BJORK

VESPERTINE (2001, One Little Indian/Polydor)
ここでこのアルバムが買えます  てなワケで、見てきました、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」。と言ってもDVDだけど。撮了後、監督とビョークが口もきかない仲になったというのもむべなるかな、というほど両者の解釈がすれ違っているのが画面からミエミエ。全体の印象は、「奇跡の海」の監督の作品という感じですが、不安定なカメラワークとあいまって、ビョークの居心地の悪さがこちらの違和感として残ってしまう、というやっかいな映画になってしまいました。ま、事前情報を仕込んだおかげで、サントラの印象は変わりませんでしたけど。で、アルバムの話ですが、音楽的には、リズム楽器がない曲もいくつかあるせいか、ますますロック固有のダイナミズムから離れていってます。アイスランドのニュー・ウェイヴ・バンド、シュガーキューブス出身という出自からはますます遠く、ひらたく言えば音響派に不思議ちゃん系のヴォーカルが乗った、と言えば分かりやすいのかしらん。と片付けてしまうと、前々作(前作はその映画のサントラ)と同じじゃないの、と思われるかもしれないが、そんなコトはありません。アレンジとヴォーカルの関係がいっそう緊密になって、ビョークの不思議キャラが浮いてしまうような事態が巧みに避けられています。その結果、楽曲のスケールが当社比30%アップ(推測)と、コストパフォーマンスも上昇。よきかなよきかな。ただ気になるのは、日本公演でもやったフル・オーケストラとの共演のほうが、このアルバムより良かったという声が圧倒的なこと。見なかったからナンとも言えませんが、それじゃオケをフィーチュアしてアルバム作ってくれよ、と言いたくなるのもまた事実。困ったもんだわ。(Yaz)
SELMASONGS (2000, One Little Indian/Universal)
ここでこのアルバムが買えます  まずお断りしておきたいのだが、筆者はまだ映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を見ていない。にもかかわらず敢えて依頼を受けたのは、映画を見る前とその後では、このサントラに対する意識がまるで変わる、という意見を聞いたからである。この批評は、映画を見る前の筆者の覚書でもある。映画を見た後でこの評がどう変わるか、筆者も楽しみにしている。さて、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」はミュージカルである。それも、悲惨な物語の。だがアルバムからはそのような印象はほとんど感じられない。いつものビョークから打ち込みの要素を抑え、代わりにストリングスをフィーチュアしたという感じである。オーケストラだけの序曲とミュージカルの語法に則った“In The Musicals”が異色だが、この曲はどんな局面で鳴らされるのだろうか。キー・ナンバー“I've Seen It”は映画と異なりピーター・ヨークがデュエットしている。この男が「君が見てないものはたくさんある」と歌いかけるというのは、いささか出来過ぎという気もする。アルバムとしては、何であろうとビョークはビョークなので、過去の作品との違和感はまったくない。(Yaz)
HOMOGENIC (1997, Mother)
ここでこのアルバムが買えます  ジャケ写ではどんどん人間離れしていくビヨーク。しかし、同じ人間離れでもマイケル・ジャクソンのそれと決定的に異なるのは、ビヨークには揺るぎない確固たる「個」があるからこそ、好き勝手に七変化が楽しめるのだということ。何をやっても、彼女がビヨークであることに変りはないから。一方のMJは自分に自信がないから、整形したり漂白したりして自分そのものを無理に変えようとしている。どこかの雑誌で使っていた表現だが、ビヨークはもはや「ビヨークという生き物」であって、それ以外の何者でもない。テクノ〜ドラムンベース系のサウンドに乗せて、ビヨークは歌い、囁く。別に歌が上手い訳ではないし、とくに表現力が豊かな訳でもない。曲のメロディが素晴らしいとか、歌詞がとても味わい深いとかいうこともない。じゃあ、こんなのをなんで聴くんだろう。動物園のパンダは、別に我々に向って何もしてくれない。だらーっと寝そべってるか、笹を食ってるか。そんなのをほんの一瞬目にするために、どうして子供たちは上野まで出かけて、長い列に並ぶのを我慢するんだろう。(しんかい)

 アルバム・カヴァーは引くか笑うかというスゴいデザインだが、それに反して、前作までに感じたハイパーな歌姫というイメージは後退して、内省的な印象が強まってきた。気になるのは内面を探るような歌詞と、ストリングスの多用。1曲kobaこと小林靖弘がアコーディオンで参加しているのだが、それもストリングスの延長上と考えられるような使い方である。前作はロックとトリップ・ホップの融合とか言われたが、今回はその範疇すら飛び越えた、ポップ・アブストラクトとでも言うべき構造を持っている。音楽の幅もぐっと広がった。2枚目のシングルになった「バチェラレット」などはほとんどボレロ。そういえば内省的な内容とストリングスの全面的フィーチュアというと、今年になって出たゴールディーのアルバムの内容と見事に符合しているが、音楽そのものの印象としては、同じ女性ヴォーカルであるせいか、むしろポーティスヘッドに共通するほの暗い感触がある。ちょっと小児的なヴォーカルも洗練されて鼻につかなくなってきた。確かにアクは強いが、全身で何事かを表現せんとする気迫は、並みいるアメリカの女性シンガーをはるかに凌いでいる。(鎌田)


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