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MAMA'S GUN
(2000, Motown) |

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それまでの路線よりもややストイックさを増したかのようなシングル「Bag Lady」を予告編として大方の期待を満身に受けてリリースしたこのモータウン移籍第1弾は、一言で言って期待に全く違わない佳作に仕上がっている。音楽的路線については、「Bag Lady」に聴かれるアイザック・ヘイズのギター・リフのサンプリングといい、「A.D. 2000」に聴かれる70年代のミニ−・リパートンや『キー・オブ・ライフ』以前のスティーヴィ−・ワンダーを彷佛とさせるトラックといい、70年代初期のアフロ・ジャズを思わせるパーカッションとベース・ラインの印象的な「Didn't Cha Know」といい、いい意味でのレトロ趣味が更に時代を遡ってよりローな(生々しい)魅力を体言しているあたりがソウル・ファンには頼もしい限り。現在ヨーロッパからアメリカをかけてツアー中だが、彼女のライヴもデビュー時に比べ芝居がかったギミックも抑え目で、彼女のボーカルとバックのサウンドが一体となったグルーヴが満喫できるものになっているとか。「エリカ巻き」とも訣別して見事なスキンヘッドでグラミー授賞式に望んだ彼女の意気込みが感じられる本作で一皮剥けたエリカ、早くも次作が楽しみだ。(阿多) |
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HEARTACHE - Erica Wright (1998, GMG) |

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Erykah Baduが『Baduism』以前にマイナーレーベルへ残した録音というフレコミのアルバムだが,この手の売り込み文句の例に洩れず,さして有難がるようなクオリティのものではない。インタールードとアウトロが各々アルバムの最初と最後に置かれて一見コンセプトアルバムのような体裁となっているが,クレジットには「Heartache」というタイトルが並ぶ。音を確かめれば案の定,「Heartache」なる曲のリミックス集と呼ぶべきもの。どうやらシングル一枚のリミックスあたりを並べてアルバムとしてでっち上げてたもののようなのだ。一応本人の録音だから便乗商売とは言い切れないが,それにしてもねえ。コンセプチュアルなイメージが鮮烈だったメジャーデビュー以前にはこんな一般的なこともやってました,という記録程度の扱いでよかろう。Baduがハウスサウンドをバックにしたアップビートのボーカルは今や貴重だが,珍しさ以上のものは感じられない。Sam Lynchという男が全面的に担当しているというトラックについても,わざわざ特筆するような出来でもない。やはり,Erykah Baduだったら何でも聴いてみたいというマニア向けだ。(信沢)
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LIVE
(1997, Kedar/Universal) |

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今のR&B界でこれだけオーセンティックなサウンドを、これだけの表現力で聴かせる人もいない。愛息セヴン君出産の直前に行ったこのライヴも、新人アーティストとは思えないほど、完璧に作り上げられたエリカの世界を存分に聴かせてくれる。ファーストの曲が中心だが、ファーストのどちらかといえばもろジャズよりのクールでアーシーなサウンドからはちょっと意外な、70年代後半から80年代前半のソウルの名曲のカバーが織りまぜられている。そしてこれが不思議な統一感を生み出しており、このアルバムのハイライトとなっていることに、彼女の並みじゃないアーティスト・パワーを感じる。いやーはっきり言って彼女がヒートウェイヴやメアリー・ジェーン・ガールズのカバー(『Boogie Nights/All Night Long』)というのは結構意外だったし、ルーファスの『Stay』には鳥肌が立った。先日のライヴでもこのへんの曲の構成はそのままだったが、このアルバムでこういう曲をやることを知らなければ、あの場で完璧に昇天しまったに違いない。
もちろん未発表の『Tyrone』など新たな聴き所も多く、クオリティと官能的な存在感に包まれたこのアルバム、ブラックミュージックファンにとって欠かせない1枚であることには間違いない。(阿多)
97年の収穫の一つといわれるデビューアルバム「Baduizm」からそれほど間髪をおかず発表されたライブアルバム。クロスレビューということなので僕はちょっと趣向を変えて先日幸運にも観ることの出来た彼女のライブの話をさせていただこう。あの日の彼女といったら誇り高くて、若い頃のダイアナ・ロスを思わせるようなやせっぽちで、うっとりするくらい滑らかな肌をしていて、ちょっと難解なことをしゃべりたがる癖があって、女性らしくしなやかで、まだステージ慣れしきってない感じのぎこちなさがあって、ちょっと人を突き放したような茶目っ気もあって、頻繁にお香を焚いてて、歌が抜群に上手くって、シャカ・カーンと息子“セブン”を愛していて・・。新しい“レディ・ソウル”の出現を実感した僕だったのだ。このアルバムは当日あの場所に居合わせることが出来なかった可哀想な人たちのためのもので、あのときの彼女の素晴らしい様子の30%くらいは伝わるアルバム。「アンプラグド」の映像付きだったら45%くらいかな。その程度でも充分高水準なアルバムなんだけど。(八亀)
先日MTV Unpluggedに出演して非凡な才能をライブでも見せつけてくれたが、アルバムとしてリリースされたのは別モノで「Baduism」からの12インチシングルで聴けたロンドンでのライブ音源とも異なる。1st中心の曲構成で新曲は1曲、だが、自身のフェヴァリットであろう70年代ナンバーのカバーを挟み込むことで後継者ぶりをソツなくアピール。考えてみればデビューしてさほど時間を経ていないステージながら、スケールの大きさ、歌いこなしの巧みさには鳥肌がたつ。すでに息子Sevenが誕生間近という尋常でない状態ながら、いやむしろ母性を自覚した故なのかこの落ち着きぶりには荘厳なカリスマ性がある。この録音のわずか半年程前に発表されてデビュー作は新人ながら非常にスキなく構築されたトラックに大物の風格を感じさせるBaduのヴォーカルが乗り完成度は高かった。反面、敷居が高くどこか近寄り難い雰囲気を感じさせたのも事実。しかし、ここにはスタジオ作でのクールさはそのままに肉感的な表情を増した生々しいBaduの姿がある。(信沢)
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BADUISM
(1997, Kedar) |

