
|
Teddy Rileyのユニット2作目の本作は、前作同様曲のタイプにかかわらず楽曲のクオリティが非常に安定しており、Teddy Rileyの才能を感じさせる1枚となっている。今回巧妙なのは、サンプリングでも元ネタのモロ使いでなく、「I Wanna Be Your Man」の "Float On"使い(Teddyの娘Tajaの唄うおまけはご愛敬)や、「The Lord Is Real」の "Time Will Reveal"使いなど、元ネタがバックトラックあるいはメインメロディの一部に渾然一体と組み込まれ、あたかも元々彼らの曲であったかのように聴かせるパターンが今回多用されている点。しかしそういった技が生きるのも、楽曲自体の出来がいいからというもの。トニトニトニの新作が70年代R&Bのエッセンスを昇華した1枚とするなら、BLACKstreetの新作は、いずれも80年代ソウル(Teddy自身の仕事も含む)のエキスを絞り込んだ佳曲ぞろいのアルバムだ。そんな中でTeddyの面目躍如といえる鋭い音づくりが光るのが言わずと知れた「No Diggity」。2Pacの「California Love」では対等にソロを張っていたDr. Dreがここでは後半のQueen Penと同様曲のパーツの一つになっている。他にもTeddy独特のinterpretationが楽しいビートルズのカバー「(Money Can't) Buy Me Love」、レイ・パーカーも真っ青の「I'll Give It To You」などボコーダーを効果的に使った楽しい音造りが彼らのこのアルバムへの自信を物語っている。まあ取りあえず1996年時点の正当派ブラックを語るには、これ聴かなきゃ。(阿多)
このアルバムが出たとき、評価は2つに分かれた。「これは凄い!さすがTeddy Riley」という絶賛組と、「たしかにいいけど、Teddyはこんなもんじゃないでしょ」という叱咤激励組。結論から言えば私は後者だ。大ヒット曲「No Diggity」はヒップホップR&Bの完成形とも言える画期的な曲だった。しかしアルバムの他の曲ではああいう新しい方向性が必ずしも成功しているわけでもない。とくに、全体の7割を占めるスローは、Zapp風ボコーダーや打ち込みビートを強調した、新しいタイプの作品よりも、ごくオーソドックスな作りのものの方がずうっと出来がいい。アルバムのオープニングの流れはBoyz II Menの「II」を思わせるし、ラジオ番組を模したインタールード(ここでしっかり新メンバーの紹介や今後のグループの方向性なんてのが語られる)はPublic Enemyがやってたのとまったく同じだし、ラストがもろゴスペルってのはR.Kellyの3rdみたいだ。Earth, Wind & Fireそっくりの曲もあるし、DeBargeやMichael Jackson、さらにはBeatlesのヒット曲のフレーズを引用(カバー)している。
今までTeddy Rileyに「革新的なイノベイター」というイメージを抱き続けてきた人には、「No Diggity」以外は期待外れだろう。一方、変な先入観なしに単に良質なR&B作品を求めている人には、概ね賞賛されると思う。普段ブラックを聴かない人でも、「へえ、案外いいじゃん」と聴けるんじゃないかな。(真貝)
前作発表時には他に無名メンバーが参加していたし、グループという形態が強調されていたせいか、 T・ライリーの意図が理解出来ず正直戸惑った。出来はともかく別に彼でなくてもいいというような内容だったところから彼はやりたいことを抑えているのではと考えられた。単なる余技、短期プロジェクト、ひょっとしたら冗談かも、とさえ思ったほどだ。だが、彼はこの路線を本気で進めいていこうとしているようだ。今回、その美メロ・サウンドには一層の磨きがかけられていて客観的にはなかなか素晴らしい出来だと思う。かなりの長丈アルバムなのにもかかわらず聴き手を飽きさせずによく最後まで引っ張っていくものだ。確かに彼が相当な気合を入れたものだというのはよくわかる。その熱意と結果には敬服する。だが、しかし、である。それでも言いたい。何回聴いてもこのアルバムからは彼ならではという作り手の顔が見えてこない。その点が非常に寂しいと感じるのは筆者だけだろうか。(信沢)
|