイキングのスキルを語るのに多くが費やされてきた。異常ともいえるほど日本でPremierのウケがいいのも言語の差があるリリックよりもトラックを黙々と作る作業が日本人にも同化しやすいからだろう。今作において多数のゲストやGuruらMC陣とPremierの相性は決してベストだとは思えないが,プリモ命な人々の期待に応えるに足る仕事であることは間違いない。(信沢)


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