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D'angeloと共演後の本盤によるデビュー、というのも出来すぎた話でKedar Massenburgの巧妙なプロモーションがなければここまで話題にならなかったことは否めない。Baduismというタイトルも鼻につく。しかし、である。ルックスが売りのアイドルと異なり、彼女はボーカルや作曲など、ミュージシャンとしての実力そのものを売りにしている。彼女に騒ぐ者はその実力に魅かれているのだ。売り出す側も商売以前に彼女にそこまでしようという気にさせる何かを感じ取ったから。この作品は誰もが素晴しいと感じる部分があるが、彼女の魅力は非常に多面的なため人によって魅かれるポイントは異なる。それは思慮深い歌詞かもしれないし、遠いルーツを感じるボーカル、あるいはそのリズム、またある人はそれら全てに魅かれるかもしれない。そういったさまざまな要素が同時に備わっているところがErykah BaduのErykah Baduたるゆえんか。多面的な魅力を持つアーティストである。(信沢)
R&B界にまたもや新しい才能が登場。しかも今回はとびきり存在感のあるアーティスト。“Billie Holidayの再来”これはErykah Baduがソロデビューを果たした時に誰かがレコード評に使用したフレーズなのだが、なるほど、確かにシングルカットされた「On & On」での彼女の歌はどことなくBillie Holidayにも通じるようなクセが聴き取れるものであった。しかし、このアルバムに収録されている他の曲を聴いてもらえば判るとおり、そのような特徴が聴き取れるものはこの曲を除いてほとんどない。彼女は誰かのイミテイターでもなければ、安っぽいノスタルジックさを売り物としたシンガーでもないのだ。このアルバムは才気溢れる新進女性シンガーである彼女のボーカルアルバム的側面と、びっくりするくらいよくできたブラックコンテンポラリーアルバム的側面の両面を持ち合わせた傑作。The Rootsをはじめとするバックアップ陣の仕事も的確で、聴けば聴くほど心にしみる良質さ。間違いなく今年のR&B界を代表する一枚であると思う。(八亀)
本作はおそらく日本の一般的洋楽リスナーには受け入れられにくい種類の、ジャズ/ブルース色の強い正統派R&Bであるため、日本ではアメリカほどの人気に はなってないが、今手の込んだプロデュースワークが多いR&Bでこういう音数を 減らしたアーシーなグルーヴでこれほど耳を引き込む音は少ない。どっかにも書 いたが、1回聴いただけではその凄さが伝わらず、聴いて聴いて聴くうちにどん どんどんどん入ってくる、というスルメ盤。音数を減らしてグルーヴを生み出 す、という手法は最近のヒップホップ系に多いやり方だが、考えてみればジャズ も同様の音作りであり、その意味ではR&Bのコアに触れる作品と言える。特にThe Rootsプロデュースの『Otherside Of The Game』『Sometimes』などではその色 が一段と強く、腹にずんずんグルーヴが伝わってくる。10月来日公演の予定が2 月に延期となってしまったが、是非ともライヴを体験してみたいアーティストだけに楽しみ。(阿多)
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