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LOVE AND THEFT
(2001, Columbia) |

| 正直に言うと、自分にとってこのアルバムは星5つ満点で、3つぐらいの出来だ。世の中の評論家たちは「地球上の全員が誉めている」「しかもディラン」というこの作品に安易に悪い評価を与えることはできないだろうが、私は不思議なぐらい、この作品に愛着を感じないし、質が高いとも思えない。「Blood On The Tracks」以来の傑作だなどと評されているのを見ても、ちっともその文章が理解できない。タイ語やアラビア語の文章は、どんなに考えたところで今の自分に理解できるはずがないので、見た瞬間に理解することを放棄し、その文字は単なる模様に見える。世紀の大傑作らしいこのアルバムを聴いていて、私はそういう気分に陥る。
私は「Blood On The Tracks」はオールタイムベスト10に入れてもいいぐらい好きなアルバムだし、「Good As I Been To You」や「Time Out Of Mind」といった最近の作品も好きだったのだが。単なる相性の問題なのか、自分の好みが変わってしまったのか。いずれにせよ、世界中のマスコミが声を揃えて大絶賛するこの作品に対しても、世の中には「よくわからん」という奴がいるのだという事実を、ここに記しておこう。(しんかい)
前作「Time Out Of Mind」ではダニエル・ラノワとの密室的スタジオワークによりディランのスピリチャル的要素が音に存分に強調され、それはそれで完成度が高かったのだが、なにやらディランが彼岸の彼方に行ってしまったみたいで私は手放しには喜べなかった。しかし今年の来日公演では、前アルバムの印象とはうって変わって非常に活き活きとしたまさに”生きている”音を放出していたのに私は非常に驚き、その来日公演の帰り道、このライブ感がアルバムに反映されればまさに傑作が出来るのになぁ、などと思っていた。さて今作「Love And Theft」では見事にそれを溝に刻み込んでくれたのである。
楽曲的には巷で良く言われているような、いわゆる「アメリカ音楽の集大成」的な作品が並び、陽気なロカビリー風なもの、ジャズ風なアプローチ、ヘビィなブルースがなどがあり、一見、懐古趣味的にとられる向きがあるかもしれない。しかしチャーリーセクストンをはじめとするラリー・キャンベル、トニー・ガーニエ、デヴィット・ケンパーからなる若さみなぎるツアーバンドの粗野でありながら繊細、鋭く、かつ柔軟な演奏が見事にディランに鮮血を注ぎ、輝きあるものにしている。もう余命幾ばくも無い巨大な恒星が突如超新星となり鋭い輝きを照らしだしたかのようである。鋭利な刃物であった60年代のディランの恐ろしいまでの才能は、いつしか自身のサヤに自ら収まりつつあったが、今回鮮血を浴びまたその鋭い光を放ったのである。これはなんというのか、古いとか新しいとか時間的な制約を超えたところでの”生きる”躍動だ。傑作。(田鍋)
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BOB DYLAN LIVE 1966: THE 'ROYAL ALBERT HALL' CONCERT
(1998, Legacy / Columbia) |

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1966年のイギリスツアーを収録した二枚組。ロックに様々な革命的事件が起きていたこの時期,Dylanもフォークからフォークロックへと大胆な変身を遂げていた。本作は,前半にフォーク,後半ではフォークロックを展開していた当時のライヴを二枚のディスクに分けてそのまま収録。変化を求めない一部保守的聴衆へ配慮として,フォークとロックの2ステージ構成をとらなければいけなかったところに当時のDylanの置かれた立場の難しさが表れている。両者の音楽性にはそれだけ異なるものがあったという訳だが,30年以上経った現在でもその衝撃はいまだ新鮮だ。前半とうって変わった2枚目でのDylanの言葉を聴衆にぶつけるような挑戦的なヴォーカル,後にThe Bandとなる面々のしなやかでパワフルな演奏は圧巻,テンションの高さが十二分に伝わってくる。聴衆のヤジに反撃して「Like A Rolling Stone」を始める場面など海賊盤時代から有名なシーンも収録しており,まさにこの時期のDylanライヴの決定版。ロック史の重要なドキュメンタリーとして必聴の一作だ。(信沢)
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TIME OUT OF MIND
(1997, Columbia) |

| Daniel Lanoisというと、Nevillsをバックに配したアメリカ南部の湿地帯を思わせる深淵なサウンドと、限りなく変形していきそうなDylanのヴォーカルにうまく枠をはめた製作ぶりで絶賛を博した「Oh Mercy」がいやでも思い出される。あれから8年、そのLanoisとDylanが再び組んだアルバムである。世評どおり確かにここには高い評価を得る条件が揃っている。全曲オリジナルというDyalnのアルバムに求められる第一条件は勿論クリア。ラヴソングの形で世界を憂うDylanの歌いぶりはいつもどおり嗄れているものの断固とした口調には説得力がある。バックの演奏陣は余分な要素の少ない研ぎ澄まされたプレイでDyalnの世界を好サポート。そして聴き終わった後の余韻にはDylanらしい重みがある。非常に特徴のあるLanoisの音に違和感を感じなければ、文句のつけようがないアルバムであろう。ただ、マイアミ録音によるここでの疑似南部的風情濃厚な音処理からは数年来好評を博してきたライヴステージの姿が見えてこないのが少々残念ではある。シンプルなフレーズを繰り返して観客を煽っていくスタイルはスタジオで再現出来ないのなら、なんとかライヴアルバムを発売してほしいものである。どういう魂胆か今回Sonyが大プッシュしているようだが気にせず冷静に聴いておきたい。(信沢)
ダニエル・ラノワのプロデュース作。彼が手がけたネヴィル・ブラザーズの「Yellow Moon」でカバーされたディラン作品を御大が聴いてえらく感動し、ラノワが起用された。ラノワの特徴は、低音にエコーのかかった空間的な音。禁欲的、宗教的、神聖、静寂。そこに、それらを超越した、圧倒的な生命のエネルギーをもった声がのって、初めて彼の音楽は生きる。U2も、P.ガブリエルも、ネヴィル・ブラザーズも、それに成功しているが故に、名盤として現在も聴き継がれている。この作品も、然り。ポピュラー音楽が単なる消費対象であることを止め、リスナーに「音楽と真剣に向き合う」ことを求めはじめたのは60年代になってからだ。その世代のアーティストたちが、今、老いを迎えている。爺いにしか出せない凄味。若者のやることに迎合するより、「若造ども、甘えるんじゃねえ」と一蹴する爺いの意固地さと、迫力。「ロックは若者の音楽だ」などというのは、老いることを恐れた小心者の妄言にすぎない。(これ気に入ったらネヴィルズの「Yellow〜」も必聴)(しんかい)
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