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SCARLET'S WALK
(2002, Epic) |

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前作が迫力満点のカバー集だったから、という訳でもないのだがこの新作を聴いてまずいやでも思い知らされるのは目の前にイメージが描き出されるような質の高いスクリーン・ミュージックを思わせるトーリの楽曲創作能力の高さと、その楽曲の中で泳ぎ回るようにある時はウェストコースト・シンガーソングライター風、ある時は(よく言われることだが)ケイト・ブッシュ風、そして中盤から後半にかけてシャンソンやオペラに通じるような非アメリカ的な叙情性とドラマティズムに満ちた表現力を発揮するトーリのボーカルパフォーマンスの変幻自在さだ。とりわけアルバムの主人公が全米の各地を旅する情景を描いたというコンセプト・アルバムの本作は、トーリのペンによる楽曲の冴えが著しい。『Boys For Pele』以降のトーリ・ファンとしては、おそらく彼女が『Little Earthquake』で出て来た頃はまさにこういう瑞々しい一方、女性シンガーとしては非オーソドックスな楽曲アプローチで光っていたんだろうな、と思わせる、そんな「初心に帰った」的な印象が強い好盤に仕上がっており、聴いていて飽きることがない。限定発売のデラックス・パッケージには、アルバム中でも出色の「Sorta Fairytale」「Taxi Ride」等のビデオクリップを含むDVDの他、各収録曲が象徴する紀行ルートを表示した全米地図、ビデオからの写真集、それにイメージ・ステッカーが同梱されていて、どっぷりとトーリ・ワールドに浸かることができるのも徹底しててうれしい。(阿多)
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STRANGE LITTLE GIRLS
(2001, Atlantic)
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これが通算6作目になるトーリの新作は全曲男性アーティスト曲のカバーという企画もの。これが実はとんでもない代物になってしまっている。重苦しいフェンダーローズの弾き語りで始まるルー・リードの「New Age」に続いて登場するのがあのエミネムのファーストで物議を醸した「'97 Bonnie & Clyde」。前妻との娘に無邪気に語りかけながらその前妻と夫とその連れ子の死体を遺棄する様子をオリジナルとガラリと雰囲気を変えた凍り付くようなトラックとストリングをバックに狂気の滲み出るモノローグで語るトーリの鬼気迫ることといったら。その他にも原曲をグシャグシャのグランジ風ギターロックに壊し尽くしたニール・ヤングの「Heart Of Gold」やジョージ・ブッシュ大統領親子の銃規制に関するコメントをサウンドコラージュに配するという強烈な風刺を込めて10分近くのトリップホップ風の大作に変貌したビートルズの「Happiness Is A Warm Gun」、射殺された少年の魂が飛び出してくるかのようなブームタウン・ラッツの「I Don't Like Mondays」など、カバーの選曲の渋さというか凄さもさることながら、完全にオリジナルをぶち壊してトーリの世界に塗り込めてしまっているこの凄さ。これはただのカバー・アルバムではない。トーリはこのアルバムでオリジナルを完璧にレイプして蹂躙することに成功している。歌詞を見ながらまっすぐに向き合って聴くことを要求するこのアルバム、原盤に歌詞カードが付いていないのが惜しい。(阿多)
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BOYS FOR PELE
(1996, EastWest)
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重い。聴き終わったあとグッタリと疲れるほど重厚で、圧倒的なテンションを感じさせる作品だ。前作を「ポップさと狂気が同居している」と評したが、本作においてはその振り子が大きく「狂気」の方に振れている。3作目にして遂に本性をむきだしにした、というか全ての抑圧から解放されてまさに自分のやりたい放題に暴れまくっている、そんな感じだ。メロディーにしろ歌詞にしろ自らの内面からほとばしりでてくるにまかせているかのように自由かつダイナミック。人間同士互いに理解しあうことなど不可能なこと、であるなら自分だけの世界を作り上げ、その中で思うがままに自分自身を表現することこそ最良のコミュニケーションの手段ではないのか。決してとっつきやすくはないが、深遠で、想像力を刺激するこのアルバムはそんなことを思わせるような強烈な磁場をもっている。鬼気迫るヴォーカルも、ひんやりとしたピアノの音も聴く度に刺激的に響く傑作。(野坂)
あくまでクリアなサウンド。基本的にピアノの引き語りという、シンプルな構成。それがここまでの強さと静寂を感じさせるというのは驚きだ。彼女の心の深み、感情のうねりの中に、自分自身の身を投じたかのように錯覚させられる。彼女がささやき、訴え、諦め、叫ぶ時、同時に彼女は極めて自然体で、これはアラニス以降の一部の女性シンガー達のが持つ不自然さ−不必要に下品で威圧的−と好対象だ。この違いはおそらく、「女性」の看板を背負っているか否かの意識の違いだろうが、常に社会のなかでの自分のポジションを確認し続けざるを得ないアメリカにおいて、他人からの視線を意識せず、内面世界を追及していくのは結構難しいことなのかもしれない。そしてそれを、彼女はやり遂げている。歌詞はあいかわらず詩的で解りづらいが、にやりとさせられる辛辣な表現も多いので、アルバムを聴く際にはぜひ目を通してみて欲しい。(宣恵)
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